砂中で咲く石Ⅰ~Barter.11~

志賀雅基

文字の大きさ
7 / 49

第7話

しおりを挟む
「京哉、特別任務なんぞ受けてしまって、すまん」

 低い囁きに京哉は目を見開いた。見上げると灰色の目が京哉を見つめている。

「いきなり何を言うんですか、僕らはバディでしょう? 貴方の決定に異存があるなら、その場で言ってます。背を護り命を預け合うバディの立場は対等イーヴンなんですから」
「そうか、そうだな」
「でもね、忍さん。暗殺に慣れてる僕は構いません。けれど貴方は自由を勝ち取ろうと戦っている人を殺せない。だから無理しないで下さい。この任務、僕がやります」

 そう言った京哉に気負いはまるで感じられず声色も平静だった。それで霧島はとっくに京哉は独りで決めてしまっていたのだと知り、少々腹を立て説教モードに入る。

「何を言い出すかと思えば下らんことを。それこそ対等と分かっているのなら無闇に私を庇って独りで背負うな。何があろうとお前と二人で生きる側に回ると決めた、そう私は告げた筈だぞ。既に実行したのも傍で見ただろう。私はためらったか?」
「いいえ。でも今回の任務は大義のない、言い訳も利かない、ただの人殺しです。それは貴方の覚悟に反する。真っ直ぐ前を向いていける殺人ではない、違いますか?」

 確かに過去の特別任務で霧島は人を撃つことへのためらいを京哉に吐露し、京哉からは『警察官の鑑』である人命至上主義の霧島忍警視と、特別任務時を早々に切り替えなければ生き残れないと説かれた。

 その答えとして前回の特別任務のさなかに京哉に告げたのだ、『二人で生きる側に回る』と。そして『結果を納得して背負い真っ直ぐ前を向いて生きる』と。

 それは殺人肯定宣言でもあって京哉を泣かせてしまったのだが、同時にこちらの命を脅かす輩との戦いで勝ち残る生存競争であり、自分の生んだ結果を全て呑み込み生きてゆく。絶対に恥じるような殺人はしないという宣言でもあった。

「今回の任務遂行は貴方の『結果を納得して背負う』生き方を破壊する。僕は貴方に貴方自身の良心まで殺して欲しくないんです」

 初めて霧島が敵を射殺したことを告げた時も京哉は涙した。今度の特別任務を遂行する上で、本気で二度目の大きな一線を越えてしまうのを怖れ危惧しているのは霧島にも分かっていた。
 おそらく京哉本人がとうに失くしてしまったと思い込んでいるものを霧島には喪失させたくない想いから引き留めるのだろう。

 だが霧島にしてみれば京哉は暗殺スナイパーとして多数の人を殺め、そのせいで大切な何かを失くして取り返せないと思い込んでいるだけだ。
 自分自身でも見えなくなってしまった以上は失ったも同然かも知れないが、傍にいる霧島は京哉が人間として欠けていると思ったことはない。変わったタイプではあっても、それは霧島とて同じである。

 とにかく京哉は何も失くしてはいないし、だから理想を投影されても困るのだ。
 そこで仕方なく見透かされること前提で詭弁を弄して退いて貰おうと試みる。

「京哉。これでも私は昇任し上を目指したい。他人から見られているより強い上昇志向があると知っているのはお前くらいだが、実現するために今は上手く使われる駒で構わないと思っている。命令の下で駒としての名分を果たすのみ、そこに良心なんぞ介在せん」
「誰より自分を騙せない貴方がよく言えたものですね」
「それがどうした、私の選んだ道だぞ。お前に責任を取れとは言わん」

 互いに頑固なのは分かっていて、どちらも退かない。

「分かっているから、バディでパートナーだから、選んだ道が間違ってたら指摘するんです。喩え身軽になって近道を走って早く辿り着こうとも、途中で投げ捨ててしまった荷物は二度と取り戻せないんですよ? それは重たくても大切なものです。捨てないで下さい、心を」
「捨てる気はない。だが貴重な経験の代償に手持ちの『荷物』の中から代金相応分を支払うこともあるだろう?」
「そうやって削っていくんですか? 僕はそんな心の痩せた上司は要りません」

 頑固なだけでなく、愛情と思いやりに溢れた想いの上に構築された理詰めで責められると霧島は弱い。だからといって折れる訳にもいかないのだ。

「京哉。実際問題として我々二人で任務を受けた。二人でだ、分かるな?」
「忍さんこそ本当に暗殺の意味を分かっていますか? 卑怯で卑劣なそれを肯定できますか? 僕だけにやらせたくないから出世の手段のように言って誤魔化した貴方はそのままご自分も誤魔化して俯かず真っ直ぐ前を向いていられるんですか?」

「……京哉」
「お願いです。今回の特別任務の中で発生する全ての選択・決定権を僕に下さい」
「ん、ああ?」
「ですから、任務で発生する――」
「二度は言わなくていい。聞こえていた」

 それまで京哉を何とか宥めようと苦心していた霧島だったが、ふいに低い声の温度を下げてしまう。京哉も霧島の感情の大きなぶれに気付いたようだ。横になったまま見上げてくる京哉の黒い瞳に脅えが走る。だが霧島自身も暴発を抑えている状態だ。

「お前が考えて導き出した結論がそれか。だがな……京哉」
「はい、忍さん?」
「お前は私を全く理解していない。ふざけるなあっ!」

 大喝すると同時にまだ動けもしない京哉の薄い肩を掴んで引き起こす。霧島はそのまま京哉を殴りつけそうになったのを危うく思い留まった。本気で怒鳴られた上に殴られそうになったのを察知して京哉は身を強張らせ、驚き怯えた目を霧島から逸らしている。

 顔も見られないほど怖がらせた京哉の目を見つめ、霧島は京哉が自分から視線を合わせてくるまで辛抱強く待った。一度怒鳴ったことで暴発寸前だった霧島の側はやや落ち着きが戻り頭も冷めかけていた。

 長い時間が経って、ようやく京哉が沈黙に耐え切れなくなったように身動きして目を上げた。

 本気で怖がらせてしまったらしく黒く澄んだ瞳はふちを赤くして潤んでいる。何か言いたげだが声も出せないようだ。霧島は知らず深く長い溜息をついた。

「京哉。私のためを思うのならば、私をお前のバディのままでいさせてくれ。お前が言いたいことは痛いほど伝わった。だがな、この私に『全ての汚れは自分が被る』、『霧島忍はクリーンでいろ』などとは、ふざけすぎだぞ」
「ふざけてません。それとも……今更って思ってますか?」
「もう何人も殺めたからといって今更などと後ろ向きな考えも持ってはいない。ただお前と私はバディで対等だと言っただろう?」

 声を荒げまいと霧島は自分を抑えに抑えて京哉を説得にかかっていた。だが京哉は京哉で何処までも食い下がる。

「でも得意・不得意があるじゃないですか。今回はきっと僕の方が得意です。それに忍さんには失くして欲しくないものがあって、二度と取り戻せなくなった僕だから、それがどんなに大切なのか分かるんです。どうしても貴方にはそれを持っていて欲しいんです!」
「では言い方を変える。頼むから、一生、どんなものでも一緒に見てゆくという誓いを私に破らせないでくれ」

 言うなり霧島は頭を下げていた。この自分の心を護るためなら平気な顔で何人でも殺し、そのあともずっと平気な顔をし続けるであろう男に『この想いが届いてくれ』と祈るように。

「一緒に見てゆくというのは、ただ同じものを眺めるという意味ではない。共に行動し、共に哀しみ苦しみ、そして共に喜ぶことだ。二人で二人分背負ってゆくとも言った筈だ。分かってくれ、京哉。私をお前の陰で逃げ隠れする卑怯者にしないでくれ」
「貴方は卑怯なんかじゃない! 違法行為を、それも殺人を強要されて実行するなんて僕と同じじゃないですか!」

 喉がちぎれそうな悲痛な叫びを上げた京哉はもう泣きじゃくっていた。

「京哉。そうしてお前が私を想うのと同じ分、私もお前を想っているんだ」
「それは分かってます。でも何でそんなに失いたがるんですか? 僕にはそれが分からない。貴方は未だ持っているのに何故それを大切にしないんですか?」

 愛しい年下の恋人の涙を指で拭いながら霧島は言った。

「そんなものよりも、もっと大切で傷つけたくない、ましてや絶対に失ってはいけない者を得たからだ。私はそれを失くすともう私ではいられん。喩えお前が自分を荷物だと思っていても、私にとっては常に大切に抱えていたい宝物なのだ……京哉!」
「ああっ、忍さん……だめ!」
「だめではない。文句があるならこの後、寝る前限定で聞いてやる」

 組み敷かれた京哉は逃れようと藻掻いたが、徒労感を覚える前に甘く高く鳴かされていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...