砂中で咲く石Ⅰ~Barter.11~

志賀雅基

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第10話

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「最初の敵が砂嵐ですか。明日にでも布を買わないと」
「空港の奴らが巻いていた、あれか」
「嵐じゃなくても銃に砂は強敵ですから、あれ被ってたらマシじゃないですかね」
「よそ者臭も薄らぐだろうしな」

 風の唸りと小屋の家鳴りは聞こえるが外とは格段に違う静けさだ。咥え煙草の京哉は隣の霧島に躰を密着させ体温を感じながらバックライトの灯った携帯を操作する。

「何だ、一ノ瀬本部長に愚痴でも垂れるのか?」
「違います。確か政府運営の放送局があったから、気象情報でもやってるかなって」

 だがネットラジオをやっているアドレスにアクセスしてもノイズが流れるだけだった。今は放送時間の筈だったが幾ら試してもネット自体がザーザーと砂嵐である。

「通信も途絶させる天然のチャフですか、参りましたね」
「ジタバタしても仕方あるまい。宿にチェックインする時間くらいはあるだろう」
「現在時二十二時過ぎ。本当にチェックインできると思います?」
「カネさえ払えば文句は言わんさ」
「ならいいですけど。何れにせよ時差ぼけ直しにちゃんと寝た方がいいですしね」

 そうセオリー通りの発言をしてみたが、飛行機で随分と眠ってしまったので京哉は眠気の片鱗もなかった。吸い殻パックを手に二本目の煙草を咥え火を点けると霧島に凭れる。猫のように頭を擦りつけたら霧島が肩を抱いてくれた。

 それだけで京哉は深く安堵し心に落ち着きを取り戻す。
 霧島の機嫌も上昇したのを感じ取った。

 汚い任務なんかさせたくないのに、一緒がこんなに嬉しくて自然だ。

 小屋に避難してたっぷり一時間は経った頃、唐突に小屋の軋みが消えた。霧島が石の扉を開けてみると隙間から冷気が入ってくる。空に月と星が戻っていて風もない。

「おっ、収まったぞ。一晩中でなくて良かったな」
「やっと街に行けますね。もうちょっと文化的な所に泊まれそう」
「ここでは衛生的に問題があるからな。砂が身と皮の間に入ったまま擦れたら――」
「ぎゃーっ、痛い痛い痛い! そういう生々しいのは止めて下さい!」

 地下牢のような小屋から出ると砂嵐の前より格段に寒くなっていた。これは間違いなく氷点近くまで気温が下がっている。二人は白い息を吐きながら歩き出した。

「うーん、寒いよう。温かいシャワー浴びたいかも」
「私はそれより、うがいをしたい。まだ砂を噛んでいるようだ」
「塩水に浸して砂出ししないと」
「私は味噌汁の具ではない。というより道が殆ど消えてしまったぞ」

 砂嵐で砂漠がずれたように足元の日干しレンガはブロックの継ぎ目が見えないくらい、すっかり砂に埋もれてしまっている。こうして埋まった道は次の砂嵐で吹き払われ、また埋もれての繰り返しで何とか道の形を呈しているのだろう。

 だが日干しレンガは天然のヤスリで日々削られて摩耗し、あちこち凹んでいる気がした。お蔭で踏んだ感触で道だと分かる。

 そうでなくても街の灯りがあるので真っ直ぐ歩けばいいだけだ。その明かりもいよいよ近づいて二人の足取りも軽くなった頃、左側にレンガの塀が見えてきた。長々と続く塀の内側には大小幾つものプレハブのような建築物が照らし出されている。

 更に歩くと塀の途切れた所に小屋があり、戦闘服の兵士がぽつんと一人で立っていた。

「プラーグ国軍の第二駐屯地ですね」

 資料で見たのを霧島も覚えていた。現地採用人員で構成された警察兼任の部隊である。街を囲むように三ヶ所、政府機関の傍に一ヶ所あるうちのひとつだ。その四ヶ所がプラーグ国軍の全てという。それで間に合うほどプラーグは小さな国なのだ。

 小屋の兵士はまだ若い。アサルトライフルの銃口を手にし、杖のようにストックを地面に立てている。二人に不審そうな視線を寄越したが、予想していた誰何すいかはされなかった。

「ふむ、なかなかにたるんでいらっしゃるようだ」
「ちゃんと見れば僕らのショルダーホルスタは分かる筈ですけれどもね」
「目を開けたまま眠っているのかも知れんな」

 別に誰何され銃を咎められても構わないのだ。二人はプラーグ政府の発行した正式書類を携えている。

 ここで敢えてバンカケ、いわゆる職務質問をされて正式書類を楯にお偉いさんへの足掛かりにするのも手じゃないのかと京哉は思ったが、自分が考える程度の策なんか霧島はシミュレーション済みだと理解していて口には出さない。

「まあいい、余計な時間を食わずに済んだ。時間で腹は膨れんからな」
「ルアンダ国際空港を発つ前に食べたのに、もうお腹空いたんですか?」
「ああ。寒いとカロリー消費する。早く宿に行って飯だ飯」

 何も考えず本当にバンカケされなくてラッキィと霧島は思っているらしい。

 勝手に霧島を買い被っておいて勝手に騙され損をしたような気分になった京哉だが、今更兵士の元に戻って悶着を起こすのも不自然である。さっさと宿にチェックインした方がいいのは確かで、レンガの塀沿いに歩を進め宿と食事のある街へと足を踏み入れた。

 街は日干しレンガかコンクリートブロックを積んだ建物と、プレハブに毛の生えたような建築物が入り交じっていた。高くてもせいぜい三階建ての建物が空港から続く直線道路沿いに建ち並び、そのまま見えなくなるまで続いている。

 地図上ではこの道が街を縦断する大通りだった。いっそ潔いほどの直線で非常に見通しがいい。

 だが真っ直ぐなのはこの道くらいで、建物の間の小径は複雑にうねり入り組んでいる。地図を少々見ただけではよそ者には歯が立たないのは一目瞭然なので入り込まず、素直に大通りだけを歩いた。ここの地面も日干しレンガのままでやはり砂が載っている。

 いわばメインストリートだというのに街灯は間遠だった。

 建物からの明かりもちらほらとしか投げられていない。建物の一階は店舗が多かったが開いている店は殆どなく、布をまとって行き交う住人らは更に少なかった。

 観察するに辺りに設置された電柱も数少なく、建物に引き込まれた電線も同様に頼りない。住人が文化的生活を送れているのかも疑問で、これだけ人通りの少ない原因が家の中で愉しくゲームや映画に音楽鑑賞しているためとは思えなかった。
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