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第12話
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夕食を済ませ、リフレッシャも浴びてしまってから、タマのエサが残り少ないことに気付いた。朝はカリカリ、夜は猫缶と決めていて、ドライフードの方が心許なかったのだ。
「二十一時四十分……仕方ないなあ、買い出しに行きますか」
諦め肝心でハイファは一時帰宅し、着替えて執銃するとシドの部屋に戻った。すると着替え終わったシドの肩にタマが鎮座している。
「つれてくの?」
「降りねぇんだ、こいつ。たまには表に出たいんじゃねぇか?」
タマの赤い首輪に赤いリードをつけ、シドがキャリーバッグを持ち出すと、気まぐれな三毛猫は自分から袋の中に飛び込んだ。キャリーバッグをシドが左肩に掛ける。
ソフトキスを交わして二人は玄関を出た。するとシドの隣人の帰宅に出くわす。
「あ、お帰りなさい、マルチェロ先生」
「よう、こんな時間に出掛けるのか?」
濃緑色の軍服の上に白衣を引っ掛けた中年男はマルチェロ=オルフィーノ、ボサボサの茶髪に剃り残しのヒゲが目立つ独身男でおやつのイモムシとカタツムリ(生食)をこよなく愛する変人だ。職業は軍医、所属はテラ連邦軍中央情報局第二部別室の専属医務官である。
人当たりはいいが病的サドという一面も持ち、拷問専門官だという噂もあった。
シドとハイファにとっては頼りになる好人物で、別室任務で留守にするときにはタマを預かってくれる、奇特な御仁である。
「買い物だが、先生こそ遅いじゃねぇか。珍しく仕事でもしたのかよ?」
「ご挨拶じゃねぇかい、緊急手術三連チャンをこなしてきた俺様に」
「趣味は仕事とは言わないぜ?」
「つくづく失礼なその口、ふたつに増やしてやろうか?」
「二人ともストップ。タマのエサを買いに行くんだけど、先生はご飯食べた?」
「メシは食ったし煙草も足りてる。気を付けて行ってこい」
ヒラヒラと手を振り、マルチェロ医師は自室に消えた。
二人はエレベーターで地下ショッピングモールに降り立つ。こんな時間でもプロムナードには意外な人出があった。そぞろ歩く人々を縫うようにして、ペットショップを目指す。
辿り着いたペットショップではシド好みのアイデアペット用品が多数陳列されていて、ハイファは余計なものを買わせないことに腐心した。
「おっ、これいいんじゃねぇか?」
「どれ……猫用歯ブラシって、あーた、タマにそれは命懸けでしょ」
「じゃあ、これはだめか?」
「猫用シャワートイレ? 却下しまーす」
それでも超小型反重力装置のついた猫用BELを惜しそうに眺めたのち、ドライフードだけでなく、新作の猫グルメ缶をハイファが手にしたカゴに幾つも入れた。
鍵付きショーケースのカラーストーンも眩い首輪など、数百万クレジットのシロモノを二人で冷やかしてから、本日の当番であるシドがレジにクレジットを移す。
買い物の間はずっとキャリーバッグの中で大人しく眠っていたタマだったが、ペットショップを出た途端に顔を出してそわそわし始めた。猫袋から出し、リードをシドが左手で持つ。
昨今では猫を飼うのも高級な趣味とされていて、長いしっぽをピンと立てて散歩する姿を、プロムナードを行き交う人々は微笑んで振り返った。
「みんな、どれだけ危険物か知らないからねえ」
「忘れ物にされて、すれちまったんだよな、人間みたいに」
「その人間って誰のこと?」
「別に何処かのスパイなんて言ってねぇだろ」
「ふうん。明日の朝ご飯、貴方はタマと一緒だからね」
「ちょ、カリカリはねぇだろ?」
「猫缶でも、おショーユかけるなんて許さないんだから」
そもそもタマは過去の別室任務に関わった挙げ句、飼っていた者たちから忘れられてしまい仕方なく二人が預かったが、名前は『シロ』なのに灰色猫とは珍しいなと洗ってみたら白地の多い三毛猫が現れたのである。
おまけにハイファが猫のシロとシドをたびたび呼び間違えるのでシドが強制的にタマと改名した経緯があった。
「……っと、ちょっと待って」
リモータ発振が入り、ハイファは操作する。そして柳眉をひそめた。
「何だ、タナカじゃねぇのか?」
「違う、何これ……見てくれる?」
小さな画面には意外を通り越し、不思議な内容が浮き上がっていた。
【ナイト損保は上限なしで支払いを承諾、専務におかれては解放されるまでの間、くれぐれもご自分の身の安全だけに留意され、心穏やかに過ごされますよう ――FC秘書課】
暫し立ち止まって二人は文面を眺めていた。
ナイト損害保険組合は誰もが知る最大手の保険会社だ。
「支払いに解放……あのさ、俺にはお前が誘拐されたみたいに読めるんだが」
「奇遇だね、僕にもそう読めるよ。誘拐犯サイドに見られても構わないように上手く文面は作られてるよね」
「っつーか、お前、FCに連絡してみろよ」
「うん。センリーに直接発信するね」
プロムナードに置かれたベンチに二人で腰掛け、ハイファはリモータ操作した。相手はシドも知るセンリーこと会長付秘書官の武藤千里だ。
すぐに相手は出た。
「二十一時四十分……仕方ないなあ、買い出しに行きますか」
諦め肝心でハイファは一時帰宅し、着替えて執銃するとシドの部屋に戻った。すると着替え終わったシドの肩にタマが鎮座している。
「つれてくの?」
「降りねぇんだ、こいつ。たまには表に出たいんじゃねぇか?」
タマの赤い首輪に赤いリードをつけ、シドがキャリーバッグを持ち出すと、気まぐれな三毛猫は自分から袋の中に飛び込んだ。キャリーバッグをシドが左肩に掛ける。
ソフトキスを交わして二人は玄関を出た。するとシドの隣人の帰宅に出くわす。
「あ、お帰りなさい、マルチェロ先生」
「よう、こんな時間に出掛けるのか?」
濃緑色の軍服の上に白衣を引っ掛けた中年男はマルチェロ=オルフィーノ、ボサボサの茶髪に剃り残しのヒゲが目立つ独身男でおやつのイモムシとカタツムリ(生食)をこよなく愛する変人だ。職業は軍医、所属はテラ連邦軍中央情報局第二部別室の専属医務官である。
人当たりはいいが病的サドという一面も持ち、拷問専門官だという噂もあった。
シドとハイファにとっては頼りになる好人物で、別室任務で留守にするときにはタマを預かってくれる、奇特な御仁である。
「買い物だが、先生こそ遅いじゃねぇか。珍しく仕事でもしたのかよ?」
「ご挨拶じゃねぇかい、緊急手術三連チャンをこなしてきた俺様に」
「趣味は仕事とは言わないぜ?」
「つくづく失礼なその口、ふたつに増やしてやろうか?」
「二人ともストップ。タマのエサを買いに行くんだけど、先生はご飯食べた?」
「メシは食ったし煙草も足りてる。気を付けて行ってこい」
ヒラヒラと手を振り、マルチェロ医師は自室に消えた。
二人はエレベーターで地下ショッピングモールに降り立つ。こんな時間でもプロムナードには意外な人出があった。そぞろ歩く人々を縫うようにして、ペットショップを目指す。
辿り着いたペットショップではシド好みのアイデアペット用品が多数陳列されていて、ハイファは余計なものを買わせないことに腐心した。
「おっ、これいいんじゃねぇか?」
「どれ……猫用歯ブラシって、あーた、タマにそれは命懸けでしょ」
「じゃあ、これはだめか?」
「猫用シャワートイレ? 却下しまーす」
それでも超小型反重力装置のついた猫用BELを惜しそうに眺めたのち、ドライフードだけでなく、新作の猫グルメ缶をハイファが手にしたカゴに幾つも入れた。
鍵付きショーケースのカラーストーンも眩い首輪など、数百万クレジットのシロモノを二人で冷やかしてから、本日の当番であるシドがレジにクレジットを移す。
買い物の間はずっとキャリーバッグの中で大人しく眠っていたタマだったが、ペットショップを出た途端に顔を出してそわそわし始めた。猫袋から出し、リードをシドが左手で持つ。
昨今では猫を飼うのも高級な趣味とされていて、長いしっぽをピンと立てて散歩する姿を、プロムナードを行き交う人々は微笑んで振り返った。
「みんな、どれだけ危険物か知らないからねえ」
「忘れ物にされて、すれちまったんだよな、人間みたいに」
「その人間って誰のこと?」
「別に何処かのスパイなんて言ってねぇだろ」
「ふうん。明日の朝ご飯、貴方はタマと一緒だからね」
「ちょ、カリカリはねぇだろ?」
「猫缶でも、おショーユかけるなんて許さないんだから」
そもそもタマは過去の別室任務に関わった挙げ句、飼っていた者たちから忘れられてしまい仕方なく二人が預かったが、名前は『シロ』なのに灰色猫とは珍しいなと洗ってみたら白地の多い三毛猫が現れたのである。
おまけにハイファが猫のシロとシドをたびたび呼び間違えるのでシドが強制的にタマと改名した経緯があった。
「……っと、ちょっと待って」
リモータ発振が入り、ハイファは操作する。そして柳眉をひそめた。
「何だ、タナカじゃねぇのか?」
「違う、何これ……見てくれる?」
小さな画面には意外を通り越し、不思議な内容が浮き上がっていた。
【ナイト損保は上限なしで支払いを承諾、専務におかれては解放されるまでの間、くれぐれもご自分の身の安全だけに留意され、心穏やかに過ごされますよう ――FC秘書課】
暫し立ち止まって二人は文面を眺めていた。
ナイト損害保険組合は誰もが知る最大手の保険会社だ。
「支払いに解放……あのさ、俺にはお前が誘拐されたみたいに読めるんだが」
「奇遇だね、僕にもそう読めるよ。誘拐犯サイドに見られても構わないように上手く文面は作られてるよね」
「っつーか、お前、FCに連絡してみろよ」
「うん。センリーに直接発信するね」
プロムナードに置かれたベンチに二人で腰掛け、ハイファはリモータ操作した。相手はシドも知るセンリーこと会長付秘書官の武藤千里だ。
すぐに相手は出た。
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