砂中で咲く石Ⅰ~Barter.11~

志賀雅基

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第33話

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 さらりとした京哉の髪を指で梳きながら霧島は灰色の目で澄んだ黒い瞳を見返す。

「喩え某大国が何を考えていようと、我々は目前に転がっていることをやるのみだ」
「何か掴んだんですね?」

「確証はないが、情報を制限して送り出された私たちこそ企みに嵌められたのだと思う。どう足掻いても遂行不能な特別任務を与えられて私たちはこのプラーグに放り込まれた。おそらくスパコンレヴェルのシミュレーションに則って私たちの動きは予測済みなんだ」

「じゃあ動けば動くほど嵌る……いっそ動かないとか、『該当目標なし』って一ノ瀬本部長にメールしてみる手もありますよ。でもそういうことなら某大国が満足するだけの動きを僕らが見せないと本部長としても僕らを退かせられない訳ですね?」

 霧島は頷いた。回転の速い京哉はもう思考的に同じ位置まで追いついたらしい。

「特別任務もさることながら私たちがこのプラーグでどう生きて過ごすかが問題だ」
「僕ら二人で某大国に喧嘩を売っても勝ち目はないですからねえ。はーっ」
「余程嫌なら税金カードもある、止められる前に二人で逃避行も可能だぞ?」
「心動かされる提案ですが、その前に貴方があれだけで満足しちゃったんですか?」

「ん、ああ、もういいから寝よう。またいじめたくなってしまう前に」
「いいですよ、忍さん。もっといじめて……ほら、こんなのは嫌いですか?」
「おい、京哉、こら……そんなに煽って、どうなっても知らんからな!」

◇◇◇◇

 殆ど寝ずに朝を迎えたが京哉は自力で身を起こせずに朝食を霧島に「あーん」されることになった。己の所業を反省しながらも霧島の機嫌は上々だ。

 昼食時には京哉もようやく立ち歩けるようになり、時差も考えて早々に一ノ瀬本部長にメールをしたが返事はなかった。二度まで試したが携帯は沈黙したままで、これは霧島の予測通りに『任務続行』の意と取らざるを得なかった。

 取り敢えず砂漠に戻る前の小休止感覚で、二人は文明の利器の恩恵にしみじみ浸って上機嫌で二日間を優雅に過ごす。京哉はここの医師に左手指の抜糸もして貰った。

 そうして病院にきてから四日目の朝、ユーリンの意識がはっきりしたとの知らせを受けて霧島と京哉は病室に足を運んだ。するとそこには驚くべき先客がいた。

 街の人間のように小綺麗なギャザースカートを身に着け、しっかりと布を頭に巻いて目だけを出したジョセがユーリンのベッドの傍に立っていたのだ。
 二人を見るなり深々と礼をする。

「このたびは妹が……」

 などと他人行儀な挨拶をしたのは医師らの手前だが、なかなか堂に入った演技だ。治療計画を告げて病院スタッフが去ると個室に残った皆で大きな溜息をつく。
 次には事務の女性が入ってきて皆が演技を再開したが、女性はまたもマクフォール大佐の過剰な気遣いで派遣された人員だった。

 お蔭でユーリン以外の皆がカップを片手に話すことになる。

「外国人っていうだけでこんな待遇、卑怯よね」

 さっさとコーヒーを飲み干したジョセが腕組みして唸った。

「わたしはお蔭で助かったけれど、微妙な気分だわ」

 小さな声で横になったユーリンが吐露する。それは言えるかも知れない、今まで自分同様の傷を負って命を落とした者を多数見てきたのだから。霧島が頷いてやる。

「そうか。だが命あっての物種だからな」
「分かってる。本当にありがとう、感謝してるわ」
「でもジョセ、お見舞いなんて危なすぎますよ」

 じろりと京哉を見たジョセは結構な剣幕で噛みついた。

「鳴海くん、霧島さん。貴方たちが帰ってこないから迎えに来たんじゃないの。うちのグループの一員でしょ、優雅に砂のない生活に浸ってないでよね!」
「だからってせめてメールの一本くらい入れてくれればこっちから砂漠に出たのに」
「用事はそれだけじゃないもの。バザールで買い物よ、荷物持ちよ、貴方たち」

「ジョセはここまでどうやってきたんだ?」
「車よ。街外れの預かり屋に置いてあるわ」
「傍が第四駐屯地、大胆だな」
「まだ収拾もついていないみたいだし、喩え収拾がついたって堂々としてれば分かりゃしないわ。ところでユーリンはここにいても大丈夫なのね?」

「それは平気だと思うけど、退院の時には誰かが迎えに来ないと」
「分かったわ。ユーリン、あと十日くらい一人にするけれど我慢できるわね?」
「ええ、大丈夫よ。看護師さんもみんな親切だし」

 そう言ってこくりと頷いたユーリンに不安げなところはなかった。

 マクフォール院長にユーリンのことを殆ど脅迫の如く念押しし、荷物をまとめた二人はジョセと病院を出た。
 約三日間の文化的生活のツケで、霧島と京哉は外の空気をそれまで以上に暑く感じる。たちまち汗が噴き出して平気そうなジョセを恨めしく思った。

 第四駐屯地へのアタックだけではなくクリフを助けた件でも二人には手配が掛かっている可能性があり、用心して暑さも我慢し三人共に頭から布を被り目だけ出したスタイルである。

 周囲の人間の歩調に合わせて歩き何事もなくバザールに辿り着いた。
 二人は井戸に駆け寄りたいのを我慢してジョセに付き従う。

 バザールでの買い物は、ちょっとしたコツが要りそうだった。

 ジョセは腰に下げた大きめのポーチから砂の花をチラリと見せる。店主が頷けば食料と交換だ。クリフの父親が言っていた闇取引という訳である。

 だが大っぴらにできないだけで、どの店も砂の花での買い物を拒否しなかった。何せ一個二万円以上のお宝なのだ。
 お蔭で豆や乾燥野菜に穀物の粉の大袋、干し肉や箱入りのオレンジなどが手に入った。

 砂の花三個と交換した食料は、三人でも一度では運びきれずに往復することになった。ジョセ監督の許、汗だくになって男二人は肉体労働に従事する。

 四駆のトランクだけでなく助手席に後部座席のどちらも足元までぎゅうぎゅうに詰め込んだ荷物で四駆自体がはちきれそうだ。どうにも乗り心地は期待できそうにない。

 最後にそれぞれが水筒を井戸水で満たすとバザールをあとにする。預かり屋への料金を砂の花を使ったおつりで支払って三人は砂漠へと乗り出した。

 ステアリングを握るのは砂漠に慣れたジョセである。アスファルトの道路ではないので霧島も京哉も勝手が違うここでは遠慮したのだ。

 疲れたら交代するとだけ告げ、ジョセに全てを任せた男二人の座る場所などまともに確保できず、やはり乗り心地は最悪だった。後部座席で足も降ろせず仕方なく窓を背に向かい合って座るしかない。

 相変わらずギラギラと太陽は照りつけ白っぽいベージュの大地は揺らめいていたが身動きもままならない姿勢はともかく、四駆の車内はエアコンが利いて快適だった。

「まだみんなオアシスにいるんですか?」
「移動したわ。悪いけれどキャンプ到着は夜になる予定よ」
「そんなに独りで運転してきたのか?」
「買い出しで慣れてるわ。夜中に独り砂漠の真ん中で星空を見るのもオツなものよ」

 二人は想像してみたが、ものすごい孤独感に苛まれそうだった。

「ジョセは街に慣れてるみたいだけど、街の出身なんですか?」
「そうよ。うちは中立派だったのだけれど反政府側に食料を売ってたのがバレて両親が処刑されたの。即、兄と一緒にゲリラ入りしたわ。兄は一年くらい前に戦死した」

「……すみません」
「何で謝るの、隠してもいない事実だわ」
「強いですね」

「このプラーグの大地ではね、砂に削られない固い信念と誇りを持っていないと生きていけないの。村人や街の住人もそうだし、砂漠を旅する仲間は特にそうよ。ときに村人たちからも疎まれるわたしたち砂漠の浮民だけれど誇りだけは誰にも負けない」

 そう言い切った日に灼けた横顔は気高くも美しかった。
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