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第11話
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「何だか疫病でも流行ったみたいに淋しい所ですね」
「疫病か。確かにある種の疫病と云えるのかも知れん」
「えっ、伝染病なら僕らって予防接種もしてない……」
「いや、そういう意味ではなく、ものの喩えだ。今は忘れてくれていい」
「もしかして忍さん、また何か企んでるんですか?」
「自分の夫を捕まえて人聞きの悪い言い方をするんじゃない。それより淋しいのは砂嵐があったからではないのか?」
「ああ、そうですね。それもあるのかも」
誤魔化されたのに京哉は気付いていたが、まだ霧島も考え中なのかも知れないので今は無理に聞き出そうとして邪魔するのは止す。時期が来たら話してくれるだろう。
こんな旅行者もいない国で数少ない宿は資料にて予習済み、街に入ってから十五分ほどで隣国のユベルからやってくる輸出入関係者らが泊まるという宿に辿り着いた。資料ではホテルと名のつく場所はこの一ヶ所しかない。
見上げると一階はコンクリートブロックで二階から上はプレハブのような簡易建築が積み上がった三階建てである。
日本のように地震の多い国なら一発でアウトだなと京哉は思いながら、合板のドア脇に貼られている看板を眺めた。錆びて塗装の剥がれかけた看板の文字は京哉でも分かる単語だが、錆びすぎてしまい『Hotel』と判読するのは困難である。
幸いここはまだ破れかけたカーテンを通して窓から明かりが洩れていた。
だが明かりは洩れていても京哉は足を止めてしまう。よく日本でも住宅街の一角などで妙に入りづらい喫茶店を見かけるが、その三十倍はドアオープンしづらい宿だ。しかしこういう時に霧島のような男が同行していると非常に有難い。
何らためらうことなく霧島は我が家の如く軋むドアを開け、中を僅かに窺ってから京哉をエスコートしてくれる。
屋内に滑り込んだ二人はようやく寒さから逃れた。京哉が日本語で声を出す。
「すみませーん、お邪魔しまーす」
入った所は食堂になっていた。あまり広くない食堂の五つあるテーブル席はひとつしか埋まっていない。二人座っているが客なのか家人なのか謎だった。暗い雰囲気で会話すら交わしていないのだ。そちらには向かわず二人はカウンター席に腰掛ける。
恰幅はいいが愛想のない中年男が主人らしく、カウンター内に仁王立ちしていた。一緒にいた夫婦らしい女が二人に近づく。ここでチェックインも申し出るシステムらしい。
「食事と宿泊を。喫煙のダブルがあれば一室、空いているだろうか?」
英語が苦手な京哉に代わって霧島が訊くと女は僅かに目を見開いたがそれだけだ。
「よその人ね。長期、短期?」
「取り敢えず一晩で頼む」
「分かったわ。メニューはセットで選べないけれど?」
「それで構わない」
「二人分ね。水はあそこでどうぞ、飲めるわよ」
様々な客に慣れているのだろう、女は訊くだけ訊くとさっさと洗面所の奥の階段を上っていった。男性同士のダブル宿泊を断るホテルもあるので、なかなか理解ある土地で良いことである。会話を聞いていた中年男も黙ってフライパンを温め始めた。
京哉に頷かれて先に水を使おうと霧島は立ち上がった。
女がああ言ったのだから腹は壊さないだろうと思い、洗面所の傍らの棚から小さめのタンブラーを取り上げて見ると水道は有料だった。だが背に腹は代えられない。
設置された自販機に十ドル入れてコインを十枚買う。そのコインを一枚、洗面所に取り付けられた機器に入れて水道を捻った。チョロチョロと出る水をタンブラーに溜める。
結局うがいしてから残りを飲み干すと、更にコイン一枚を払ってタンブラーを満たし、手にして席に戻った。
コインを京哉に渡してやると交代で立って行く。同じくタンブラー片手に戻ってきた京哉に霧島はショルダーバッグを指して言った。
「こんなに煙草を持ってくるより、水を持ってきた方が良かったんじゃないか?」
「煙草は譲れませんが、自販機で缶コーヒー買うって訳にも行かないみたいですね」
「そういえば見かけなかったな。布の他に水筒も買うべきかも知れん」
「いよいよ砂漠って気がしてきましたね」
「この分だとシャワーも覚悟しておかんとな」
暫く待って主人からカウンター越しに手渡された傷だらけのアルミトレイには、数種類の豆が沈んだスープパスタのような器と何かの揚げ物のプレートが載っていた。揚げ物には彩り程度のささやかな野菜もついているが、これも少々乾燥気味だ。
霧島と違ってあまり腹も減っていない京哉だったが、少々強引にでも食べて寝て、ここの生活サイクルに体調を合わせてしまった方がいいのは分かっている。
二人で行儀良く手を合わせた。食べてみると揚げ物はハムみたいな加工肉で長期保存できるものらしい。不味くはないが全体的に薄味でスープパスタといい、なるべく食事で水分が摂れ、なおかつ喉が渇かない工夫がされているらしいと京哉は思う。
それでも空気は非常に乾燥していたようでタンブラーの水を飲み干しても二人の喉の渇きは癒えず、食後にコーヒーを追加注文した。飲みながら京哉は一服する。
食事を終えると戻ってきた女に三階の部屋に案内された。キィは今どき日本なら幼児の宝箱でも見かけないような棒鍵で、内鍵はチャチな掛け金が付いているだけだった。だがまあ、入るなという意思表示にはなるかと二人は日本語で囁き合い、棒鍵を眺める。
「朝食が要るなら下の食堂で七時半から九時までよ」
そう言い置いて女が去ると部屋に入ってみた。
全体的にくすんだ色合いの室内は思っていたより狭くフリースペースは殆どない。調度がひしめいている。セミダブルのベッドとデスクに椅子、独り掛けソファがロウテーブルを挟んで二脚。右側の壁にドアがあって中は洗面所と、その更に左右のドアがトイレとバスルームだ。
要はビジネスホテルだが、水回りはコインを入れる装置が洩れなく付属している。
「洗面所はさっきと同じ、コップ一杯がコイン一枚だ。シャワーが七分間でコイン五枚だけじゃない、トイレも一回流すたびにコイン一枚必要らしい。徹底しているな」
「それじゃあコインを追加で買ってこないと全然足りませんね」
「ああ。危なくて荷物も置きっ放しにできんな。盗まれても着替えくらいだが」
「盗まれたら困る貴重品が入ってますよ」
京哉は大真面目に煙草を振ってみせた。霧島は呆れて中毒患者を見返したが、これが年下の恋人の頭のロクロを回す原動力だと思うと笑ってやるしかなかった。それに自分も大学時代までは吸っていたのでまるで気分が理解できない訳ではない。
「で、早速シャワー浴びたいんですけど、いいですか?」
頷いた霧島は一旦部屋を出て棒鍵でロックすると、一階に下りてコインを大量に手に入れてくる。霧島が戻ってくると京哉はそそくさと脱いだスーツをソファの背に掛け、ショルダーホルスタを外し左手の包帯を解いて、大量のコインを手にバスルームに消えた。
余程気持ち悪かったのか、七分間を二回浴びたらしい京哉が布を頭に巻きつけ、備え付けのぺらぺらなガウンを着て出てきた。入れ違いに霧島もシャワーを浴びる。
砂でバサバサになってしまった髪を置いてあった妙に薄いシャンプーと生ぬるい湯で流し、ようやく人心地がついた。出ると京哉と同様に置かれていた大判の布で身体を拭い、ぺらぺらガウンを身に着ける。丈が短くてスカスカした。
「疫病か。確かにある種の疫病と云えるのかも知れん」
「えっ、伝染病なら僕らって予防接種もしてない……」
「いや、そういう意味ではなく、ものの喩えだ。今は忘れてくれていい」
「もしかして忍さん、また何か企んでるんですか?」
「自分の夫を捕まえて人聞きの悪い言い方をするんじゃない。それより淋しいのは砂嵐があったからではないのか?」
「ああ、そうですね。それもあるのかも」
誤魔化されたのに京哉は気付いていたが、まだ霧島も考え中なのかも知れないので今は無理に聞き出そうとして邪魔するのは止す。時期が来たら話してくれるだろう。
こんな旅行者もいない国で数少ない宿は資料にて予習済み、街に入ってから十五分ほどで隣国のユベルからやってくる輸出入関係者らが泊まるという宿に辿り着いた。資料ではホテルと名のつく場所はこの一ヶ所しかない。
見上げると一階はコンクリートブロックで二階から上はプレハブのような簡易建築が積み上がった三階建てである。
日本のように地震の多い国なら一発でアウトだなと京哉は思いながら、合板のドア脇に貼られている看板を眺めた。錆びて塗装の剥がれかけた看板の文字は京哉でも分かる単語だが、錆びすぎてしまい『Hotel』と判読するのは困難である。
幸いここはまだ破れかけたカーテンを通して窓から明かりが洩れていた。
だが明かりは洩れていても京哉は足を止めてしまう。よく日本でも住宅街の一角などで妙に入りづらい喫茶店を見かけるが、その三十倍はドアオープンしづらい宿だ。しかしこういう時に霧島のような男が同行していると非常に有難い。
何らためらうことなく霧島は我が家の如く軋むドアを開け、中を僅かに窺ってから京哉をエスコートしてくれる。
屋内に滑り込んだ二人はようやく寒さから逃れた。京哉が日本語で声を出す。
「すみませーん、お邪魔しまーす」
入った所は食堂になっていた。あまり広くない食堂の五つあるテーブル席はひとつしか埋まっていない。二人座っているが客なのか家人なのか謎だった。暗い雰囲気で会話すら交わしていないのだ。そちらには向かわず二人はカウンター席に腰掛ける。
恰幅はいいが愛想のない中年男が主人らしく、カウンター内に仁王立ちしていた。一緒にいた夫婦らしい女が二人に近づく。ここでチェックインも申し出るシステムらしい。
「食事と宿泊を。喫煙のダブルがあれば一室、空いているだろうか?」
英語が苦手な京哉に代わって霧島が訊くと女は僅かに目を見開いたがそれだけだ。
「よその人ね。長期、短期?」
「取り敢えず一晩で頼む」
「分かったわ。メニューはセットで選べないけれど?」
「それで構わない」
「二人分ね。水はあそこでどうぞ、飲めるわよ」
様々な客に慣れているのだろう、女は訊くだけ訊くとさっさと洗面所の奥の階段を上っていった。男性同士のダブル宿泊を断るホテルもあるので、なかなか理解ある土地で良いことである。会話を聞いていた中年男も黙ってフライパンを温め始めた。
京哉に頷かれて先に水を使おうと霧島は立ち上がった。
女がああ言ったのだから腹は壊さないだろうと思い、洗面所の傍らの棚から小さめのタンブラーを取り上げて見ると水道は有料だった。だが背に腹は代えられない。
設置された自販機に十ドル入れてコインを十枚買う。そのコインを一枚、洗面所に取り付けられた機器に入れて水道を捻った。チョロチョロと出る水をタンブラーに溜める。
結局うがいしてから残りを飲み干すと、更にコイン一枚を払ってタンブラーを満たし、手にして席に戻った。
コインを京哉に渡してやると交代で立って行く。同じくタンブラー片手に戻ってきた京哉に霧島はショルダーバッグを指して言った。
「こんなに煙草を持ってくるより、水を持ってきた方が良かったんじゃないか?」
「煙草は譲れませんが、自販機で缶コーヒー買うって訳にも行かないみたいですね」
「そういえば見かけなかったな。布の他に水筒も買うべきかも知れん」
「いよいよ砂漠って気がしてきましたね」
「この分だとシャワーも覚悟しておかんとな」
暫く待って主人からカウンター越しに手渡された傷だらけのアルミトレイには、数種類の豆が沈んだスープパスタのような器と何かの揚げ物のプレートが載っていた。揚げ物には彩り程度のささやかな野菜もついているが、これも少々乾燥気味だ。
霧島と違ってあまり腹も減っていない京哉だったが、少々強引にでも食べて寝て、ここの生活サイクルに体調を合わせてしまった方がいいのは分かっている。
二人で行儀良く手を合わせた。食べてみると揚げ物はハムみたいな加工肉で長期保存できるものらしい。不味くはないが全体的に薄味でスープパスタといい、なるべく食事で水分が摂れ、なおかつ喉が渇かない工夫がされているらしいと京哉は思う。
それでも空気は非常に乾燥していたようでタンブラーの水を飲み干しても二人の喉の渇きは癒えず、食後にコーヒーを追加注文した。飲みながら京哉は一服する。
食事を終えると戻ってきた女に三階の部屋に案内された。キィは今どき日本なら幼児の宝箱でも見かけないような棒鍵で、内鍵はチャチな掛け金が付いているだけだった。だがまあ、入るなという意思表示にはなるかと二人は日本語で囁き合い、棒鍵を眺める。
「朝食が要るなら下の食堂で七時半から九時までよ」
そう言い置いて女が去ると部屋に入ってみた。
全体的にくすんだ色合いの室内は思っていたより狭くフリースペースは殆どない。調度がひしめいている。セミダブルのベッドとデスクに椅子、独り掛けソファがロウテーブルを挟んで二脚。右側の壁にドアがあって中は洗面所と、その更に左右のドアがトイレとバスルームだ。
要はビジネスホテルだが、水回りはコインを入れる装置が洩れなく付属している。
「洗面所はさっきと同じ、コップ一杯がコイン一枚だ。シャワーが七分間でコイン五枚だけじゃない、トイレも一回流すたびにコイン一枚必要らしい。徹底しているな」
「それじゃあコインを追加で買ってこないと全然足りませんね」
「ああ。危なくて荷物も置きっ放しにできんな。盗まれても着替えくらいだが」
「盗まれたら困る貴重品が入ってますよ」
京哉は大真面目に煙草を振ってみせた。霧島は呆れて中毒患者を見返したが、これが年下の恋人の頭のロクロを回す原動力だと思うと笑ってやるしかなかった。それに自分も大学時代までは吸っていたのでまるで気分が理解できない訳ではない。
「で、早速シャワー浴びたいんですけど、いいですか?」
頷いた霧島は一旦部屋を出て棒鍵でロックすると、一階に下りてコインを大量に手に入れてくる。霧島が戻ってくると京哉はそそくさと脱いだスーツをソファの背に掛け、ショルダーホルスタを外し左手の包帯を解いて、大量のコインを手にバスルームに消えた。
余程気持ち悪かったのか、七分間を二回浴びたらしい京哉が布を頭に巻きつけ、備え付けのぺらぺらなガウンを着て出てきた。入れ違いに霧島もシャワーを浴びる。
砂でバサバサになってしまった髪を置いてあった妙に薄いシャンプーと生ぬるい湯で流し、ようやく人心地がついた。出ると京哉と同様に置かれていた大判の布で身体を拭い、ぺらぺらガウンを身に着ける。丈が短くてスカスカした。
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