1 / 7
片思いごっこ
1
しおりを挟む
恋人もいない。趣味もそれほどない。ただ仕事に行くだけで過ぎていく日々の中、引っ越し業者が荷物を運び入れている光景を見て、初めて隣の部屋が空室だったことにも気がついた。
出勤をする際に遭遇したその角部屋に視線を送ると、扉の隙間から出てくる青年の姿がチラリと見えた。まだ若い。二十歳そこそこだろうか。新卒か何かで引っ越してきたのだろうか。ぼんやりと考えながらエレベーターに向かった。
格好良かったな。すごく。
そんなことを不意に考えてしまう俺、星崎幻夜はゲイだ。
自分が他と違うことに気がついたのは小学校の頃だ。
俺は隣の家の少しだけ歳の離れた姉弟と幼馴染みでよく遊んでいた。
年齢は姉の方が近かったのだけれど、年下の女の子ということもあり、もっぱら遊び内容としてはおままごとをしたり、お人形で遊んだり。普通男の子は嫌がりそうなものだけれど、俺は苦ではなかった。ただ、下の子が何故か可愛くて可愛くて仕方がなく思えて、姉の趣味に付き合うことよりも弟に構ってばかりいることが年齢を重ねるごとに増えていった。
確かその子の名前は……『リンちゃん』だ。フルネームは覚えていない。覚えていない、というより忘れてしまいたかったから忘れてしまったという方が正しい。
ある日、弟ばかりを可愛がる姉が嫉妬して俺にこう言い放ったのだ。
『ゲンちゃん、リンちゃんばっかり構っちゃって気持ち悪い!』
その時俺は初めて、自分が変なのではないかと意識した。
確かにリンちゃんは男の子にしては可愛らしい顔立ちをしていた。けれど別に女の子に見えるというわけでもなかったし、どちらかと言えば顔は姉の方が可愛かった。自分でも何故リンちゃんの方が可愛いと思うのか、それをきっかけに不思議に思った。
そこからいろいろと考え始めたのだ。
クラスメイトの女の子を見ても別にときめかない。全然リンちゃんの方が可愛いし、一緒にいると嬉しくてドキドキした。このドキドキの正体は一体なんだろう。男の子にこんなに胸が躍るなんて。
それを考え始めてからすぐ、怖くなって考えるのをやめた。きっとリンちゃんが特殊なんだ。別に男の子だからそうなんじゃない。そう思いながら、自分は女の子に興味が湧かないということにも薄々気がついてしまった。
だからフェードアウトするように隣の家には行かなくなった。誘われても何かと理由をつけて断った。
そして、中学からは地元を離れ、東京にある寮付きの学校に通うことにした。
極端な行動だったかもしれないと今では思う。けれど、姉の顔を見るとあの時言われた言葉を思い出すし、リンちゃんの側にいてはなんだかいけない気がした。だから物理的に会えなくなる方法を選んだ。
ある程度大人になって自分がゲイなのだということも認識したし、思い返せばあれが異性に興味を持ち始めた証しだったのかもしれないということにも気がついた。
それ以来自分の性癖には目を瞑り、恋愛を恐れた。
そこそこ高い百六十九センチという、あと一センチ足りないことが悔やまれる身長に、コンプレックスだった中性的な見た目とサラサラとした髪の毛。そんな一部の女性が好みそうな王子様ルックスが仇となり、これまで女性からのアプローチは山のようにされたが、如何せん俺の恋愛対象ではないため全く持って恋愛スキルには加味されなかった。
進学した高校でなんとなく決まった会社に就職して十二年。三十になってもあまり見た目も変わらない俺とアプローチし続けてくるある一定数の女性陣。そんな状況を独身、既婚どちらの同僚も酷く羨ましがったが、俺からすれば(好かれるのは嫌ではないが)煩わしいばかりだった。とにかく断る理由を見つけるのが難しい。彼女がいるわけでも結婚しているわけでもなく、仕事に集中したいというほどバリバリ働いているわけでもないから困ったものだ。
『今は恋愛する気がない』
そんな断り方しか出来ないものだから、今じゃなければ良いのか。そんな風に思ってなかなか諦めてくれない子もいる。周りから見れば贅沢な悩みに見えるかもしれないが、これはとても深刻な悩みだ。
そんな日々を繰り返し、いい歳をして童貞。未だ男性も女性も知らない。あっという間に日々が過ぎて、このままでは何もわからないまま枯れてしまいそうだ。
今日隣の部屋に入居してきたらしい隣人はどうだろう。
すごく好みだったし、考えて見れば一目惚れに近いほどのインパクトはあった。
でも、考えても仕方がない。異性でも難しいのに、自分が思ってもその気持ちを返してくれる同性に巡り合うなんて無理に等しい。
はなから諦めて勝手に失恋したような気持ちになる。これも日常茶飯事だ。
しかし今回はその気持ちがいつもより強い気がする。余程好みだったのかもしれない。
チラリと一瞬見た程度なのに。
ああなんだか。
しなくても良い失恋をしたような気持ちになって、午後のデスクワークが憂鬱になってしまった。
出勤をする際に遭遇したその角部屋に視線を送ると、扉の隙間から出てくる青年の姿がチラリと見えた。まだ若い。二十歳そこそこだろうか。新卒か何かで引っ越してきたのだろうか。ぼんやりと考えながらエレベーターに向かった。
格好良かったな。すごく。
そんなことを不意に考えてしまう俺、星崎幻夜はゲイだ。
自分が他と違うことに気がついたのは小学校の頃だ。
俺は隣の家の少しだけ歳の離れた姉弟と幼馴染みでよく遊んでいた。
年齢は姉の方が近かったのだけれど、年下の女の子ということもあり、もっぱら遊び内容としてはおままごとをしたり、お人形で遊んだり。普通男の子は嫌がりそうなものだけれど、俺は苦ではなかった。ただ、下の子が何故か可愛くて可愛くて仕方がなく思えて、姉の趣味に付き合うことよりも弟に構ってばかりいることが年齢を重ねるごとに増えていった。
確かその子の名前は……『リンちゃん』だ。フルネームは覚えていない。覚えていない、というより忘れてしまいたかったから忘れてしまったという方が正しい。
ある日、弟ばかりを可愛がる姉が嫉妬して俺にこう言い放ったのだ。
『ゲンちゃん、リンちゃんばっかり構っちゃって気持ち悪い!』
その時俺は初めて、自分が変なのではないかと意識した。
確かにリンちゃんは男の子にしては可愛らしい顔立ちをしていた。けれど別に女の子に見えるというわけでもなかったし、どちらかと言えば顔は姉の方が可愛かった。自分でも何故リンちゃんの方が可愛いと思うのか、それをきっかけに不思議に思った。
そこからいろいろと考え始めたのだ。
クラスメイトの女の子を見ても別にときめかない。全然リンちゃんの方が可愛いし、一緒にいると嬉しくてドキドキした。このドキドキの正体は一体なんだろう。男の子にこんなに胸が躍るなんて。
それを考え始めてからすぐ、怖くなって考えるのをやめた。きっとリンちゃんが特殊なんだ。別に男の子だからそうなんじゃない。そう思いながら、自分は女の子に興味が湧かないということにも薄々気がついてしまった。
だからフェードアウトするように隣の家には行かなくなった。誘われても何かと理由をつけて断った。
そして、中学からは地元を離れ、東京にある寮付きの学校に通うことにした。
極端な行動だったかもしれないと今では思う。けれど、姉の顔を見るとあの時言われた言葉を思い出すし、リンちゃんの側にいてはなんだかいけない気がした。だから物理的に会えなくなる方法を選んだ。
ある程度大人になって自分がゲイなのだということも認識したし、思い返せばあれが異性に興味を持ち始めた証しだったのかもしれないということにも気がついた。
それ以来自分の性癖には目を瞑り、恋愛を恐れた。
そこそこ高い百六十九センチという、あと一センチ足りないことが悔やまれる身長に、コンプレックスだった中性的な見た目とサラサラとした髪の毛。そんな一部の女性が好みそうな王子様ルックスが仇となり、これまで女性からのアプローチは山のようにされたが、如何せん俺の恋愛対象ではないため全く持って恋愛スキルには加味されなかった。
進学した高校でなんとなく決まった会社に就職して十二年。三十になってもあまり見た目も変わらない俺とアプローチし続けてくるある一定数の女性陣。そんな状況を独身、既婚どちらの同僚も酷く羨ましがったが、俺からすれば(好かれるのは嫌ではないが)煩わしいばかりだった。とにかく断る理由を見つけるのが難しい。彼女がいるわけでも結婚しているわけでもなく、仕事に集中したいというほどバリバリ働いているわけでもないから困ったものだ。
『今は恋愛する気がない』
そんな断り方しか出来ないものだから、今じゃなければ良いのか。そんな風に思ってなかなか諦めてくれない子もいる。周りから見れば贅沢な悩みに見えるかもしれないが、これはとても深刻な悩みだ。
そんな日々を繰り返し、いい歳をして童貞。未だ男性も女性も知らない。あっという間に日々が過ぎて、このままでは何もわからないまま枯れてしまいそうだ。
今日隣の部屋に入居してきたらしい隣人はどうだろう。
すごく好みだったし、考えて見れば一目惚れに近いほどのインパクトはあった。
でも、考えても仕方がない。異性でも難しいのに、自分が思ってもその気持ちを返してくれる同性に巡り合うなんて無理に等しい。
はなから諦めて勝手に失恋したような気持ちになる。これも日常茶飯事だ。
しかし今回はその気持ちがいつもより強い気がする。余程好みだったのかもしれない。
チラリと一瞬見た程度なのに。
ああなんだか。
しなくても良い失恋をしたような気持ちになって、午後のデスクワークが憂鬱になってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる