砂中で咲く石Ⅰ~Barter.11~

志賀雅基

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第14話

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「で、どうするんです?」
「お前もノープランのままか。幾ら何でもきっかけがないと動くに動けん」
「きっかけって、政府の門を叩いて『協力して下さい』とかですか?」
「気の進まんプランだな。政府側と接触するとゲリラ側に浸透してからどんなルートでバレるか分からん。それよりボーッと突っ立っていると死ぬ、日陰に移動しよう」

「なら取り敢えず街の端まで見てからもう一度宿に戻りましょうか?」
「何だ、やる気がないな」
「貴方にはあるんですか?」
「ある訳なかろう。まだ朝なのにこの暑さだぞ、とうに気力なんか蒸発した」

 溜息をついて二人はスーツのジャケットを脱ぐ。砂漠と聞いて一着だけ持っていたウォッシャブル・防シワ加工のものを着用してきたが正解だったようだ。ジャケット二着の袖をショルダーバッグの紐に結びつける。布を被ったことで銃は隠れたため問題はない。

 そこからのそのそと歩くこと三十分くらいで、もう街外れまできてしまった。そこにあったのは左側に駐車場と名のついた簡素な囲いのある砂場と、道を挟んで右側にプラーグ第四駐屯地、あとは地平線まで拝める砂漠である。

 茫漠たる砂の大地は熱気で揺らめいていた。壮大な光景だったが嬉しくはない。

「村とか見えないんですね」
「一番近い村まで二十キロ弱はあるらしい」
「はあ。計算上の見通し距離は四キロ半ちょいですからね」
「お前ならな。私は丁度五キロ程度か」
「いちいち人のコンプレックスを突かないで貰えます?」

 暑すぎて二人共にカリカリし始めていたが、それこそ暑すぎるので本気で怒る気力もない。そんな二人は起伏のある薄いベージュの大地から砂混じりの熱風を受け、布で覆ってなお防ぎきれなかった砂を京哉は吐き出した。
 この砂の中に出張る任務を思うと果てしなく気力が萎えてゆく気がした。溜息と共に呟きを口から押し出す。

「街の中に戻りませんか?」
「ん、ああ、そうだな」

 目前の砂漠だけでなく近い将来からも二人は目を逸らした。

 再び歩き出してバザールに差し掛かると、ふいに周囲の人々の喧騒とはレヴェルの違う大声が響き渡り二人はギョッとする。
 何事かと見回すと建物に取り付けられたスピーカから流れ出した音声だった。かなり旧式のハンドスピーカみたいな機器が放送している。


《一昨日捕らえた反政府ゲリラと荷担した者の断罪を本日十一時に行います――》


 ふざけた音量の放送は簡潔かつ平坦に何度か繰り返されたのち、また唐突に止む。

 無表情で霧島が放送内容を京哉に翻訳した。街の中心へと歩きながら京哉は霧島の冷たいまでに無表情を固定した顔を見上げる。視線を感じたか見返してくる灰色の目の中に京哉は感情を見取った。先程砂漠で揺らめいていた熱気にも似た感情だった。

「断罪って、もしかして公開処刑ですかね?」
「見たくもないが、このペースだとかち合いそうだな」

 頷いた京哉は思い出していた。砂の広場での既視感は確か県警医務室のTVで見た公開処刑場である。つまりあそこで今から人が処刑されるということだ。

 いつの間にかバザールの買い物客はごっそり減っていた。その分、人々は大通りに流れを作っていて、どうやら誰もが処刑の行われる広場に向かっているらしかった。

「野次馬根性にもほどがあると思いませんか?」
「見物する義務のようななものでもあるんじゃないのか?」
「いよいよ趣味が悪いですね」
「趣味云々の問題は越えている気がするが」

 だが二人は野次馬根性ではなく、二年間も国際社会が国連の査察団という形で止めようとしてきたこの国の暗部から目を背けてはならないのだという思いで、重い足を処刑場に運んだ。

 このプラーグは恐怖政治を根幹に成り立っている。そういった在りようを変えるために命を賭しているのがゲリラなのだろうと二人は理解していた。

 その指導者を消せという特別任務に言外の意味はないのか。この目で見るべきを見ていくうちに自分たちにも納得できる理由が見出せるのではないか。

 本部長室で霧島自身が言った人々の希望の芽を摘み取るという以外の某大国とグルの一握りの人間の利益ではない何か。それを探すために見たくなくても見るのだ。

 要は自分たちがこれからやることを正当化する材料を探し歩いているだけだった。

 虚しい思いで広場に辿り着くと砂場を取り囲んで民衆の半円ができていた。それらの人々の目は先程二人が通り掛かった時にはなかった、三台の大きな十字架に向けられている。
 十字架には既に二人の男と一人の女が手首と足首を括りつけられ、更に直接釘で打ち付けられた両掌と足の甲から血を滴らせていた。

 明らかに拷問された痕跡があり、衣服にも茶色い染みがこびりついている。

「我が国を含めて数々の国の刑法に死刑はあるが、これは大したやり方だ」

 眉間に濃く不愉快を浮かべた霧島の視線の先には刑吏が手にした鋭い刃のついた槍があった。どれだけこれを繰り返してきたのか、慣れた手順で刑の執行は進められている。この残虐非道な行いを止める手立ては二人にもない。

 三人の兵士が人々に対して手にしたライフルの銃口を威嚇的に振り向けているのだから。ここで銃撃戦はできない。

 それでも京哉の左手が霧島の左腕を掴んだ。きつく食い込む指が何より京哉のまともさを表していて霧島は急激に意識が浮上したような気がした。
 京哉は助けられないのかと訊いているのだ。これだけの人間がいる中でたった一人、彼らを助けたいと訴えているのだった。

 霧島は場に呑まれて完全に諦めていた思考から醒める。

 急速に計算能力をフル稼働させた。考えもせず無理だと放り出していい訳がない。自分はかつて人の命は何よりも重いというスタンスを貫いてきた。誰にも絶対に折られない、枉げられない矜持と意地で時に京哉と対立したこともある。

 だがそもそも京哉を助けられたのもこの矜持のお蔭で、自分の命より大切な者を得ることもできたのだ。

 今、殺されようとしている者たちが極刑に処せられるほど悪行を働いたとは、どう公平に考えても思えない。そして彼らにも大切な者の一人や二人はいるだろう。

 磔にされた男女の一人につき刑吏二人ずつが就いた。陽光を跳ね返す槍の刃が男女を刺し貫こうとしたとき、霧島は懐の銃のグリップを握る。
 何も言わずとも霧島の動きに呼応して京哉も銃を手にしたのが分かった。日本語なら周囲に分からない。囁くでもなく霧島は京哉に言った。

「私は右の兵士のライフル、お前に左二人の得物を任せる。破壊したら私が英語で兵を脅す。二人で解放だ、了解か?」
「はい」

 しかし二人が動き出すより一瞬早く、目前の少年が足元の割れた日干しレンガの塊を拾い上げて投げた。それは思ってもみないほどの距離を飛翔して一人の刑吏の背に当たった。数秒間、刻が凍り付いたように皆が黙り静けさがその場を支配した。

「今のは誰だ!」

 次の瞬間、放たれた兵士の怒号に人の輪が崩れ、砂礫を投げた少年に視線という視線が降り注いだ。庇おうとする者はいない。同罪とされたら次にあそこに磔にされるのは自分なのだ。

 だが外国人ならどうなのか。国際問題に発展するのはプラーグ政府も避けたい筈である。ならばここで自分たちが名乗り出でみたらどうか――。

 処刑の中止と少年を救うことを同時に成そうと霧島は一歩前に出た。しかし危険すぎる賭けでもあり京哉が腕を引いて留める。
 そこでこぶしを握り締めた少年に対し三つの銃口が振り向けられるのを見取った霧島は、反射的に少年の手首を掴んで身を翻していた。

「拙い、逃げるぞ!」
「はいっ!」
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