片思いごっこ

月姫あげは

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片思いごっこ

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 恋人もいない。趣味もそれほどない。ただ仕事に行くだけで過ぎていく日々の中、引っ越し業者が荷物を運び入れている光景を見て、初めて隣の部屋が空室だったことにも気がついた。
 出勤をする際に遭遇したその角部屋に視線を送ると、扉の隙間から出てくる青年の姿がチラリと見えた。まだ若い。二十歳そこそこだろうか。新卒か何かで引っ越してきたのだろうか。ぼんやりと考えながらエレベーターに向かった。
 格好良かったな。すごく。
 そんなことを不意に考えてしまう俺、星崎幻夜ほしざきげんやはゲイだ。


 自分が他と違うことに気がついたのは小学校の頃だ。
 俺は隣の家の少しだけ歳の離れた姉弟と幼馴染みでよく遊んでいた。
 年齢は姉の方が近かったのだけれど、年下の女の子ということもあり、もっぱら遊び内容としてはおままごとをしたり、お人形で遊んだり。普通男の子は嫌がりそうなものだけれど、俺は苦ではなかった。ただ、下の子が何故か可愛くて可愛くて仕方がなく思えて、姉の趣味に付き合うことよりも弟に構ってばかりいることが年齢を重ねるごとに増えていった。
 確かその子の名前は……『リンちゃん』だ。フルネームは覚えていない。覚えていない、というより忘れてしまいたかったから忘れてしまったという方が正しい。
 ある日、弟ばかりを可愛がる姉が嫉妬して俺にこう言い放ったのだ。
『ゲンちゃん、リンちゃんばっかり構っちゃって気持ち悪い!』
 その時俺は初めて、自分が変なのではないかと意識した。
 確かにリンちゃんは男の子にしては可愛らしい顔立ちをしていた。けれど別に女の子に見えるというわけでもなかったし、どちらかと言えば顔は姉の方が可愛かった。自分でも何故リンちゃんの方が可愛いと思うのか、それをきっかけに不思議に思った。
 そこからいろいろと考え始めたのだ。
 クラスメイトの女の子を見ても別にときめかない。全然リンちゃんの方が可愛いし、一緒にいると嬉しくてドキドキした。このドキドキの正体は一体なんだろう。男の子にこんなに胸が躍るなんて。
 それを考え始めてからすぐ、怖くなって考えるのをやめた。きっとリンちゃんが特殊なんだ。別に男の子だからそうなんじゃない。そう思いながら、自分は女の子に興味が湧かないということにも薄々気がついてしまった。
 だからフェードアウトするように隣の家には行かなくなった。誘われても何かと理由をつけて断った。
 そして、中学からは地元を離れ、東京にある寮付きの学校に通うことにした。
 極端な行動だったかもしれないと今では思う。けれど、姉の顔を見るとあの時言われた言葉を思い出すし、リンちゃんの側にいてはなんだかいけない気がした。だから物理的に会えなくなる方法を選んだ。
 ある程度大人になって自分がゲイなのだということも認識したし、思い返せばあれが異性に興味を持ち始めた証しだったのかもしれないということにも気がついた。
 それ以来自分の性癖には目を瞑り、恋愛を恐れた。
 そこそこ高い百六十九センチという、あと一センチ足りないことが悔やまれる身長に、コンプレックスだった中性的な見た目とサラサラとした髪の毛。そんな一部の女性が好みそうな王子様ルックスが仇となり、これまで女性からのアプローチは山のようにされたが、如何せん俺の恋愛対象ではないため全く持って恋愛スキルには加味されなかった。
 進学した高校でなんとなく決まった会社に就職して十二年。三十になってもあまり見た目も変わらない俺とアプローチし続けてくるある一定数の女性陣。そんな状況を独身、既婚どちらの同僚も酷く羨ましがったが、俺からすれば(好かれるのは嫌ではないが)煩わしいばかりだった。とにかく断る理由を見つけるのが難しい。彼女がいるわけでも結婚しているわけでもなく、仕事に集中したいというほどバリバリ働いているわけでもないから困ったものだ。
『今は恋愛する気がない』
 そんな断り方しか出来ないものだから、今じゃなければ良いのか。そんな風に思ってなかなか諦めてくれない子もいる。周りから見れば贅沢な悩みに見えるかもしれないが、これはとても深刻な悩みだ。
 そんな日々を繰り返し、いい歳をして童貞。未だ男性も女性も知らない。あっという間に日々が過ぎて、このままでは何もわからないまま枯れてしまいそうだ。
 今日隣の部屋に入居してきたらしい隣人はどうだろう。
 すごく好みだったし、考えて見れば一目惚れに近いほどのインパクトはあった。
 でも、考えても仕方がない。異性でも難しいのに、自分が思ってもその気持ちを返してくれる同性に巡り合うなんて無理に等しい。
 はなから諦めて勝手に失恋したような気持ちになる。これも日常茶飯事だ。
 しかし今回はその気持ちがいつもより強い気がする。余程好みだったのかもしれない。
 チラリと一瞬見た程度なのに。
 ああなんだか。
 しなくても良い失恋をしたような気持ちになって、午後のデスクワークが憂鬱になってしまった。
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