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第13話
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外に出ると眩暈がするほど明るかった。灼熱の光が降り注ぎ、肌の露出した部分がひりつく。ジャケットを脱ぎたくなったが、銃が丸見えになるのでそれも叶わない。
「あっつーい! せめてタイだけでも解きましょうよ」
「ああ。だが昨日の寒さは何だったのだろうな?」
「知りません。早く水筒を買わないとミイラになるかも」
建物の壁や白っぽい砂の浮いた地面の日干しレンガまでが陽光を反射し、目の底が痛いような大通りを二人は空港と反対方向に歩き出す。昨夜と違って布をまとった人々が結構な数、行き交っていた。
布は空港で見たように躰に巻き肩で結んで袈裟懸けにしている者と、頭から被って目だけ出している者とがいる。
それらの人々の着ている服はシャツに作業服様のズボンだったり、長いギャザースカートだったりと思っていたより普通だ。だが必需品らしい布をまとわない二人は浮いているらしく、すれ違う者の皆が皆、二人を振り向いては眺めてゆく。
「檻の中の珍獣になった気分だな」
「大概、日頃から見られ慣れている忍さんでもそう感じますか?」
「常日頃から私と同行しているお前こそ見られ慣れただろう?」
「視線の質が違いますよ、いつもはお立ち台に立たされた気分というヤツです。もう少し先に行けばバザールがあるみたいですから、そこまでの辛抱ですね」
「暑いというか、熱いんだが、湿気がない分マシかも知れん」
「そうですね、そんなに汗かかないっていうより、かく端から蒸発していくみたい」
「水もそうだが、塩分も摂らんと拙いな」
乾ききった大通りには幾つかの井戸らしきものが設置されていたが、どれも大行列ができている上に皆が大きな入れ物持参で、どう見ても生活用水を求めて並んでいるのが分かった。人々の暮らしを阻害するのも気が引けて、恨めしい思いで二人は通り過ぎる。
そのまま三十分近く歩くと右手に広場が見えてきた。広場というより砂場といった方が精確なそれに京哉は既視感を覚え、記憶を掘り起こしているうちに今度は珍しい金属製のフェンスが現れる。頑丈そうなフェンスは通常より密に編まれていた。
そのフェンスの内側に建っている塀もつるりとした金属である。銀色のそれは陽光を眩く反射していて妙に未来的な光景だ。高さは三メートルもあるだろうか。
かなり間隔を開けて出入り口のドアがありライフルを持った兵士が立哨していた。
未来的な銀色の塀の上から頭を出している建物はどっしりとしたコンクリート製、屋根に当たる部分は幾つかの尖塔になっていて先端は巨大タマネギのような形の飾りだった。
それ自体は外国の宗教に関わる建築物に多い様式だが、ここの光景をトータルで眺めると宮殿とトーチカを組み合わせたような一種異様な雰囲気である。
こんなヤスリの風が吹く土地で煌びやかに金と紫に塗られたその建物は、地図に載っていたこのプラーグ政府の中枢、大統領官邸だった。
「うっわ、趣味悪ーい」
「同感だ。毒々しいな」
随分広いらしいこの塀の中には官邸だけでなく、プラーグ第一駐屯地や軍司令部もあると資料に載っていた。二人は歩調を緩めないまま、それらを横目に通り過ぎる。
「ここだけを護る軍は大統領の親衛隊みたいですね」
「そのものだろう。このプラーグは議会政治で選挙による大統領制を採っているが、ここ十年以上もダニロ=ブレッヒ大統領はその座を誰にも譲っていない。公開処刑などという悪法が罷り通っての連続再選だ。からくりがあるに違いない」
「恐怖政治にからくりですか。僕が昨日言った某大国の弱みを握ってるとか?」
「まだ分からん。今のところ浮かんでいる最有力キィは機密鉱物の砂の花だが」
「ふうん。独占してる悪徳大統領をスナイプする任務だったら喜んで受けたのに」
「独占か……なるほど」
政府管掌の学校と病院だという、これは割とまともな四階建ての建築物を左側に眺めて通り過ぎると、行き交う人々が多くなってきた。かごに野菜や果物を入れて抱えた女性が殆どだ。更に先に行くと、ようやく目的の市場が見えてくる。
街の人々が暮らすフラットを背にして道の両側に沢山のテントが張られていた。
素通しのテントは野菜や果物などの生鮮品を売る店だけでなく、パンや乾燥野菜に干し肉などを並べた店や衣料品などが下がったテントもあり、暑さを度外視すればいつまでも飽きずに眺めていられそうだと京哉は思う。
だがこのままだと熱射病は確実で先を急いだ。
目についた雑貨屋で二人は布とベルトから下げられる水筒に、腰につける小型のナイフを妥当と思われる価格で買った。どれも丈夫そうな実用本位の代物である。
早速バザールの中央にあった井戸に向かった。しこたま並んで順番がくると使い方を先人から習得しポンプを押して水筒を洗い水を満タンにした。この井戸水は無料だった。有難く喉を潤してついでにひりひりと灼けた手も冷やした。
背後の行列を見て名残惜しく井戸から離れ、買った布を広げてみる。布は縦二メートル横一メートルくらいの大きな物で、東南アジアでバティックと呼ばれるものに似ていた。ろうけつ染めの細かい模様が施された青系を霧島、緑系を京哉が選ぶ。
頭痛がするほど熱くなっていた霧島は見よう見まねで広げた布を頭から被り、利き手の動きを阻害しないように余った部分を左肩から垂らす。京哉も同様にした。
格好から入ってみたが、ともあれ二人もそれなりに様になってきたようだ。
「あっつーい! せめてタイだけでも解きましょうよ」
「ああ。だが昨日の寒さは何だったのだろうな?」
「知りません。早く水筒を買わないとミイラになるかも」
建物の壁や白っぽい砂の浮いた地面の日干しレンガまでが陽光を反射し、目の底が痛いような大通りを二人は空港と反対方向に歩き出す。昨夜と違って布をまとった人々が結構な数、行き交っていた。
布は空港で見たように躰に巻き肩で結んで袈裟懸けにしている者と、頭から被って目だけ出している者とがいる。
それらの人々の着ている服はシャツに作業服様のズボンだったり、長いギャザースカートだったりと思っていたより普通だ。だが必需品らしい布をまとわない二人は浮いているらしく、すれ違う者の皆が皆、二人を振り向いては眺めてゆく。
「檻の中の珍獣になった気分だな」
「大概、日頃から見られ慣れている忍さんでもそう感じますか?」
「常日頃から私と同行しているお前こそ見られ慣れただろう?」
「視線の質が違いますよ、いつもはお立ち台に立たされた気分というヤツです。もう少し先に行けばバザールがあるみたいですから、そこまでの辛抱ですね」
「暑いというか、熱いんだが、湿気がない分マシかも知れん」
「そうですね、そんなに汗かかないっていうより、かく端から蒸発していくみたい」
「水もそうだが、塩分も摂らんと拙いな」
乾ききった大通りには幾つかの井戸らしきものが設置されていたが、どれも大行列ができている上に皆が大きな入れ物持参で、どう見ても生活用水を求めて並んでいるのが分かった。人々の暮らしを阻害するのも気が引けて、恨めしい思いで二人は通り過ぎる。
そのまま三十分近く歩くと右手に広場が見えてきた。広場というより砂場といった方が精確なそれに京哉は既視感を覚え、記憶を掘り起こしているうちに今度は珍しい金属製のフェンスが現れる。頑丈そうなフェンスは通常より密に編まれていた。
そのフェンスの内側に建っている塀もつるりとした金属である。銀色のそれは陽光を眩く反射していて妙に未来的な光景だ。高さは三メートルもあるだろうか。
かなり間隔を開けて出入り口のドアがありライフルを持った兵士が立哨していた。
未来的な銀色の塀の上から頭を出している建物はどっしりとしたコンクリート製、屋根に当たる部分は幾つかの尖塔になっていて先端は巨大タマネギのような形の飾りだった。
それ自体は外国の宗教に関わる建築物に多い様式だが、ここの光景をトータルで眺めると宮殿とトーチカを組み合わせたような一種異様な雰囲気である。
こんなヤスリの風が吹く土地で煌びやかに金と紫に塗られたその建物は、地図に載っていたこのプラーグ政府の中枢、大統領官邸だった。
「うっわ、趣味悪ーい」
「同感だ。毒々しいな」
随分広いらしいこの塀の中には官邸だけでなく、プラーグ第一駐屯地や軍司令部もあると資料に載っていた。二人は歩調を緩めないまま、それらを横目に通り過ぎる。
「ここだけを護る軍は大統領の親衛隊みたいですね」
「そのものだろう。このプラーグは議会政治で選挙による大統領制を採っているが、ここ十年以上もダニロ=ブレッヒ大統領はその座を誰にも譲っていない。公開処刑などという悪法が罷り通っての連続再選だ。からくりがあるに違いない」
「恐怖政治にからくりですか。僕が昨日言った某大国の弱みを握ってるとか?」
「まだ分からん。今のところ浮かんでいる最有力キィは機密鉱物の砂の花だが」
「ふうん。独占してる悪徳大統領をスナイプする任務だったら喜んで受けたのに」
「独占か……なるほど」
政府管掌の学校と病院だという、これは割とまともな四階建ての建築物を左側に眺めて通り過ぎると、行き交う人々が多くなってきた。かごに野菜や果物を入れて抱えた女性が殆どだ。更に先に行くと、ようやく目的の市場が見えてくる。
街の人々が暮らすフラットを背にして道の両側に沢山のテントが張られていた。
素通しのテントは野菜や果物などの生鮮品を売る店だけでなく、パンや乾燥野菜に干し肉などを並べた店や衣料品などが下がったテントもあり、暑さを度外視すればいつまでも飽きずに眺めていられそうだと京哉は思う。
だがこのままだと熱射病は確実で先を急いだ。
目についた雑貨屋で二人は布とベルトから下げられる水筒に、腰につける小型のナイフを妥当と思われる価格で買った。どれも丈夫そうな実用本位の代物である。
早速バザールの中央にあった井戸に向かった。しこたま並んで順番がくると使い方を先人から習得しポンプを押して水筒を洗い水を満タンにした。この井戸水は無料だった。有難く喉を潤してついでにひりひりと灼けた手も冷やした。
背後の行列を見て名残惜しく井戸から離れ、買った布を広げてみる。布は縦二メートル横一メートルくらいの大きな物で、東南アジアでバティックと呼ばれるものに似ていた。ろうけつ染めの細かい模様が施された青系を霧島、緑系を京哉が選ぶ。
頭痛がするほど熱くなっていた霧島は見よう見まねで広げた布を頭から被り、利き手の動きを阻害しないように余った部分を左肩から垂らす。京哉も同様にした。
格好から入ってみたが、ともあれ二人もそれなりに様になってきたようだ。
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