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片思いごっこ
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朝起きたら目が腫れていた。そういえば泣いてる時に擦ったら腫れが酷くなるとか聞いたことがあるな。くそー。会社でなんて言われるか。言い訳を考えるのが憂鬱だ。
ガチャリと玄関の扉を開けて無意識に隣人の部屋の扉に視線を送る。
エレベーターを待っていたら後ろ手で扉の開く音がして、きっと隣人だと思いながら振り返らずにエレベーターに乗り込んだ。
無視、しちゃったな。
このままフェードアウトしちゃうのかなぁ。なんて虚しくなりながら一日中どんより仕事をしていたせいか、同僚も何かあったのだろうかと気を使って目が腫れていることには触れないでいてくれたみたいだ。
就業時間を過ぎても、なんだか早く帰りたくなくて、会社に残って残業をした。
いつもより二時間程度遅くタイムカードを切って帰宅した。
憂鬱だな、と思いながら自宅に向かう。
エレベーターを降りて自宅階の廊下に出たところで扉の前に立っている人物の姿が目に入った。
「隣人」
一瞬逃げようと思ったけれど、逃げてしまったらなんて説明していいのかもわからない。だからそのまま隣人の前に進んだ。
「幻ちゃん、おかえり」
「おお。ただいま。どうしたんだ? 隣人」
平生を装って笑顔を見せる。玄関お鍵を取り出そうとしたら手首を掴まれて引っ張られた。
「ちょっと話があるから来て」
「え、ちょっ」
すぐ隣の扉まで連れて行かれて中に押し込まれる。
「なんだよ隣人~」
おちゃらけたように問いかけるが、玄関扉を後ろ手に隣人はマジな顔をしている。
「幻ちゃん、俺が悪かったから、避けないで欲しい」
「ん?」
隣人が何を言っているのかよくわからない。そもそも隣人が悪いことなんて一ミリも思いつかない。
「いや、あの別に隣人が悪いとかなくってさ、俺が……なんていうか、その」
勝手に好きになって、嫉妬して、苦しくなって。
隣人をこんなに追い詰めてしまうなんて。
だったらいっそ伝えてしまった方がいいんじゃないか。それで隣人が離れてしまうのなら、潔く諦められる。
考え込んで地面を見て、両手でグッと拳を握り締めて顔をあげた。
「俺がお前のこと好きだから! ……最近お前のとこ訪ねてくる男にイライラして、勝手に苦しくなって。隣人もそういうの気持ち悪いだろ。だから」
「え、だってそれは」
隣人は困惑しているみたいだ。やっぱり、こんなの気持ち悪いよな。
「しかもあれだぜ? 隣人オカズにエロい夢とか見ちゃったりして、本当俺どうしようもないよな」
苦笑いが浮かぶ。でも両手は馬鹿みたいに震えが止まらない。また昨日みたいに泣いてしまいそうだ。隣人から目を逸らそうと俯きかけた時、急に隣人が笑い出した。
「ああ、なんだ」
「え?」
こんなタイミングで隣人が笑い出す理由が分からなくて困惑する。
「え? 何?」
あたふたしていたら、不意に今度はグッと抱き寄せられて隣人の胸に埋もれる。
「はっ!? え、ちょっ……」
なんだこの展開は。こんなのは全く想定していない。
「好きだ」
耳元で聞こえる低い声にゾクリと背筋が泡立つ。なんだかこれ、あの時の夢に似ている。
「え……」
単純な言葉が理解出来ない。何を言われているのかよく分からない。
「夢じゃないんだ。あれ」
「あ、あれ??」
なんのことだろう。
「俺さ、小さい時幻ちゃんがすごく好きでさ。なのに急に俺の前からいなくなって、ずっと気になってた。だからさ、今幻ちゃんがどこにいるか幻ちゃんのお母さんに聞いて、そのモヤモヤが晴らしたくて、幻ちゃんの隣の部屋が空くまで待って転職して、越してきたんだよね」
「え? じゃあ、お前が隣にきたのって偶然じゃ……」
「ないよ」
初めてそこで、偶然だとか運命だとか思っていたことが全部間違いだったことに気がついた。
わざわざ隣の部屋が空くのを待って、転職までして越してきたなんて。
「久しぶりに会ったらさ、やっぱり小さい時に好きだった幻兄ちゃんだなって改めて思って、幻ちゃんといたら毎日楽しくてさ。幻ちゃんがいなくなった理由もわかったし、それで幻ちゃんが男が好きなんだってこともわかって、もしかして俺にも可能性があるんじゃないかとか意識するようになってって。そうしたら俺のこと好きだなんて言うから、俺も好きなんだなって、酔った勢いであんなことしちゃったから避けられてると思ってた」
「ん?」
ちょっと待て、情報量が多すぎる。
混乱の中頭を整理するに、要は俺が見たあのエロい夢は夢ではなく現実という??????
「ちょ、ちょっ! え、嘘」
あの乳首弄られたのも、下半身弄られてイっちゃったくだりは夢ではなく現実??????
「あ、嘘、だろ……。ちょ、は、離してっ……!」
それが現実だとわかった途端に、隣人の思い切り抱きこまれているこの現状がとても恥ずかしいことに思えて仕方がなくて、何とその腕からすり抜けようと必死になった。
「離さない」
けれど、流石に一回りは体格がいい隣人の方が力が強い。ビクリともしない。
「しかも俺に会いにきてたの、幻ちゃんの実家の、隣の隣の家の俺の幼馴染みで、岡野一臣って人だよ。一臣は嵐子姉ちゃんの婚約者で、嵐子姉ちゃんに頼まれて俺の様子嫌々見にきてただけだよ。なのに幻ちゃん嫉妬とかしてくれてたの? 可愛い」
岡野? 俺も小さかったし隣人の名字すら忘れていたぐらいなんだ。その向こうの家の名字なんて覚えていないし、見たことがあっても顔なんて到底覚えているわけがない。
「ちょっ、お前、キャラ変わり過ぎっ……」
なんなんだ。怖い顔してるくせして、急に甘い声出しやがって。
未だにこの状況に適応出来ない。
「好きかも、なんて曖昧な言い方したからいけなかった。好きなんだ。幻ちゃんのこと」
ずっとジタバタして隣人の腕から抜け出そうと必死だったけれど、そっと体を離されてキリリとした真剣な目で見下ろされて、身動きが自然と止まってしまった。
エロいことばかりに気を取られていたけれど、隣人が俺のこと好きだなんて。あれが夢じゃなかったこと以上に、信じられない。
「幻ちゃんは?」
そんな風に言われてしまったら、観念する以外の選択肢なんて存在しないことぐらい気づく。
「す、好き、です」
茹で蛸みたいに真っ赤な顔をして、絞り出すように声を出したら、また隣人は声を出して笑った。
「すっごい、嬉しい。きっと幻ちゃんは、俺の初恋だったんだ」
「隣人……」
きっとそれは俺も同じだ。俺にとっても隣人はきっと、初恋だった。
「ねぇ、キスしていい?」
「いい、よ」
瞳を閉じると柔らかい唇の感触がして気持ち良かった。
あの時は受け止めるのが逃げてしまった。
だけどもう、逃げない。
片思いはもう、終わりにしよう。
ガチャリと玄関の扉を開けて無意識に隣人の部屋の扉に視線を送る。
エレベーターを待っていたら後ろ手で扉の開く音がして、きっと隣人だと思いながら振り返らずにエレベーターに乗り込んだ。
無視、しちゃったな。
このままフェードアウトしちゃうのかなぁ。なんて虚しくなりながら一日中どんより仕事をしていたせいか、同僚も何かあったのだろうかと気を使って目が腫れていることには触れないでいてくれたみたいだ。
就業時間を過ぎても、なんだか早く帰りたくなくて、会社に残って残業をした。
いつもより二時間程度遅くタイムカードを切って帰宅した。
憂鬱だな、と思いながら自宅に向かう。
エレベーターを降りて自宅階の廊下に出たところで扉の前に立っている人物の姿が目に入った。
「隣人」
一瞬逃げようと思ったけれど、逃げてしまったらなんて説明していいのかもわからない。だからそのまま隣人の前に進んだ。
「幻ちゃん、おかえり」
「おお。ただいま。どうしたんだ? 隣人」
平生を装って笑顔を見せる。玄関お鍵を取り出そうとしたら手首を掴まれて引っ張られた。
「ちょっと話があるから来て」
「え、ちょっ」
すぐ隣の扉まで連れて行かれて中に押し込まれる。
「なんだよ隣人~」
おちゃらけたように問いかけるが、玄関扉を後ろ手に隣人はマジな顔をしている。
「幻ちゃん、俺が悪かったから、避けないで欲しい」
「ん?」
隣人が何を言っているのかよくわからない。そもそも隣人が悪いことなんて一ミリも思いつかない。
「いや、あの別に隣人が悪いとかなくってさ、俺が……なんていうか、その」
勝手に好きになって、嫉妬して、苦しくなって。
隣人をこんなに追い詰めてしまうなんて。
だったらいっそ伝えてしまった方がいいんじゃないか。それで隣人が離れてしまうのなら、潔く諦められる。
考え込んで地面を見て、両手でグッと拳を握り締めて顔をあげた。
「俺がお前のこと好きだから! ……最近お前のとこ訪ねてくる男にイライラして、勝手に苦しくなって。隣人もそういうの気持ち悪いだろ。だから」
「え、だってそれは」
隣人は困惑しているみたいだ。やっぱり、こんなの気持ち悪いよな。
「しかもあれだぜ? 隣人オカズにエロい夢とか見ちゃったりして、本当俺どうしようもないよな」
苦笑いが浮かぶ。でも両手は馬鹿みたいに震えが止まらない。また昨日みたいに泣いてしまいそうだ。隣人から目を逸らそうと俯きかけた時、急に隣人が笑い出した。
「ああ、なんだ」
「え?」
こんなタイミングで隣人が笑い出す理由が分からなくて困惑する。
「え? 何?」
あたふたしていたら、不意に今度はグッと抱き寄せられて隣人の胸に埋もれる。
「はっ!? え、ちょっ……」
なんだこの展開は。こんなのは全く想定していない。
「好きだ」
耳元で聞こえる低い声にゾクリと背筋が泡立つ。なんだかこれ、あの時の夢に似ている。
「え……」
単純な言葉が理解出来ない。何を言われているのかよく分からない。
「夢じゃないんだ。あれ」
「あ、あれ??」
なんのことだろう。
「俺さ、小さい時幻ちゃんがすごく好きでさ。なのに急に俺の前からいなくなって、ずっと気になってた。だからさ、今幻ちゃんがどこにいるか幻ちゃんのお母さんに聞いて、そのモヤモヤが晴らしたくて、幻ちゃんの隣の部屋が空くまで待って転職して、越してきたんだよね」
「え? じゃあ、お前が隣にきたのって偶然じゃ……」
「ないよ」
初めてそこで、偶然だとか運命だとか思っていたことが全部間違いだったことに気がついた。
わざわざ隣の部屋が空くのを待って、転職までして越してきたなんて。
「久しぶりに会ったらさ、やっぱり小さい時に好きだった幻兄ちゃんだなって改めて思って、幻ちゃんといたら毎日楽しくてさ。幻ちゃんがいなくなった理由もわかったし、それで幻ちゃんが男が好きなんだってこともわかって、もしかして俺にも可能性があるんじゃないかとか意識するようになってって。そうしたら俺のこと好きだなんて言うから、俺も好きなんだなって、酔った勢いであんなことしちゃったから避けられてると思ってた」
「ん?」
ちょっと待て、情報量が多すぎる。
混乱の中頭を整理するに、要は俺が見たあのエロい夢は夢ではなく現実という??????
「ちょ、ちょっ! え、嘘」
あの乳首弄られたのも、下半身弄られてイっちゃったくだりは夢ではなく現実??????
「あ、嘘、だろ……。ちょ、は、離してっ……!」
それが現実だとわかった途端に、隣人の思い切り抱きこまれているこの現状がとても恥ずかしいことに思えて仕方がなくて、何とその腕からすり抜けようと必死になった。
「離さない」
けれど、流石に一回りは体格がいい隣人の方が力が強い。ビクリともしない。
「しかも俺に会いにきてたの、幻ちゃんの実家の、隣の隣の家の俺の幼馴染みで、岡野一臣って人だよ。一臣は嵐子姉ちゃんの婚約者で、嵐子姉ちゃんに頼まれて俺の様子嫌々見にきてただけだよ。なのに幻ちゃん嫉妬とかしてくれてたの? 可愛い」
岡野? 俺も小さかったし隣人の名字すら忘れていたぐらいなんだ。その向こうの家の名字なんて覚えていないし、見たことがあっても顔なんて到底覚えているわけがない。
「ちょっ、お前、キャラ変わり過ぎっ……」
なんなんだ。怖い顔してるくせして、急に甘い声出しやがって。
未だにこの状況に適応出来ない。
「好きかも、なんて曖昧な言い方したからいけなかった。好きなんだ。幻ちゃんのこと」
ずっとジタバタして隣人の腕から抜け出そうと必死だったけれど、そっと体を離されてキリリとした真剣な目で見下ろされて、身動きが自然と止まってしまった。
エロいことばかりに気を取られていたけれど、隣人が俺のこと好きだなんて。あれが夢じゃなかったこと以上に、信じられない。
「幻ちゃんは?」
そんな風に言われてしまったら、観念する以外の選択肢なんて存在しないことぐらい気づく。
「す、好き、です」
茹で蛸みたいに真っ赤な顔をして、絞り出すように声を出したら、また隣人は声を出して笑った。
「すっごい、嬉しい。きっと幻ちゃんは、俺の初恋だったんだ」
「隣人……」
きっとそれは俺も同じだ。俺にとっても隣人はきっと、初恋だった。
「ねぇ、キスしていい?」
「いい、よ」
瞳を閉じると柔らかい唇の感触がして気持ち良かった。
あの時は受け止めるのが逃げてしまった。
だけどもう、逃げない。
片思いはもう、終わりにしよう。
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