砂中で咲く石Ⅰ~Barter.11~

志賀雅基

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第15話

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 大通りを横切って、うねうねと曲がる小径に三人は駆け込んだ。

 兵士たちは辺り構わずライフルをぶっ放してくる。危うく耳元を弾丸に掠められ衝撃波を食らった霧島はとうとう布で隠していたシグ・ザウエルP226を引き抜いた。
 振り向きざまに牽制の一発を見舞う。撃ちながら建物の隙間の細い路地に走り込んだ。

 お茶を愉しむ老人たちのテーブルを蹴り倒し、アヒルの群れを蹴散らして羽ばたかせ、幾度も路地を曲がっては女性の持った買い物かごをぶちまけさせて、大量のオレンジが転がる中を駆け抜けた。吸い込み慣れない熱気が喉を焼いて霧島でさえ息が上がる。

 十五分ほども追いかけっこを続けただろうか、気が付くと追っ手の気配はなくなっていた。ついでに霧島と京哉の土地鑑もなくなっている。

 プレハブのような簡易建築を積み上げたフラットの隙間で三人は息を整えた。すっかり京哉はへばってしまい、だが座り込まずに壁に背を預けて立っているのはさすがだ。

 具合が悪くないか京哉に確かめておいて片手を挙げるのを見た霧島は、シグを左脇のショルダーホルスタに収めると十四、五歳に見える少年に滑らかな英語で訊く。

「お前、あれはお前の親か誰かだったのか?」
「違う、知らない人だった」
「それなのにあんな無茶をしたのか?」
「許せなかったんだ」

 問いに対し尤もなことを口にした少年は目だけを出して頭に巻きつけていた布を解いた。広げた布を袈裟懸けにまとい直すと大人ぶった仕草で腰に手を当てる。

「僕は逃げ切る自信があった。なのにあんたらも同罪だぞ。どうするつもりだよ?」
「どうするもこうするも……」

 発砲までした以上、間違いなくお尋ね者の触れが出されている。被った布を買い換えれば印象は変わるかも知れないが分の悪い賭け、大通り沿いの宿に戻るのは論外だった。暫し途方に暮れた二人に少年が窺うような目を向ける。

「よそ者みたいだけど、あんたらも反政府側の人間なのか?」
「そういうお前もそうなのか?」
「そっちの答えを聞いてからだ」
「僕は鳴海、その人は霧島です。外国の元軍人であちこち旅しては傭兵みたいなことをしてますが、できればこの酷い国で戦っている人達に加勢したいと思っています」

 京哉の口から出任せを霧島が英語に訳した。こういう嘘をつかせると京哉は上手いのだ。霧島がやると壮大なホラを吹いてしまう。

 ともかく京哉の嘘は覿面てきめんに効いた。途端に少年は目を輝かせて二人を見る。

「傭兵で反政府ゲリラに加勢なんて格好いいな。僕はクリフォード=バルト。クリフって呼んでいいよ。じつは僕も十七になったら反政府ゲリラに入るつもりなんだ」
「クリフの家族は?」
「父さんと母さん、それに弟と僕。これは絶対に内緒だよ。うちの家族はあんまり積極的じゃないけど一応中立派なんだ。それでも僕の反政府入りは反対してるけどね」

「そうか。で、どうするんだ京哉?」
「丸投げされても困りますよ。ほとぼりが冷めるまで出て行けないのは確かですし、いきなり独りでライフル三丁の前に突っ込んでいく人が出現するのもごめんですし」
「すまん、思わず咄嗟に」
「まあ、最終的判断は間違ってなかったと思いますから許します。でも、あーあ」

 お手上げ状態で溜息をついた二人に、霧島の双方向通訳を聞いたクリフが提案した。

「じゃあ狭いけど家にくる? 歓迎こそ期待しないで欲しいけどさ」

 選択肢のない二人は厚意に甘えることにする。追っ手に用心しながら迷路のような路地を歩くこと約十五分でクリフの住むフラットに到着した。

 日干しレンガと簡易建築を組み合わせた二階建てで一階部分がガレージになっており随分と年代物の四輪駆動車が一台駐まっていた。空いたスペースでは数人の男女が型枠に砂を練って詰め込む作業をしている。日干しレンガを作っているらしい。

 ガレージ横の階段をクリフに続き上ると住居らしい二階のドアに招き入れられた。
 中は相対的に暗く、目が慣れるまで時間が掛かる。やや涼しいのは有難かった。

 静けさの中で何か規則正しい音がしている。

「母さん、お客だよ」

 クリフに倣い靴は脱がずに上がると、すぐにテーブルと椅子でいっぱいのキッチンになっていた。そこを通り抜けると音の正体が知れる。女が機織りをしているのだ。

「どなた?」

 機織りの手を止めて髪をひっつめにした女が振り向く。

「外国人で霧島さんと鳴海さん。刑場で助けてくれた」
「刑場ってクリフ、お前また!」

 親子の会話を聴きながら京哉は室内を見回した。ここがリビングらしいが機織機と簡素なソファベッドが置かれていて狭く感じる。明かりは天井にペンダント型のものが下がっていたが今は灯っていなかった。他は塗装の剥げた合板のドアがふたつあるきりだ。

 親子の会話は母親が携帯で呼び出した、泥だらけの服を着た父親までが参加するに至る。日干しレンガ作りから上がってきた男は気難しい表情でこちらを窺っていた。

「うーん、本当に歓迎は期待できないみたいですね」
「不用意に命を懸けさせられるのは誰でも遠慮したいだろう」
「だからってゲリラに出会うまで砂漠を彷徨ったら一日で死ぬ方に百ドル賭けます」
「私は半日で干物に千ドルだ」

 囁き合っている間に家族会議は終わったらしい。クリフは申し訳なさそうな、つまらなそうな、少し複雑な表情で布の覆いを取った二人の顔を見比べて言った。

「日が落ちたら父さんが中立派の村まで送って行くって」

 霧島の通訳を聞いて京哉もクリフに頷いて見せる。

 自宅を元傭兵のアジトにする計画が崩れて残念らしいクリフとは裏腹に、霧島と京哉は一歩前進の安堵を得ていた。両親の態度はあからさまに悪かったが、幾ら外国人と説明されても兵士でもないのに銃を晒している人間への反応としては、ごく普通だろうと思われる。

 そのとき寝室らしいドアが開いて三、四歳の男の子が出てきた。家族ではなく京哉の顔を見るなり駆け寄ってくる。スラックスの足に抱きついて茶色い目で見上げた。

「ほう、男タラシはストライクゾーンも広いのだな」
「日本語なら分からないからって、子供相手に人聞きが悪いですよ」

 京哉に抱き上げられ、きゃっきゃとはしゃいで喜ぶ弟にクリフは表情を緩める。得体の知れないよそ者に警戒していた両親も僅かに和んだ顔をした。

 取り敢えず肌が焦げるような陽光の照りつけから逃れられたらしい。冷たい茶のグラスを手渡され、勧められるままにソファベッドに並んで腰掛ける。クリフの父親はまた外に出て行き、母親は機織りを中断してキッチンに立った。

 十三時頃に昼食が出された。豆と干し肉らしい欠片の沈んだスープが一皿ずつと、丸ごとのオレンジがひとつである。キッチンの椅子が足らず二人はソファベッドで頂いた。

「やはり保存食が多いな。政府による一律の配給というヤツか」
「でも遊んでたら食べさせては貰えないから、街では機織りとか日干しレンガ作りに道路整備だのお店屋さん、その他諸々。砂漠の村民は砂の花掘りって訳ですね」

 喋りながら腰のナイフを抜いて、京哉は食べ終わった皿の上でオレンジを剥き始める。一房ずつ丁寧に分け皿のふちに並べてゆくのを霧島は片端から口に放り込んだ。
 ナイフを布で拭くと鞘に収め、京哉も果実を口にする。よく熟れて甘い。

 重ねた皿をキッチンに返して精一杯の英語で礼を言い、京哉はベランダに出ると吸い殻パックを片手に煙草を吸う。傍に霧島も寄り添い窓外を一緒に眺めた。

 ここは街でも端に位置していて目前に砂漠が広がっていた。砂が大波の如くうねり幾つもの丘を形作っている。遙か向こうの空間が陽炎で揺らめき歪んで見えた。

 京哉が吸い殻パックをしまうと霧島も中に入る。片付け終えて機織りに戻った女の手元を暫し眺めた。糸の色はくすんだ生成りだが質感は自分たちも買った布と同じでこれが染められ製品になるのだろうと想像した。互いに声ひとつ掛けるでもなく霧島は離れる。

 先にソファベッドに戻った京哉は布を飛行機の形に折って子供と遊んでいた。

「随分懐かれたものだな」
「じつはさっき『ママ』って言われちゃって自分が怖いです」
「銃とナイフで武装した男のママか」

「じゃあ忍さんはパパでしょうかね?」
「京哉お前、間違ってもチカラ技で妊娠するんじゃないぞ」
「子供嫌いなんですか?」
「好きも嫌いもないが、私からお前の愛情を奪う奴は誰であろうが許せん」

 言いつつ一緒に霧島も子供の相手をしてみたが、内心面白くないのを本能的に悟られてしまったのか、弟君は霧島を殆ど相手にせず京哉しか目に入らないらしい。

 お蔭で子供の相手にもすぐに飽きてしまいソファベッドに座っていると、霧島は抗いがたい眠気に襲われる。まだ時差ぼけは解消されていないようだ。

 大欠伸をしながら耐えていたが、やがてそのまま眠ってしまった。
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