砂中で咲く石Ⅰ~Barter.11~

志賀雅基

文字の大きさ
31 / 49

第31話

しおりを挟む
 咄嗟に京哉が捻り出した、

『プラーグ政府高官に汚職の疑惑があり、この国自体から依頼され内偵をしている国連査察団先遣隊員の二人』
『まずは現地の風土を知るために協力を仰いだプラーグ国民である一女性』

 というハッタリを真に受けたマクフォール大佐から嘘も事実も洩れる心配は殆どない。おそらく自分たちバディの最強の武器は口だと霧島は思う。

 ともあれ二人は借りた個室で暫し文化的生活を営むことになった。

「ここが軍の管轄で却って助かりましたよね、対応も速かったし」
「確かにな。お前の捜二案件レヴェルの二枚舌にも驚いたが」
「それでこの部屋も借りられたんですから、文句を言わないで下さい」

 二人が借りた個室は特別室だった。そこまでされなくてもと思ったが、エアコンとバスにトイレと洗濯乾燥機に電気ポット付きの部屋を他人に譲る気がなくなったのだ。

 肝心のユーリンは食らった弾丸も摘出されて今はICUで眠っている。もう命に別状はなく全治二週間という診断も下っていた。三日間は薬で意識レヴェルを落とす予定ということで、ユーリンの意識がはっきりするまでは二人も留まるつもりだった。

 早速京哉はポットで湯を沸かし、院長から直々の差し入れであるインスタントコーヒーを二人分淹れる。エアコンの利いた部屋で熱いコーヒーの香りは格別だった。

「それにしても忍さんってば、いきなり何もかも吹っ切り過ぎですよ。共同戦線を提案したり中央撃破をそそのかしたり、まるで貴方が陰のリーダーじゃないですか」
「ふん。ならば私の頭に風穴を開けて任務完了にするか?」

「そうもいかないから困ってるんです。ターゲットも見つからないままどんどん事態が予想外に転がっちゃって、この先、何がどうなるのかさっぱり分からないし」
「主だったグループが集まれば、統制をとる奴も見えてくるかと思ったのだがな」

 ソファに腰を下ろした霧島に京哉はカップを手渡すと、煙草を咥えて火を点ける。

「本当にそれだけですか? 本気に聞こえましたよ、大統領と軍司令のガラ取り」
「それこそ交渉役としての代表者が現れるかも知れんぞ」
「だから任務はプラーグ政府の転覆じゃないんですけど」

「結果として腐った中央が倒れることもアリではないのか? いや、そんな目で見るな。別に企んでも具体的な何かを仕掛けてもいない。言ってみただけだ」
「是非ともそうあって欲しいものです、バディとしては」

 向かいのソファに腰掛けて京哉は煙草とコーヒーを交互に口に運びながら呟いた。

「でも本当に今回の特別任務って不思議ですよね。不確定要素が多すぎますよ」
「任務自体は単純なんだがな」
「はっきりしてるのは某大国はジョセたちを排除したいってことだけなんですよね」
「一ノ瀬本部長の口から出たそのままだからな」

「某大国がどうしてこんな任務を依頼してきたのか、初めは理由も予想してました。恐怖政治の種である処刑を失くすために反政府ゲリラごと消そうとしているって」

「お前と同様に私も今はその理由を捨てている。実際この国を内側から見て某大国の意図がまるで分からなくなった。彼らも砂の花採掘の一端を担っている頭数だぞ?」
「ですよね。じゃあ別の理由って言われても何にも思いつかないし。忍さんは?」

「過去にも現在にも理由を思いつかん。ならば未来だろう。反政府ゲリラの存在が今まで以上に邪魔になる何かをこれから某大国はしようとしている。どうだ?」
「どうだって訊かれても、例えばどんな?」

「未来のことまで知らん。とにかく貧しい民衆の味方がいたら拙いことだ」
「そんな小学生みたいな物言いして、まだ本気出してないでしょう」
「情報不足で逆さに振っても何も出てこん。脳のリソースを食うだけ無駄だ」

 軽く言い捨てた霧島は京哉がロウテーブルに置いていた煙草のパッケージから一本盗んで咥えると、身を乗り出し京哉の煙草から貰い火をして盛大に紫煙を吐く。

「まあ、取り敢えずはジョセたちにユーリンの容体の報告だな」
「普通にメールで送って大丈夫でしょうか?」
「それくらい洩れても大した影響はない」

 応えつつ霧島は某大国とプラーグ政府が一枚岩でないことについて考えていた。
 真の思惑はともかく某大国は反政府武装勢力を根こそぎなくしてしまいたいのだ。

 一方でダニロ=ブレッヒ大統領率いるプラーグ政府の目論見は、反政府武装勢力の存在まで利用し政権維持し続けて、砂の花売益の一部を掠め取り私腹を肥やすことである。非常に汚いが後者の理屈は分からないでもなかった。

 だが幾ら暢気でもプラーグ政府首脳陣が自国と某大国の目論見の食い違いに気付いていないという状況があり得るのか……いや、極貧の小国が某大国に捻り潰されず国体を成している。やはり致命的失敗など犯していない可能性の方が高い。

 その場合は『某大国の思惑に反すると分かっていて、プラーグ政府首脳陣は私腹を肥やすシステムを維持している』のだ。裏を返せば『某大国は思惑に反し目標達成の邪魔をしているプラーグの我が儘を許している』ことになる。

 これで本当に疑問と思えるものを霧島はひとつ抱え込んだ。

 細かな疑問点は挙げたらキリがない。プラーグが思惑も違う某大国だけに砂の花を独占させているのも不思議だ。他国にだって砂の花を売りつけた方が価格競争にも繋がるというのに隣国ユベルをトンネルにして某大国のみに供給し続けている。

 他にも思惑の相違から現場レヴェルでは邪魔し合っていると言っても過言ではない状況なのに、それを許すほど某大国がプラーグに対して甘いのはどうしてなのか。

 何れの疑問にも砂の花というキィワードを使えば説明はつく。

 貴重な砂の花の売り手と買い手の緊密な関係が非常に良好に保たれてきた結果、某大国によるプラーグへの直接介入という最悪の事態も避けてこられたのだ。

 結局残ったのが、では砂の花とはいったい何なのかという疑問である。
 馬鹿にしたような話だが霧島は本気でそれを考え始めていた。

 希少だが放射性物質でもない鉱物に対する、日本を含む国際社会の腫れ物に触るような扱いは妙すぎる。おまけに砂の花で結びついた某大国とプラーグの関係性も特異に思われた。

 そこで思い出したのが村の小屋で京哉とした話だ。街の人間なら一個二万もする貴重品だが、村人はそうではない。これがプラーグ国内限定ではなく砂の花が巡る国によってもまるで価値が違うとしたら――。

「忍さん! 灰が落ちますよ」
「ん、ああ、すまん」
「ジョセにメールしておきましたから。先にシャワー浴びてきていいですか?」
「ゆっくり磨いてこい」

 ベルトからスペアマガジン入りのパウチ二本や水筒とナイフを外しショルダーホルスタも解くと、ベッドから患者用のガウンを手に取って京哉はバスルームに消えた。

 暫くして出てきた京哉は相当すっきりしたらしくご満悦だった。それならと霧島も装備を外してバスルームに向かう。ウォッシャブルのスーツまで全て洗濯乾燥機に押し込んでスイッチを入れた。あとは砂でじゃりじゃりの自分を丸洗いだ。

 シャンプーで丁寧に髪を洗い熱い湯で流す。ボディソープも盛大に使って躰を洗った。綺麗にヒゲも剃る。上がって清潔なバスタオルで水滴を拭うと、なるほど気分も晴れるというものだ。

 黒髪もバサバサと拭いて京哉と同じく患者用のガウンを身に着ける。部屋に戻ってみるとソファの前のロウテーブルにビスケットのパッケージが置いてあった。

「夜食の差し入れまで貰っちゃいました」
「なるべく早く出て行かないと、院長の胃袋に穴が開くかも知れんな」
「これは院長筋じゃないみたい、ICUのユーリンについてた看護師さんでした」

「そうか。京哉お前、男タラシの次は女タラシか」
「酷い! 僕は見境なくタラしてるんじゃない、任務で仕方なくですからね!」
「冗談だ。私を、私だけをタラしていてくれ」

 ソファの肘掛けに座った霧島は隙を突いて京哉に口づけたが、拗ねた京哉の舌は逃げて捉えられない。今は唇を諦めると京哉の前髪を掻き上げて白い額にソフトキス、背と膝裏に腕を入れて抱き上げた。
 霧島は京哉をベッドに横たえ、そのまま自分も上がる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...