砂中で咲く石Ⅰ~Barter.11~

志賀雅基

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第42話

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 時間通り五時に起きて作戦司令室に行ってみると、驚いたことにアタック隊以外の人間がうようよしていた。革命成功の通信を聞いていてもたってもいられなくなった各グループの残留人員が押し寄せてきたらしい。

 何処で煮炊きしたのか温かい粥まで差し入れられたのは有難かったが、レズリーらは寝るどころではなくなったようだ。哨戒当番を終えたハミッシュやキャラハンの姿もある。

「ご苦労さん、あんたらに怪我がなくて何よりだ」
「やっぱり靴を食わずに済んだぜ」

 粥の器を手にしてパイロット組も笑顔だ。熱い粥を吹くキャラハンに霧島が訊く。

「それで今後の予定は決まったのか?」
「ああ、午前十時にここの機材を使ってユベル政府に通信するって決まった。その時間まで待てば各グループの仲間も集まれるだろうって寸法だ」

 誰もが悲願の叶う世紀の瞬間には居合わせたいらしい。

「ところで大統領たちはどうしたんですか?」
「引っ括った護衛もまとめて一部屋にぶち込んだ。皆を休ませてやりたくてな」
「どっちにしてもこの騒ぎじゃ、休むどころじゃなさそうですけど」

 京哉の控えめな呟き通り周囲はまるでフライパンのポップコーンの如き状況だ。どうやら緊張が解けたあとの躁状態のようである。
 だが革命を成した反政府ゲリラの戦勝ムードに水を差す要因は何もなく、霧島と京哉も余計なことは言わず粥を啜った。

 まもなく夜は明けた。
 心配していた残兵の反撃が起こる様子もなく各駐屯地を監視している班からも『異状なし』の報告が続く。ハミッシュたちは負傷者を病院へ送ることを許可し、駐屯地側はその輸送と死者への対応に追われているようだった。

 霧島と京哉は朝食のスープを貰ったあと、再び熱いコーヒーのカップを手に作戦司令室の隅で静かに事態の推移を見守った。
 そのうち第二駐屯地の陽動隊員だったアメディオやジョセ、砲声を聞きつけたか入院中である筈のユーリンまでが姿を現して一層喧噪は激しくなる。

 衆目構わずハミッシュに抱きつくジョセを見て京哉はボソリと感想を洩らした。

「こんなに強そうなカップルは見たことがないですね」

 いよいよ十時が近づくと作戦司令室に入りきれない人員が溢れたが喧噪は止んだ。

 緊張の面持ちで皆、クーンツやハミッシュ、キャラハンやレズリーたち主要メンバーをを取り囲んでいる。ジョセも口を引き結び、バイヨルやアメディオたちが引っ立ててきたダニロ=ブレッヒ大統領とセドリック=フランセ軍司令官を硬い顔で睨みつけた。

 十年以上プラーグ政府の長として君臨したダニロ=ブレッヒと。その親衛隊長を自認したセドリック=フランセは共に大柄な躰を縮め、憔悴の色が濃い顔を俯けて恥辱に耐えるように唇を震わせている。首脳陣と言ってもこの、たった二人が牛耳ってきたのだ。

 一緒に連れてきた大統領補佐官に通信機器のレクチャをさせ全ての準備が整った。

 互いに譲り合った結果クーンツがマイクを取る。隣国ユベルの政府代表回線にダイレクトで通じるスイッチをハミッシュが入れた。五秒ほどで女性の声が流れ出す。

《お待たせしました、こちらはユベル政府代表回線です。そちらはプラーグ政府代表回線ですね? 通信感度及び明度をお知らせ下さい、どうぞ》

「感明良し、録音を頼む」
《自動録音なされております》

「ではユベル政府代表のレナード=ブラント大統領に向けての要求を伝える。こちらは新プラーグ政府代表である。我々はプラーグにおいて採取される砂の花の販路を貴国以外に拡大する用意がある。もしそれを望まないならば砂の花の買い取り価格引き上げに応じられたし。速やかな返答を求める。以上だ」

 有無を言わさずスイッチを切った途端、わっと大歓声が湧いた。手を叩いて、抱き合って、足を踏み鳴らして皆が喜び合う。ここに至るまで払った犠牲や死んでいった仲間たちを思い浮かべたのだろうか、床に膝をついて泣き伏す者もあった。

 とうとうやったのだ、悲願は達成されたのだと、皆はここで初めて輝く未来を想像する力を自ら生み出したのだ。

 その中で異様な嗤い声を聞きつけたのはハミッシュだった。
 ダニロ=ブレッヒが座ったまま狂ったように嗤っていた。

 ハミッシュはダニロ=ブレッヒを睨みつける。

「何が可笑しい?」

 詰め寄ったハミッシュをダニロ=ブレッヒが見上げた。こみ上げる笑いを抑えきれないようで全身を痙攣させている。その頃には周囲の者も異様な雰囲気に気付いた。
 一度緩んだ空気は再び張り詰め、皆がハミッシュとダニロ=ブレッヒを注視していた。緊張感が伝播して静けさが戻った作戦司令室に前大統領の嘲るような声が響く。

「砂の花をよそに売りつけるだと? あんなものをユベル以外どの国が買うというのだ、笑わせる。本気であんなものの値上げになぞユベル政府が応じると思っているのか、この愚民どもめが!」

「いったい何のことだ?」
「愚民は知るまい、ユベルは窓口に過ぎん。某大国の傀儡政権であるユベルをトンネルにして某大国が砂の花を買い付けて下さり、様々な生活物資の輸入財源を我が国に貸し付けて下さっているのだ」

「なら我々はその某大国と交渉をするだけだ」
「まだ気付かないとは、いよいよ愚かなことだ」

 言葉を切ったダニロ=ブレッヒは皆をぐるりと見回した。霧島は指に触れた京哉の手を握ってやる。皆に知らせる勇気もなかった予測が現実になろうとしていた。

「本当にあんな石くれに価値があるとでも思っているのか?」

 まだ嗤う男の顎をハミッシュは思わず蹴り上げる。弾かれたようにキャラハンが動きセドリック=フランセの胸ぐらを掴んで立たせると、振り回すように揺さぶった。

「どういうことだっ!?」

 こちらは薄笑いを張り付かせ、皆を見回したのちに口を開く。

「大統領の仰る通りだ。砂の花に利用価値は何もない。あれはただの石くれ、某大国がこの何も生めないプラーグに援助、いや、貸し付けを行うための口実にすぎない」
「あんな石くれ、某大国は捨てる場所にも苦労しているだろうよ!」

 唇から血を垂らすダニロ=ブレッヒは、なお嗤って怨嗟の如き科白を吐き出した。

「まさか……嘘だろう?」

 セドリック=フランセを壁に叩きつけるように突き放したキャラハンは、視線を彷徨わせた挙げ句に国外からやってきた二人を見つめ、助けを求めるように叫ぶ。

「砂の花が無価値……嘘だと言ってくれ。こいつらの詭弁だよな!?」

 縋るように目を向けられた霧島と京哉は返す言葉を持たなかった。
 ここにきて何気なく京哉が口にした『他国では必要とされない砂の花』というフレーズから霧島の導き出した予測はそのまま虜囚の放った怨嗟の科白となり、事実であると頷かざるを得なくなっていた。

 この情報化時代に霧島ですら砂の花の存在を知らなかったのである。原価で一個二百ドルもの価値があるなら他国も群がっている筈だ。

 某大国はその存在を極秘にして利用したかったのではない。他国が必要としないそれを買い取りという形で取り繕って、何も生めないこの国を密かに援助する手立てにしていたのである。

 その方がどんな説明よりも遥かに納得できた。

 だがギヴ&テイクの某大国がボランティア精神でプラーグと砂の花を代金とした取引をし、国連の公式査察団の突っぱねに対して各国を二年間も宥めすかす等の援護射撃を続けてきたとは思えない。

 それら一連の流れはやはりプラーグへの『貸し付け』であり、いつか利息付きで返して貰う目算が立った、政治上の密約あって成立したことなのである。

 そう、何もかも某大国が打った芝居だったのだ……。

 無言の霧島たちを呆然と眺めていたキャラハンが首を振った。

「……嘘だ」

 誰もが半信半疑、しかしこのままダニロ=ブレッヒとセドリック=フランセを置いておくのも危険と判断したクーンツは、アメディオたちに元の監禁部屋へとつれて行かせる。一同の内圧は高まり、暴徒化してもおかしくはなかった。

 ふいにジョセが手を叩いた。乾いた二回の音に皆が注目する。

「みんな、やれることはやったわ。何も変わらない、やれることをやりましょう」

 殊更明るいジョセの声は空々しく響いたが、それで皆は呪縛が解けたように喋り、動き始めた。立哨の交代、次の食事の準備、怪我人の介助などに人々は奔走する。

 喧噪の戻った中、霧島と京哉は密やかに囁き合った。

「答えはまだ半分だ。一ノ瀬本部長を通してあの日本政府の高官を締め上げるぞ」
「分かりました。忍さん、行きましょう」

 廊下に出ると霧島は日本政府高官との連絡手段を求めるメールを一ノ瀬本部長宛てに打った。砂の花について誤魔化したあの高官なら、某大国とプラーグの政治取引の内容も知っている筈だった。某大国はプラーグから利息付きで何を返して貰うのか。

 プラーグの地下に原油でも埋まっているのか、金鉱か、シェールガスか。具体的にそれが分からなければ反政府ゲリラの皆がこのあと取り得る手段も模索できない。
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