YAMASAKIは今日も××だった~楽園16~

志賀雅基

文字の大きさ
40 / 47

第40話

しおりを挟む
「あたしもシドに血を分けてあげたーい!」
「わたしだって!」
「あたしの血がシドに入るなんて……うっとりしちゃう!」

 ヨコシマな思いはともかくとして、その場で全員が血液検査を受ける。血液型が合致したのは警務課で三名、男性陣ではハイファとマイヤー警部補、それにヘイワード警部補だった。

「女性はマリカ=ポインターさんだけがヘモグロビン値も充分ですね」

 看護師に言われて腐女子がブーイングを洩らす。

「ずるいわ、ちょっとくらい混ぜてくれてもいいじゃない!」
「そうよ、血液型くらい何よ、シドならきっと大丈夫な筈だわ!」

 目茶苦茶な意見を述べる女性陣と、血液型の合わなかった人員は廊下に押し出され、残った四人が三百ミリリットルずつを採血される。

「皆さん、すみません。この人が我が儘なばっかりに……」

 平謝りするハイファに皆は笑った。

「いいんですよ、仲間なんですから」
「そうです~、ボスに血を分けられるなんて光栄です~」
「けどあんたも大丈夫か? 旦那より嫁さんの方が顔色悪いぞ」

 点滴のように新鮮血全血輸血されながらシド本人が口を出す。

「ハイファ、倒れるなよな」
「僕は大丈夫です。誰かさんが大人しく再生槽に入ってたら、もっと大丈夫なんですけどね」
「そうカリカリするなよ。俺にだって慰安旅行を愉しむ権利はあるだろ」

「警務課の女性陣がきたからって、途端に意欲を見せちゃってサ」
「ちっ、違うって! ……あー、それにしても課長の野郎と血液型が合わなくてよかったぜ」
「どうして?」
「どうしても、だ。感覚的に嫌だ」

 上司と部下の水面下の戦いは何処までも続いているようだ。その間に医師は輸血をした際のアナフィラキシーショックやサイトカインによる発熱などの説明をしつつ、止血処置だけしてあったシドのこめかみと首筋の傷を治療してゆく。

 痕が残らないよう再生液で洗い流し、滅菌ジェルで消毒し、人工血管テープと合成蛋白接着剤で処置してから人工皮膚テープを貼り、上からガーゼを貼り付けた。

 処置が終わる頃には輸血も終了する。次は抗生剤の点滴だ。経過を看るために三時間は留まることを言い渡され、元気な患者は病室に移るために立ち上がった。

 そして皆に深々と頭を下げる。

「有難うございました、すんませんでした!」
「構いませんよ、これくらいは、ねえ?」
「却って頭がすっきりしたぞ」
「そうですよ~、これで美味しいものを沢山食べられそうです~」

 口々に言う面々にハイファはふと思い出す。

「ところでテロリスト七名様はどうしたんですか?」
「二十余名からシリルを突き付けられては、抵抗しづらいと思いますよ」
「おまけにゴーダさんが、ちぎっては投げ、ちぎっては投げだもんなあ」
「複雑骨折その他を負い、全員この病院に入院していると思われます~」
「はあ、なるほど……」

 点滴をされたまま自走ストレッチャに寝かされて看護師付きで廊下に出ると、シドはまた血液検査をしてくれた全員に礼を言い、全員から労われて病室に向かった。個室に収まって愛し人がベッドに横になると、ハイファはようやく安堵の溜息をつく。

 そしてシドの枕元に腰掛け、二ヶ所の白いガーゼをそっと指でなぞった。

「痛い、よね? 痛覚ブロックテープも巻けない処だし」
「そうでもねぇから心配するな。それより別室に報告はしたのか?」
「あっ、そうだった。今からするよ」

 リモータ操作を始めたハイファにシドが呟く。

「もうそろそろ風力発電の電力が、アンテナに送電される時間だな」
「そうだね。間違ってもテュールが沈まなきゃいいけど」
「大丈夫だろ、ヨルズの民は誠実そうだったしさ」
「彼らは三日間も電気のない生活を強いられるんだよね」

「その代償が鉱山の利権か。山あり谷ありだが、何れは彼らもメタルクレジットを手に入れるんだな。なあ、今回の任務ってさ、もしかしてそういうことだったんじゃねぇのか?」
「そういうことって、裏命令?」

 これまでにも別室任務には裏の目的が内包されていることがあった。主任務を遂行することによって同時に達成されるテラの利が。

 自分たちにも伏せられているそれによって、シドたちは一喜一憂させられてきたのだ。今回もそのパターンではないかとシドは考えていた。

「もしかしてヨルズの民の生活改善とか?」
「そこまでテラ連邦議会と別室長の野郎が親切だとは思わねぇさ」
「じゃあなに?」

「だからさ、テラ連邦は自由主義経済を掲げて邁進してる訳だろ。そこで連綿と続いてきたテュールによる鉱物資源の独占を合法的かつ自発的に止めさせたんだ、それもこれだけ差別意識の強い社会で穏便にヨルズの民にも富を分け与えるっつー形で」

「そっか。鉱物資源の価格競争と富の再分配にも繋がるし。少し長い目で見れば、無政府状態のユミル星系の在り方を変える第一歩を踏み出したとも言えるし。テラの利ずくめだよね」

「で、テラは企業誘致するためこの星を再テラフォーミングし、テラもテュールも更なるメタルクレジットの恩恵に与る。今度こそメッキじゃねぇエル・ドラドになるために。どうだ?」

 どうだと訊かれてハイファは少し考える。

「ヨーゼフ=シャハトはそこまで考えてた?」
「俺はそう思う。二十もの鉱山を手放しても平気なのはテラと利が一致した、それこそテラに甘いエサをぶら下げられたからじゃねぇのかってさ」
「テラとヨーゼフ=シャハトは繋がってた……まあ、有り得ないことじゃないけど」

「真偽のほどは分からねぇし、それこそヨーゼフ=シャハトのオッサンが、テラの斜め上を往くくらい腹黒いことを考えてねぇとも限らないけどな」
「増産されるであろう金やプラチナの価格引き上げとかね」
「まあ、おまけであってもヨルズの民の生活が改善されるに越したことはねぇし」

「ヨルズの民も地上にエル・ドラドを築いて、青々とした野菜を食べられる日がくるかもね」
「ああ。しかしカネを使わずテロリストまで利用するとは、別室長の妖怪野郎らしいよな」

 酷い言い種にハイファは笑いつつ『任務完了』のダイレクトワープ通信を送った。
 その白い顔を見てシドは少しベッド上で移動し、隣をポンポンと叩く。

「徹夜の上に血まで抜いたんだ、お前も少しここで寝ろよ」
「うーん、とっても魅力的な誘いだけど、どうしようかな」
「あと二時間半もあるんだ。それに仮眠しといた方がいいぞ」

「どうして?」
「今晩はどうせ宴会のやり直しだ、官品の宴会のえげつなさを知らねぇのか?」
「僕も官品だからね、寝ておこうかなっと」

 上着を脱いでハイファは横になる。大変に狭かったが今はその狭さがいい。シドの腕に抱かれて感じる温かさが泣きたいくらいに愛しい。
 互いに衣服は血だらけで頭から砂埃まみれ、だが構わずに目を瞑る。

 ハイファは髪も留めたまま、執銃もしたままという姿だったが、この上ない安堵に包まれて、とろとろと眠りに落ちていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...