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第35話

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「言うことを聞かないと、この村長の頭を真っ先にぶち抜くぜ」

 そう凄まれたがシドとハイファに言うことを聞く義理はない。シドはまずゆっくりとフードを脱ぎゴーグルを外して、この場の主役らしい男をじっと観察した。

 男はシドやハイファより年上、テラ標準歴で三十代前半に見えた。造作は結構整っていて男前に見えなくもない。作業着のような衣服から何れ何処かの村の住人であるのは確かなようだ。仲間らしいレーザーガン男も似たり寄ったりの年格好である。

 さて、どうしようかとシドは考えハイファを見た。ハイファは肩を竦める。アレクは凍りついたように動かない。この場合は動けないだろう。
 到来したイヴェントにうんざりしながらも、仕方なくシドが口を開いた。

「俺たちが何者か知ってるのか?」
「そりゃあこの界隈では有名だからな」

 何が可笑しいのか男二人はげらげら笑った。頭の悪そうな彼らにシドは更に訊く。

「何か要求があるのなら言ってくれ、善処する」
「俺たちの望みはプラチナ鉱山の利権だ。『この村に』ではなく、俺たちに寄越せ」
「そいつは俺が決められることじゃねぇな」

「嘘をつけ! 村という村に金やプラチナ鉱山の利権をバラ撒いて、明日からの電力を買い取ってるって話は風に乗って俺たちにだって聞こえてるんだぜ?」

 頷くのは簡単だが、するとこの村の電力を買い取れないことになりかねない。

「じゃあ悪いがそこの村長と話をさせて貰えるか?」
「お断りだ。俺たちに掘り尽きた鉱山を寄越す相談でもされたら困るからな」

 シドとハイファは同時に溜息を洩らした。

 こういう猜疑心の強い奴は手に負えない。それにここまで疑り深い奴は往々にして虚勢ばかり張ってじつは小心者というのが多いのだ。手にした銃のトリガには指が掛かって危険な状態、おまけに男は武器の扱いに慣れていそうになく、長く放置するのも宜しくなかった。

 そこでいきなり背後のドアが開いた。入ってきたのは一見して村人という雰囲気ではない中年男が三名で、不意を突かれたシドとハイファにアレクは背に銃口を押し付けられる。
 それだけではない、彼らのうち二人の片腕にはシーラとセシルが抱えられていた。セシルは顔色を真っ青にし、シーラは燃えるような緑の目で男を見上げ、睨みつけている。

 殆どセシルを羽交い締めにした男が、室内で村長を脅している男に笑いかけた。

「どうだ、交渉の具合は?」
「現在進行形だ。もう少し時間をくれないか?」

 答えた男は更に銃口を村長の側頭部にねじ込む。その男にシーラが叫んだ。

「ダニエル! 卑怯な真似はやめて!」
「何だ、シーラか。まだ俺の女房を気取ってやがるのかよ?」
「誰があんたなんか! それより武器を捨てなさい!」
「何だとこのアマ、この俺に命令する気か!」

 どうやら元恋人とシーラは喜ばしくない再会をしてしまったらしかった。叫びの応酬が激しくなる中、中年男二人にハイファが遠慮がちに訊いた。

「あのう、貴方たちってもしかして、アラキバ抵抗運動旅団だったりするのかな?」
「ほう、俺たちも名が売れたものだな」
「そっか、ダニエル氏たちに武器を供給したのも貴方たちってことだね」
「その通りだが、暢気にしている場合なのかな、美人のお嬢さん?」

 テロリストが揶揄して仲間が一様に下卑た嗤いを洩らす。つられてダニエルたちも笑った。
 そのときだった、不意に「ぎゃああ~っ!」という叫びが響き渡ったのは。

 その場の皆が一様にビクリと肩を揺らす。その隙を逃さず、シドとハイファは予備動作なしで一歩後退した。二人の背に銃口を突き付けていたテロリスト二人は片腕にシーラとセシルを抱いた状態、簡単に体勢を崩す。

 同時にシドはレールガンを引き抜くなりトリプルショットを放った。一発がダニエルの指ごと旧式銃を吹き飛ばし、二発がもう一人の男のレーザーガンと右手首を撃ち砕く。

 一方ハイファも振り向きざまにテミスコピーでダブルタップ。だがシドほど甘くなく、九ミリパラはテロリスト二人の額に穴を空けていた。後頭部から爆発的に弾が抜け、アラキバ抵抗運動旅団の二人は血と脳漿を撒き散らして棒きれのように斃れる。

 セシルとシーラは放り出されて短く悲鳴を上げたが無事のようだ。

「仲間の所在を吐かせる口は、ひとつあれば充分だよな」

 最初に叫びを上げた三人目のテロリストの背にはタマが乗っかり、後頭部を目茶苦茶に引っ掻いて血塗れのボサボサにしていた。シドはベルトに着けたリングから捕縛用の樹脂バンドを引き抜くと、裏面だけハゲたテロリストを後ろ手に縛り上げる。足首も同様に締め上げた。

 室内では指を吹き飛ばされ、手首を撃ち抜かれた男二人が泣き叫んでいた。

 キッチンに立ったハイファがナイフを探し当て、村長の家族の縛めを切る。

 その頃になって風の唸りの中に異変を感じ取った村人たちが集まってきた。泣き叫ぶ男二人は村人たちから更なる制裁を受ける。タコ殴りにされ、足蹴にされたのだ。
 そうして一段落すると女村長は金鉱山の利権と引き替えに、明日からの全電力の送電に同意してくれた。鉱山抜きでも同意しそうな雰囲気だったが、シドとハイファが「貰えるものは貰っておけ」と説得したのである。

 シーラたちと一緒ににヨットに戻ったシドは伸びをしながら大欠伸をかました。

「ふあーあ、やっと五ヶ所回り終えたな」
「これで一応、テュールの浮島は墜ちずに済むって訳だね」
「一応?」
「あ、え、や……マイヤー警部補たちも全部の村の説得に成功したみたいだし」
「ふん。この先、何が起ころうと俺のせいじゃねぇからな!」

 つまりはこのままするすると終わりにはならないんじゃないかなと、ハイファだけでなくシド自身も感じているのだ。けれど口に出すと本当になりそうな気がして黙っている。

 それでも機嫌を悪くしたシドは、操舵室の床に転がしたアラキバ抵抗運動旅団の一員である男を八つ当たり気味に蹴飛ばした。両手足を縛られた男は怯えた目でシドを見上げている。
 今ヨットが目指しているのは第一宙港、あと一時間もすれば着くという話だった。

「おい、テメェ。他に仲間は何人テュールに潜入してるんだよ?」
「だ、だから別々に潜入したんで、ハッキリとは……」
「ふん、使えねぇ奴だな」

 またも蹴られてテロリストは半泣きになる。
 使えない、イコール用なしで消されるとでも思っているのか、シドの対衝撃ジャケットの裾から覗いた巨大レールガンの銃口が気になって堪らないらしい。

 あっさりと仲間二人がヘッドショットを浴びたのも見たのだ、当然だろう。
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