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第43話
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数十分も待って本部長から返答がくる。けれど文面を見て霧島は溜息をついた。
「だめだ、弾かれた。【申し訳ないが、連絡手段は与えられていない】とのことだ」
「僕たち警察サイドは単なる手足、いわゆる『知る必要のないこと』ですか」
「そういうことなのだろう」
「じゃああとはダニロ=ブレッヒたちに訊くしかありませんね」
「もうアメディオたちがやっている。だが某大国の絡む密約だ、素直に吐くとは思えん。大統領の座から引きずり下ろされた上に某大国に暗殺されたくないだろうしな」
確かに某大国の機密である。容易に口を割らないのは京哉にも分かった。霧島は今にも大統領たちを銃で脅しに行きそうな京哉を目で宥める。おそらく京哉にやらせれば大統領たちは吐くだろう。しかし無表情で拷問する京哉の姿など見たくない。
「それで本部長から他には何もなかったんですか?」
「いや。あったが、これだ」
携帯の画面を霧島が見せる。そこには【帰還せよ】の文字が浮かび上がっていた。
「このままで帰れる訳、ないじゃないですか!」
「それも分かっている。私だってあいつらを見殺しになどできるものか!」
逆に霧島に大声を出されて京哉は急に頭が冷めた。溜息をついて霧島を見上げる。
「いつまでもここにはいられませんよ?」
「ああ。ただ、気持ちの整理がつくまでは見届けさせてくれないか?」
頷いた京哉と共に作戦司令室に戻る。そこでは硬い顔つきをした面々がユベル政府代表からの返答を待っていた。皆が目を上げたが、もう誰も二人には何も訊いてこなかった。じりじりとして待ちながら、十三時過ぎに供された昼食を機械的に摂る。
夕方近くになり、それは唐突に始まった。
《新プラーグ政府代表を騙る反政府武装勢力へ――》
作戦司令室の通信機器は元より、その平坦な男の声は外からも響き渡った。窓ガラスまでが共振している。街なかのスピーカーからも同じく放送されているのだ。
「放送局から……忍さん、電波ジャックですよ!」
「隣国の政府にしては手口がエグいようだな」
囁き合った二人は相手がどんな姿勢で対応するかを既に予測し、身を固くする。
《新プラーグ政府代表を騙る反政府武装勢力の諸君に告ぐ。これより二十四時間以内に武装解除したのち、国連が設置する暫定政府に帰順せよ。武装解除に応じずゲリラ活動を続けた場合、ユベル政府は今後の砂の花の輸入を永久的に停止した上で国連平和維持軍を投入し鎮圧する。……以上、国連安全保障理事会》
最悪の結果に霧島と京哉は思わず顔を見合わせていた。これはユベル政府ではなく国連安保理事会の返答であり、某大国からの返答でもあるといえた。それも通常なら当たり前に寄越す特使すら必要ない相手だと侮られている。
つまり反政府ゲリラなるチョロい集団をわざと勝たせた某大国は、取引し続けてきたダニロ=ブレッヒ大統領政権との蜜月は潮時と考えたのだ。長い間にできたしがらみ故か、思惑通りに動かなくなった大統領を排した上で国連安保理に働きかけ、『反政府ゲリラ討伐』という大義名分を掲げられる平和維持軍を送り込むことにしたのである。
もしかしたら公式査察団を抑え込めなくなった理由は、某大国が独り占めする筈だった『利息付きで返して貰う何か』の魅力が国連加盟の各国にも知れ渡ったか、それとも時代の流れで重要性が急浮上したのかも知れない。
ともかく他国からの突き上げを食らう中、これまで唾をつけて莫大なカネも出してきた某大国は、どうしたら自国が一番利益を得られるかを考えた。プラーグ侵略の汚名は着たくない。ならば他国にも少々のおこぼれくらいは甘んじて与えよう。
代わりに国連平和維持軍・PKFを出して平定したのち『先住権』を主張すればいい。そう方針転換したのだ。
そこまでの計画で最重要ファクタが散在する反政府ゲリラをまとめ上げ、国際社会の敵として国家転覆を目論む集団に仕立て上げることだった。
もう霧島は自分たち二人がプラーグに放り込まれたのは、皆をまとめて上げて反政府ゲリラたる者たちを見出し、これを一度に叩くためだったのだと理解している。
だが利用された事実に対する自分の感情を今は問題にしている場合ではない。プラーグは今や某大国との密約という楯を失くした。そして反政府ゲリラが実権を握ったも同然のプラーグは、国連、牽いては国際社会を敵に回したのと同義なのである。
それを解っているのか、誰もが黙ったまま何も言わなかった。
腕組みをして壁に凭れたハミッシュ、椅子に腰掛けて僅か下を向いたキャラハン、通信機器に両手をついたクーンツ、立ち尽くすレズリー、絨毯に座って片膝を抱えたアメディオ、デスクに寄りかかり瞑目しているバイヨル。
数分のうちに駆けつけたジョセたち仲間数十名で作戦司令室の入り口は塞がる。しかし沈黙は変わらなかった。全て訳して聞かせた京哉も言葉を失くしていた。
敢えて静謐を破ったのは霧島だった。可能な限り静かな低い声で諭してみる。
「国連安保理事会の通告に従った方がいい」
室内の男たちが一様に目を上げた。傾いだ太陽の光が窓から差し込み、浮かび上がった長身のシルエットに皆の視線が注がれる。京哉に訳しながら霧島は続けた。
「ダニロ=ブレッヒを大統領の座から引きずり下ろし、少なくとも拷問や処刑の恐怖政治は終焉を迎えた。いつかは武器を置く時が来る。それが今で何が悪い――」
「俺たちは迷っている訳じゃないんだ、霧島さん」
遮ったのはクーンツ、通信機器に凭れたその表情は逆光でよく見えなかった。
そのまま黙ったクーンツのあとを引き取ってハミッシュが口を開く。
「ユベルの背後にいる某大国はプラーグにおいてこれまでの政権と癒着し、大統領たちの行状を黙認し続けてきたんだ。喩え頂く長が国連にすげ替わろうと、そんな某大国の発言で打ち立てられる傀儡政権に何が見い出せるというんだ?」
ハミッシュの口調は穏やかで逆に教え諭すようだった。アメディオが肩を竦める。
「そんな新政府に膝を折った日にゃあ、俺はあの世で相棒に合わせる顔がねぇよ」
「それでは、あんたらは更に戦うつもりなのか?」
「ああ、そうさ。俺たちは戦う。この誇りと矜恃は誰にも、国連にも折られねぇ」
昂然と顔を上げたキャラハンがそう言い、頬に不敵な笑みを浮かばせた。
「だめだ、弾かれた。【申し訳ないが、連絡手段は与えられていない】とのことだ」
「僕たち警察サイドは単なる手足、いわゆる『知る必要のないこと』ですか」
「そういうことなのだろう」
「じゃああとはダニロ=ブレッヒたちに訊くしかありませんね」
「もうアメディオたちがやっている。だが某大国の絡む密約だ、素直に吐くとは思えん。大統領の座から引きずり下ろされた上に某大国に暗殺されたくないだろうしな」
確かに某大国の機密である。容易に口を割らないのは京哉にも分かった。霧島は今にも大統領たちを銃で脅しに行きそうな京哉を目で宥める。おそらく京哉にやらせれば大統領たちは吐くだろう。しかし無表情で拷問する京哉の姿など見たくない。
「それで本部長から他には何もなかったんですか?」
「いや。あったが、これだ」
携帯の画面を霧島が見せる。そこには【帰還せよ】の文字が浮かび上がっていた。
「このままで帰れる訳、ないじゃないですか!」
「それも分かっている。私だってあいつらを見殺しになどできるものか!」
逆に霧島に大声を出されて京哉は急に頭が冷めた。溜息をついて霧島を見上げる。
「いつまでもここにはいられませんよ?」
「ああ。ただ、気持ちの整理がつくまでは見届けさせてくれないか?」
頷いた京哉と共に作戦司令室に戻る。そこでは硬い顔つきをした面々がユベル政府代表からの返答を待っていた。皆が目を上げたが、もう誰も二人には何も訊いてこなかった。じりじりとして待ちながら、十三時過ぎに供された昼食を機械的に摂る。
夕方近くになり、それは唐突に始まった。
《新プラーグ政府代表を騙る反政府武装勢力へ――》
作戦司令室の通信機器は元より、その平坦な男の声は外からも響き渡った。窓ガラスまでが共振している。街なかのスピーカーからも同じく放送されているのだ。
「放送局から……忍さん、電波ジャックですよ!」
「隣国の政府にしては手口がエグいようだな」
囁き合った二人は相手がどんな姿勢で対応するかを既に予測し、身を固くする。
《新プラーグ政府代表を騙る反政府武装勢力の諸君に告ぐ。これより二十四時間以内に武装解除したのち、国連が設置する暫定政府に帰順せよ。武装解除に応じずゲリラ活動を続けた場合、ユベル政府は今後の砂の花の輸入を永久的に停止した上で国連平和維持軍を投入し鎮圧する。……以上、国連安全保障理事会》
最悪の結果に霧島と京哉は思わず顔を見合わせていた。これはユベル政府ではなく国連安保理事会の返答であり、某大国からの返答でもあるといえた。それも通常なら当たり前に寄越す特使すら必要ない相手だと侮られている。
つまり反政府ゲリラなるチョロい集団をわざと勝たせた某大国は、取引し続けてきたダニロ=ブレッヒ大統領政権との蜜月は潮時と考えたのだ。長い間にできたしがらみ故か、思惑通りに動かなくなった大統領を排した上で国連安保理に働きかけ、『反政府ゲリラ討伐』という大義名分を掲げられる平和維持軍を送り込むことにしたのである。
もしかしたら公式査察団を抑え込めなくなった理由は、某大国が独り占めする筈だった『利息付きで返して貰う何か』の魅力が国連加盟の各国にも知れ渡ったか、それとも時代の流れで重要性が急浮上したのかも知れない。
ともかく他国からの突き上げを食らう中、これまで唾をつけて莫大なカネも出してきた某大国は、どうしたら自国が一番利益を得られるかを考えた。プラーグ侵略の汚名は着たくない。ならば他国にも少々のおこぼれくらいは甘んじて与えよう。
代わりに国連平和維持軍・PKFを出して平定したのち『先住権』を主張すればいい。そう方針転換したのだ。
そこまでの計画で最重要ファクタが散在する反政府ゲリラをまとめ上げ、国際社会の敵として国家転覆を目論む集団に仕立て上げることだった。
もう霧島は自分たち二人がプラーグに放り込まれたのは、皆をまとめて上げて反政府ゲリラたる者たちを見出し、これを一度に叩くためだったのだと理解している。
だが利用された事実に対する自分の感情を今は問題にしている場合ではない。プラーグは今や某大国との密約という楯を失くした。そして反政府ゲリラが実権を握ったも同然のプラーグは、国連、牽いては国際社会を敵に回したのと同義なのである。
それを解っているのか、誰もが黙ったまま何も言わなかった。
腕組みをして壁に凭れたハミッシュ、椅子に腰掛けて僅か下を向いたキャラハン、通信機器に両手をついたクーンツ、立ち尽くすレズリー、絨毯に座って片膝を抱えたアメディオ、デスクに寄りかかり瞑目しているバイヨル。
数分のうちに駆けつけたジョセたち仲間数十名で作戦司令室の入り口は塞がる。しかし沈黙は変わらなかった。全て訳して聞かせた京哉も言葉を失くしていた。
敢えて静謐を破ったのは霧島だった。可能な限り静かな低い声で諭してみる。
「国連安保理事会の通告に従った方がいい」
室内の男たちが一様に目を上げた。傾いだ太陽の光が窓から差し込み、浮かび上がった長身のシルエットに皆の視線が注がれる。京哉に訳しながら霧島は続けた。
「ダニロ=ブレッヒを大統領の座から引きずり下ろし、少なくとも拷問や処刑の恐怖政治は終焉を迎えた。いつかは武器を置く時が来る。それが今で何が悪い――」
「俺たちは迷っている訳じゃないんだ、霧島さん」
遮ったのはクーンツ、通信機器に凭れたその表情は逆光でよく見えなかった。
そのまま黙ったクーンツのあとを引き取ってハミッシュが口を開く。
「ユベルの背後にいる某大国はプラーグにおいてこれまでの政権と癒着し、大統領たちの行状を黙認し続けてきたんだ。喩え頂く長が国連にすげ替わろうと、そんな某大国の発言で打ち立てられる傀儡政権に何が見い出せるというんだ?」
ハミッシュの口調は穏やかで逆に教え諭すようだった。アメディオが肩を竦める。
「そんな新政府に膝を折った日にゃあ、俺はあの世で相棒に合わせる顔がねぇよ」
「それでは、あんたらは更に戦うつもりなのか?」
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