YAMASAKIは今日も××だった~楽園16~

志賀雅基

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第36話

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「ったく、とんだ慰安旅行だぜ。ふあーあ」

 怯える男を蹴るのにも飽き、シドはまた大欠伸をかました。すると同じく欠伸をしたアレクと目が合う。あの現場を見た一般人にしては胆が据わっているようだ。

「タッカーたちも元は軍人だって聞いたがアレク、あんたもそのクチか?」
「ああ。軍警察に補充要員として赴任したが、すぐに飽きたんだ」
「じゃあ、あんたも行政府の人間、新設された観光広報課かよ?」
「まあな。スリルはないが、日々違う仕事で助かっている」

 煙草を吸いながら雑談していると、ふいにシーラが振り向いて声を発する。

「意外に早く第一宙港に着けるわ。そろそろ準備をしてくれるかしら」

 準備といってもハイファがショルダーバッグを担いだだけ、あとはキャリーバッグにタマを収めれば完了である。膝の上の三毛猫をセシルが淋しそうに撫でた。

「もうタマとお別れなんて……」
「すまねぇな」

 他に言葉の掛けようもなく、涙を溜めたセシルから皆が目を逸らす。置いていってやりたいが、ここではタマのエサの確保も難しいだろう。それにタマはシドとハイファの家族である。

 自分のことだと気付いたかタマは耳をピクリと動かして目覚めた。セシルの膝からポトリと床に降りて伸びをしたのちシドの手にしたキャリーバッグに自ら飛び込む。

 まもなくヨットは第一宙港に辿り着いて停止した。
 船体の横腹から出る間際に、見送りに出てきてくれたシーラにシドが問う。

「たぶんこれからヨルズの民の生活も変わる。あんたらはどうするんだ?」
「わたしたちアネモイ族は風の民。風に乗って暮らして行くだけ」
「今回の件の立役者だって知れば、あんたらに対する風当たりも違ってくるぜ?」
「それは少し有難い。食料や水も確保しやすくなる」

 あくまで風を渡って行くつもりらしい。その日焼け知らずながら逞しくも気高い横顔に、シドとハイファは両側から軽く別れのキスをした
 。同じようにセシルにも挨拶すると、セシルは頬を赤く染めたのちシドの担いだキャリーバッグに手を入れてタマを撫でる。タマもセシルの手をざらついた舌で舐めて挨拶した。

 シーラと最後まで涙を零すのを我慢したセシルに見送られ、シドとハイファにアレク、シドたちに引きずられたテロリストの計四名はヨットを出た。

 氷の粒を含んだような砂塵の嵐に身を晒したのは数秒、ユニット建築へと足を踏み入れる。すると未だ明けない夜に囲まれた室内にはマイヤー警部補とヤマサキにタッカーが戻っていた。

「早かったんですね」
「いいえ、私たちも先程着いたばかりですよ。で、その御仁はどなたですか?」

 事情を説明するとマイヤー警部補は、やや顔を曇らせた。

「そうですか、ご苦労様でした。しかしまだテロリストが潜んでいる可能性もあるんですね」

 一方でヤマサキはハイファを相手にバディの交渉手腕を称えて喋り続けている。

「すごいんスよ、もう。保険屋のオバチャンも真っ青な話術で――」

 そこにヘイワード警部補とケヴィン警部にヘイデンが帰ってきた。

「おっ、イヴェントストライカと嫁さんも帰還してたのか」

 ケヴィン警部の『嫁さん』口撃にシドが怯み、代わりにハイファが首尾を訊く。

「ってことで、ケヴィンさんのイカサマカードゲーム大会だ」
「うわあ、本当にそれで電力をもぎ取ったんだ、すごいかも」
「まあ、結局ラストは鉱山の利権を賭けて向こうに花を持たせたんだが……それにしても、あのヨルズの民の暮らしはムゴいよなあ。これから多少は変わるんだろうが」

 テラ本星などという楽園の方舟からやってきた刑事たちは頷いた。

「実際には採掘マシンの調達に他星の業者との交渉や調整なんかの問題が山積してるけど、徐々にここも変わっていく筈。子供たちが宇宙に飛び出せる日も近い筈だよ」

 このハイファの言葉にも皆が頷く。そこからは雑談をしながら、シドとヘイワード警部補にケヴィン警部の喫煙組は煙草を咥えた。シドがオイルライターで三本分に火を点けていると、オートドアが開いてゴーダ主任とナカムラが入ってくる。

「おい、シド。俺にも一本寄越せ」

 唸るゴーダ警部はシドから火も貰うと、深々と吸い込んで旨そうに紫煙を吐いた。

「参った、参った。何が参ったって船内禁煙だぞ?」
「そいつはご苦労様ですね」

 ヨットの持ち主だけでなく、同行したパイロットのサフィアまでが嫌煙家だったらしい。だが首尾は上々で、酒を酌み交わしながら説得した挙げ句、やはり決め手は鉱山の利権である。
 喫煙組が一本を灰にした頃、宙港側のドアが開いてサフィアが顔を出した。

「第二宙港から回して貰ってあったBELは二機とも無事だったわ。もうすぐ上空にテュールも来るから、みんな早く乗って頂戴」

 寒さと痛さに耐えて二機に分乗するなりテイクオフした。またも大揺れするBELへの不安を呑み込みながら平気そうなバディにシドは囁く。

「三日半後には新しい充電済みバッテリが届くんだよな?」
「そういう話だね。今度のは最新式の半永久バッテリだし、そうしたらアンテナと発電衛星は取り敢えず不要になるし」

「けどさ、二十もの鉱山っつー財源を失ってもテュールはやっていけるのか?」
「さあね。それこそヨルズの民との歩み寄りは必要なんじゃない?」
「なるほどな」

 紙切れのように舞いながらBELは上昇し千五百フィート辺りで滞空した。暫くその場でテュールの浮島がやってくるのを待つ。
 十五分ほど待機したのちにBELは浮島の腹に収容された。その際にシドたちは腹にくっついた数十基の小型アンテナユニットを確かめる。

「あれがテュールの最後の砦って訳だな」
「ちゃんと軍警察は護ってくれてたみたいだね」

 格納庫でBELから降りると、皆は一様に砂で茶色っぽく、互いを見て笑った。

「終わった終わった。ホテルで一風呂浴びてぇな、おい」

 ゴーダ警部の唸りは受け入れられ、乗り換えたコイル三台は、真っ直ぐフリッグホテルに向かうこととなった。細い通路とエレベーターをクリアしたコイルは都市に飛び出し、赤い月のエスカの下、未明のテュールを疾走した。

 途中のテュール一分署でテロリストの身柄を預け、着いたフリッグホテルのロビーではフロントマンだけでなく、ヴィンティス課長とヨシノ警部にミュリアルちゃん、それにリアム=マクレーン行政副長が出迎えた。

「いやいやいや、よくぞやってくれましたな。取り敢えずは三十二階に宴席を用意させてあります。埃を流されたら、どうぞ足を向けてやって下さい」

 一般人もいるので詳しい話はできず、まずはそれぞれ二十七階の部屋に戻ってリフレッシャを浴びることにした。シドとハイファもタマをつれて二七〇五号室に戻る。

「ねえ、この際だからタマも洗わない?」
「そうだな、三毛猫が砂埃で茶猫になってるもんな」

 サシミにされかねない命懸けの作業には二人で挑んだ。

 そうして二人と一匹は同じシャボンの匂いを漂わせ、人間様は清潔な衣類を身に着けてホッとする。睡眠不足の目も覚めた。タマにカリカリをやってから、飲料ディスペンサーのコーヒーを飲みつつファーストエイドキットで傷だらけの手を互いに処置する。

 人工皮膚テープだらけの手で二人は執銃し、ダートレス――洗濯乾燥機――で綺麗になったジャケットを羽織った。シドがタマ入りキャリーバッグを担ぐと準備は完了だ、廊下に出る。
 伝えられていた時間は六時だったが、やはり皆、五分前には廊下に出てきていた。律儀な一団は三十二階の和風レストランに向かう。

 行政府からのささやかな礼で早すぎる朝食となったが、地上出張組は空腹だ。

 和風レストランの大広間に到着して皆は驚く。そこには連絡ミスでこられなかった筈の警務課の婦警たちが十数名も待ち受けていたのだ。

 それだけではない、にこやかに手を振る私服の婦警たちには、七名もの戦闘服を着た男たちがサブマシンガンやパルスレーザー小銃の銃口を突き付けていたのである。
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