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第46話

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「つーか、あの音は何だ?」

 風の唸りに地響きのような音が混じり始めていた。それはあっという間に近づいて固い地盤を踏み鳴らしているのだと分かる。
 何処から現れたか大勢の、それこそ数え切れないほどの人々が宙港の石畳を踏み割る勢いでなだれ込んできたのだ。

 それはシドたちが説得して回ったヨルズの民たちだった。

 女性も子供も老人も、勿論若い男もいた。なだれを打って駆け込んできた人々はシドたちに銃口を向ける兵士らを取り囲んで引きずり倒し、見る間に制圧して歓声を上げる。銃を取り上げられ、殴られ蹴られてテロリスト兵士は、ボロ切れのようになって放り出された。

 そして人々は口々に叫んでいた。未来を変えてくれた他星系人にひとこと礼を言いたくてやってきたのだと。宙艦乗りになりたい少年は宙艦を見たかったのだとも言った。彼らは長距離移動に民族の垣根を越えてアネモイ族に頼んだのだという。

 いつの間にか砂塵を含んだ痛い熱風が止んでいた。

 大勢の人々の背後にはヨットがぐるりと取り巻き、その白い帆が風を遮っていたのである。

「皆が集まれば風も止められるってことね」
「あたしたちは少し、困っちゃうけれどね」

 村人たちの中でシーラとセシルが微笑んでいた。セシルは駆けてくるとキャリーバッグに手を入れて毛皮を撫でる。シドはタマを出してセシルに渡してやった。
 セシルとタマは猫同士のように鼻をくっつけて挨拶する。気性の荒い三毛猫は大人しくセシルに抱かれた。

「よかった、もう一生タマには会えないと思ってたもの」
「これから先、この星にも猫が輸入されるかも知れないぜ?」
「そうね。でもあたしはタマに会いたかったの」

 ふいにセシルはタマをシドに押し返すと、くるりと後ろを向いてしまう。その肩は小刻みに震えていて泣くのを堪えているようだ。シーラが言う。

「わたしたちは泣いてはいけないと教わって育った。貴重な水を無駄にするのは悪だと」
「そうか。でも、思う存分泣いてもいい日が近いうちにくるんじゃねぇか?」
「かも知れないわね。わたしたちも今回の仕事で風車を一本、貰ったわ」

 それだけ言うとシーラは自分がされたように、シドとハイファの頬にキスして去った。

「姉の分もお礼を言うわ。ありがとう」

 赤い目をしたセシルはそう言って姉のあとを追う。
 同じような光景が刑事たちと大勢の人々との間で交わされていた。

「ハイファ。これでも別室をまだ辞めてぇのか?」
「ふふん、どうしようかな」
「そう言わずに素直に辞めてくれ。頼むぜ、おい」

「そう言われても……あっ、もう荷下ろし終わってるし、十二時だよ!」
「えっ、マジで? おーい、太陽系に還りたい奴は乗れよな!」

 言いつつシドは人の輪から素早く離れると貨物艦の陰でタマに用を足させる。そうしながら見渡すと、人々もまた自分の居場所に帰るためにヨットへと戻り始めていた。

 そしてまたユミル星系第二惑星マーニの第一宙港には熱い風が吹き始める――。
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