砂中で咲く石Ⅰ~Barter.11~

志賀雅基

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第34話

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 それから三時間ほど走る間に二度、霧島と京哉は砂の花を掘った。汗だくの砂まみれにはなったが、車内で凝り固まった躰をほぐすには丁度良かった。三度目に給油所で停まった時、四駆に燃料補給してからジョセが紙包みを取り出した。

「遅くなったわね、お昼にしましょう」

 固く黒っぽいパンにハムとレタス風の野菜が挟まれたサンドウィッチが配られる。バザールで仕入れた物資と一緒に買ったものだ。車内でそれぞれ水筒の水を飲みながら食す。固く咀嚼回数が多いので大量に食べなくても腹は膨れた。

 京哉が食後の煙草を一本吸うと、再びキャンプに向けて出発する。

 数時間経つと日没だった。四駆は血に塗れたかの如く赤く巨大な夕日に向かってひた走る。何度か砂の花を掘りながら夜を迎え、二人は降るような星空と銀青色の月を眺めた。どれも日本ではなかなか拝めない光景で、二人は車中で微笑み合う。

 ようやくジョセが四駆を減速させたのは日付が変わって午前一時過ぎだった。ゆっくりと砂丘を越えると目前に広がっていた事態に霧島と京哉は目を瞠る。
 ふたつだった大きな天幕が十張りほどにまで増殖していたのだ。ヘリも中型・小型合わせて二十機くらい駐まっている。

 行き交う人々も多く、ちょっとした街の様相を呈していた。
 目を丸くしたまま京哉が振り向いてジョセに訊いた。

「ちょ、何これ、ここってデポじゃありませんでしたっけ?」
「ええ、そうよ」
「そうよって、何なんだ、この大集団は?」
「通信で皆、集まったのよ。そもそも霧島さん、貴方が悪いのよ。わたしは『中央撃破』の言い出しっぺを拉致ってこいって言われて貴方たちを迎えに行ったの」

◇◇◇◇

 ジョセにつれて行かれた大天幕にはハミッシュやキャラハンにレズリーといった仲間たちとクーンツの他、見慣れぬ面々も集まっていた。他のグループのリーダーたちだろう。

「やあ、霧島さんに鳴海くん、無事で何よりだ」
「何よりもクソもあるか、これだけ集めて叩かれたら全滅だぞ!」

 食いついた霧島にクーンツは涼しい顔で返す。

「作戦本部長殿と協議の上、中央撃破計画が出来上がり次第、散る予定だ」

 嫌な予感を膨れ上がらせながら霧島がクーンツに訊いた。

「何だ、その作戦本部長というのは?」
「自ら言い出しておいて自覚がないようだな、霧島さん。参謀長も何かないのか?」

 指差された京哉が霧島の通訳を聞き、仰け反って引く。ドン引きだ。

「そんな、欠席している人間に勝手に学級委員を押しつけるようなことを……」
「懸かってるのは貴様ら自身の命だぞ、よそ者の私たちにどうしろと言うんだ?」
「訊けば歴戦の傭兵だそうじゃないか。なあに、こちらで練ったプランに目を通してくれるだけで構わないんだ。もう大筋は出来ている」

 クーンツ他ハミッシュたち総勢二十人ばかりの視線が霧島と京哉に注がれた。これは京哉でなくとも引く。退きたい。
 退きたかったが霧島は仕方なく暖かい砂の上に敷かれた布に腰を下ろした。これだけ集まって爆撃でも受ければ一蓮托生である。 

「ここで私たちが一抜けしたらどうするつもりだ?」
「街まで六百キロ以上、歩けるか?」

 京哉に煙草を貰い霧島はオイルライターで火を点けた。紫煙混じりの溜息をつく。

「……で、何がどうだって?」

 訊く態勢に入った霧島のジャケットの裾を京哉が引っ張った。日本語で囁く。

「ちょっと忍さん。動けば動くほど嵌る。これも嵌った結果じゃないんですか?」
「そんなことは分からん、逆張りなのか某大国の望んだ通りに嵌るのかはな。だからって放置もできん。放っておいてもこいつらはやる気だぞ?」
「それはそうですが、もし嵌った場合、貴方は後悔してもしきれないんじゃ……」

「何もしなかったことを後悔するより、やるだけやって後悔する方を私は選ぶ。某大国に喧嘩を売っても勝ち目はないとお前は言った。確かにそうだ。だが、だからこそ私は蜂の一刺しを、蟻の一穴を狙いたい。それさえシミュレーション範囲内でもな」

「忍さんがそこまで言うなら仕方ないですね」
「我が儘を通してすまん。ただ、やはり私の心が傷つくのを怖れないで欲しい」

 しっかりと京哉が頷いて二人が皆の方に向き直ると、クーンツが口火を切った。

「街の外周にある第二・第三・第四駐屯地にはそれぞれ小型ヘリ二機、RPGと無反動砲他、十名の銃撃部隊を配置し一撃離脱する。これが陽動だ」

 地面に直接広げられた生成りの布には大雑把な地図が描かれていた。その地図に細い炭でキャラハンとレズリーがクーンツの言う通りに書き込んでゆく。

「中央撃破隊は?」
「これには重機関銃を積んだ小型ヘリを三機――」

 と、代わってハミッシュが説明し出した。

「要領は他と同じだが、後方爆風のないグレネードも機内から銃手に撃たせる」
「地上部隊も他と構成は同じだが、こっちは駐屯地全体の制圧を目的としているからな。銃撃隊の人数を三倍に厚くしてみたが……どうだ?」

 訊かれた霧島はキャリアで一応は部下の指揮法も警察大学校で履修していた。だがこんな大掛かりな作戦立案のセオリーなど知らない。
 あらゆる情報を収集した上で計算し尽くし、イレギュラー要素が加わるたびに脳内シミュレーションを繰り返して物事を思い通りに運ぶ、ある程度の長期戦なら突出した恐るべき能力を発揮する。

 しかしここには情報を収集する手段もなければ行うのは超短期決戦だ。パソコン一台もなく、関係する人々の思考パターンも読めず、武器の性能ひとつ知らない状態で期待されても困る。

 そこで自然と灰色の目はスナイパーとして様々なシチュエーションで敵を倒してきた上に、幸い武器の扱いにも詳しいヲタの京哉に向いた。
 見られて京哉はメタルフレームの伊達眼鏡を押し上げながら考えつつ口を開く。

「中央の第一駐屯地の金属塀を手っ取り早く破るのに、無反動砲はこっちに集中した方がいいですね。それも一ヶ所ではだめです。複数同時に開けて各所から一斉突入し、大統領と軍司令官の身柄を押さえる隊を一隊でも確実に突破させないと」
「ふむ、なるほど」

「それと金属塀を破る間は突入部隊が背後を突かれないよう迫撃砲を使って第一駐屯地内部を攪乱させましょう。発射地点は街の大通りです。あそこならあの手の砲の最小射程である約八十メートルも取れますから。但しヘリを撃たないよう充分連携すること。あと各駐屯地の兵を釘付けにするなら一撃離脱ではなく波状攻撃がいいです」

「中央は例えば三ヶ所開けるとして、それぞれ十人では少なくないか?」

 皆に京哉の言葉を訳しながら訊いた霧島に京哉は頷いて見せた。

「突入の基本は最低一組四名で行動です。一人目がドアを開け、まず二人目と三人目が突入。次がドア係だった一人目の突入、最後が常に後方警戒する四人目の突入。それが特殊部隊などのセオリーです。この数字を基準に部隊編成してはどうです?」

「ならば機動性も考えて銃撃隊は一班十二名が妥当か。それにRPGと無反動砲がつけば結構な火力になる。あとは大統領たちが外部に脱出しないよう見張りも要るな」
「そうですね。突破口に立哨二名以上を配置が望ましい」

「我々の総員から出せる人数と予備人員を考えても妥当な線だ。それを最終決定案として皆、構わないな? ……では、陽動にヘリパイロット含め四十五名、中央ヘリ九名にアタック四十八名、迫撃砲三名に立哨六名。総勢百名超えの大攻勢だな」

 目を輝かせてクーンツが笑んだ。他の面々も不敵に笑っている。悲願の達成、それもこの国の在りようを変え得る大作戦だ。皆が血を沸かせるのも当然だろう。

「それぞれの配置人員の決定はあんたらに任せる。さっさと得物ごと割り振って散るんだな、このテント村ごと爆撃で消し飛ばされないうちに」

 明日以降、次の夜の砂嵐で作戦部隊は街の近くに移動し、その次の夜の砂嵐がゴーサインというのだけ聞いて、霧島と京哉は煙草を吸い殻パックに突っ込み天幕の外に出た。
 寒さで自然と焚き火に歩み寄る。すると大鍋の見張り番をしていた男が夕食の数種の豆のシチューを器に注ぎ、クラッカーを三枚シチューに差して渡してくれた。

 立ったまま二人は火に当たりつつ食し始める。口に運びつつ京哉が星空に喚いた。

「あああ、もう、どうしてこうなっちゃったのかなあ?」
「自分で選んだことながら私も訊きたい。戦争をしに来た訳ではない筈なんだがな」
「忍さんの不用意な一言で……って、今更ですよね」
「それよりどうなんだ、あの計画は?」

「中央内部の配置もロクに分からないのにザルもいいとこですよ。でもここで僕たちが退いたって皆はやらかしちゃうって貴方が言ったんですよ。それなら不安にさせない方が得策だと思って、知ったかぶりしてアドヴァイスしただけなんですから」

 ゆっくりとスプーンを口に運ぶ京哉は憂鬱そうだ。特別任務はガセでじつは某大国のシミュレーションに基づく企みであり、自分たちはその企みを達成するために投入された駒だという予想に至ったのである。

 それなのに動いてしまい、動いた挙げ句に元々の任務における標的に値する人物像がまるきり自分たちになってしまった。
 これで嵌められたという感覚を深めなければおかしい状況である。
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