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旧一神屋敷の謎
悠太篇 其の壱
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1
昔からコーヒーが好きだった。小学校に入った時にその違和感を覚えた。自分しかコーヒーを飲む奴がいなかったんだ。今思えば当たり前だ。小学生でコーヒーの飲む小僧なんて俺以来存在するか、しないかってレベルだろう。
そんな俺が三十歳くらいの頃、いつものように朝起きてコーヒーを飲んで朝食を済ませると、会社に向かった。本当はこの時から違和感に気づいていたのになぜすぐにおかしいと思わなかったのか、後々後悔することになる。
そして会社に着くといつも通りに仕事をしつつ、コーヒーを飲んでいた。この時はまだ社長にこき使われたりしていてやけになっていたのも悪かったのだろう。そしてまたコーヒーを飲む。違和感が確信する瞬間が来る。
パソコンを打つ指がなかなかおぼつかずに言う通りに動かない。いや、違う。言うことはしっかりと聞いている。しかし指以前に手が震えていたのだ。
それに気づき始めると枷が外れたように体全体が震え始める。止めようとするが震えが止まらない手で震える体を止められるわけがない。頭もフラフラとして熱がある時のように意識が朦朧とする。
そして俺は、職場で意識を失った。駆け寄ってくる同僚たち、呼びかける人もいれば、体を揺らす人、傍観している人間、全てを見ながら俺は意識の底へ落ちた。
*
「山口さん。大丈夫ですか?」
声が聞こえた。それに釣られるように俺の意識は覚醒する。
「私が見えますか?声は聞こえますか?わかるのなら意思表示をしてください。頷くなり、返事するなり、自由です」
俺は言われたようにまだ自軍より随分若い青年へ頷いて見せる。まだぎこちなさそうに硬い笑顔だったが、俺が頷いて見せると心底安心したように胸を撫で下ろすと、固かった顔つきがゆるくなり、彼の本物の笑顔をみた。
これが後々俺の生きる希望をくれた青年との出会いだった。彼の笑顔には社会への疲労で浪費されすり減った俺の心を浄化してくれた。コーヒーはたちまち悪い評判を聞く、中毒、苦い、まずい、さまざまだ。実際に俺はコーヒーのせいで倒れたようなものだ。しかしこうして彼に巡り会えたのなら意識をぶっ飛ばしてくれたコーヒーってのも悪いことばかりじゃないだろう。
「あなた……名前はなんと言うんですか?」
治療をしていく中で治りかけて喋れるようになった頃、彼にそう尋ねた。
彼は俺の発言に優しく、自分の首にかかった名札を俺に向けながら答えた。
「三神竜胆です」
2
重い音を立てながらとやけに派手な演出だ。俺の数倍かはある門と扉、どちらもかなり昔から改装されていないようだった。確かにあいつはそんなことも言っていた気がする。昔ながらの作りに惚れた、改装なんてしない、てな。
「やあ、久しぶりだな。新田さん」
「ええ、そうですね。相変わらず歳をとらない方だ。会うたびに見違えてしまうよ」
俺は相変わらず苦笑して見せる。なんて言ったって今日でもう二回目だからな。何回も言われると褒められてもいいように聞こえない。昔っからそう言われてきた俺はその言葉にうんざりしていた。若返った、歳を取らない、見違えて綺麗、もうごめんまっぴらだ。
「そちらにいるのが、三神竜胆医長ですな」
新田さんが見る方を俺も追って見る。そこにはさっき合流した例の青年だった。昔の未熟そうな面影は消えてすっかり医長らしい顔つきになっていた。たった数年なのに成長とは怖いものだ。だから彼も俺と同じで歳という年月に囚われてしまった住人なのだろう。改めて親近感が湧く。
会話を投げかけられた竜胆くんは、頭をかきながら微笑を浮かべて会釈する。
俺が驚いたのは他にもあり、彼の髪型だ。昔は短髪の少年ぽさが残っていたが、今は髪を伸ばしていて後ろで結んでいる。最初は驚きはしたが彼にはもともとこの髪の毛が設定されていたかのように似合っていて、再度先ほどとは違う驚きをしたものだ。
「いやあ、挨拶に伺おうと思っていたら、まさか医長さんの方から来られるとは、すみませんね。頭が上がりませんよ」
「いやいや、俺こそあなたたちが引っ越してきたことすら気づかなかったほどですから、お互い様ですね」
二人はすでに打ち解けているようだった。よそ者が来て竜胆くんも対応に困っていないかと心配したが、無駄だったようだ。笑顔で話す二人を見て俺も嬉しい気持ちになって微笑む。
「さあ、お二人とも外は暑いでしょう。どうぞ中にいらしてください。もうすでに来ている方もいますよ」
そう、ここに集められたのは引っ越しをしてきた祝いとして村の人たちを何人か呼び、パーティーをしようという企画だ。だからかなり盛大なのもになるから俺もぜひと言われてきたのだ。
「新田さん、後から俺の友達もくるんだが、迷惑かな」
少し躊躇うように彼はいったが、新田本人の方は大層嬉しそうに拍手をした。
「参加者が増えるのなら大歓迎ですよ。ぜひご友人も」
俺たちは導かれるがまま、なんの躊躇いもなくその門を潜った。
3
屋敷の中は想像と同じように果てしなく広かった。所々海藻が入っているところがたちまち見受けられたが、壁や絵画、設備、雰囲気はいまだ古い匂いを漂わせていた。床には赤色を主に金の装飾の入っいたカーペットで埋め尽くされていて、歩くたびに足の裏にやわらかな暖かい触感が伝わる。
「こちらに皆様がお待ちです」
ずいぶん豪華な作りをした両開きのドアを新田さんは開けて、中に入るよう促す。
少し俺は足がくすむ感覚に囚われた。なんだか踏み入れてはならない場所に騙されていれらえているのではないかと考える。
「山口さん、入らないのか?」
俺がもたついている中で彼だけが冷静な考えを持ち中にズカズカと侵入する。俺も被りを振った。何を考えているんだ俺は、新田さんが俺にそんなこと一度でもしたか?いいやないね。何を迷う必要があるのか。
そう考え始めるとやけに足が軽いように思えて竜胆くんの後を追った。
「あら、医長さんじゃない」
「おお、竜胆医長きてくれたんですね」
入ると中にいた老夫婦が竜胆くんの元まで歩み寄るとそういう。信頼されているんだなと感じた。もう昔までの怒鳴られてばかりの医者じゃないんだ彼は、もう僕が心配してやることもないのか。
「古賀さんたちきてたんですね。あれ他の人たちは?」
すぐにどこの人間でどういう名前なのかもわかっているところを見ると、さすがとしか思えない。やはり医者というものは皆こういうものなのだろうか。
「ああ、みんな来る予定だよ。これ参加者のメモ表」
言いながらポケットの中から少しクシャクシャいなった紙を取り出すと竜胆くんの手の中に入れる。彼はそれをその場で広げると俺にも見せてきた。
「かなりいるな」
「ですね。全員ここで何があったのか知って要るのに何もわかっちゃいない」
そう言った彼の目の中では何か炎に塗れ憎しみに似た憎悪を含んだ瞳をしていた。
昔からコーヒーが好きだった。小学校に入った時にその違和感を覚えた。自分しかコーヒーを飲む奴がいなかったんだ。今思えば当たり前だ。小学生でコーヒーの飲む小僧なんて俺以来存在するか、しないかってレベルだろう。
そんな俺が三十歳くらいの頃、いつものように朝起きてコーヒーを飲んで朝食を済ませると、会社に向かった。本当はこの時から違和感に気づいていたのになぜすぐにおかしいと思わなかったのか、後々後悔することになる。
そして会社に着くといつも通りに仕事をしつつ、コーヒーを飲んでいた。この時はまだ社長にこき使われたりしていてやけになっていたのも悪かったのだろう。そしてまたコーヒーを飲む。違和感が確信する瞬間が来る。
パソコンを打つ指がなかなかおぼつかずに言う通りに動かない。いや、違う。言うことはしっかりと聞いている。しかし指以前に手が震えていたのだ。
それに気づき始めると枷が外れたように体全体が震え始める。止めようとするが震えが止まらない手で震える体を止められるわけがない。頭もフラフラとして熱がある時のように意識が朦朧とする。
そして俺は、職場で意識を失った。駆け寄ってくる同僚たち、呼びかける人もいれば、体を揺らす人、傍観している人間、全てを見ながら俺は意識の底へ落ちた。
*
「山口さん。大丈夫ですか?」
声が聞こえた。それに釣られるように俺の意識は覚醒する。
「私が見えますか?声は聞こえますか?わかるのなら意思表示をしてください。頷くなり、返事するなり、自由です」
俺は言われたようにまだ自軍より随分若い青年へ頷いて見せる。まだぎこちなさそうに硬い笑顔だったが、俺が頷いて見せると心底安心したように胸を撫で下ろすと、固かった顔つきがゆるくなり、彼の本物の笑顔をみた。
これが後々俺の生きる希望をくれた青年との出会いだった。彼の笑顔には社会への疲労で浪費されすり減った俺の心を浄化してくれた。コーヒーはたちまち悪い評判を聞く、中毒、苦い、まずい、さまざまだ。実際に俺はコーヒーのせいで倒れたようなものだ。しかしこうして彼に巡り会えたのなら意識をぶっ飛ばしてくれたコーヒーってのも悪いことばかりじゃないだろう。
「あなた……名前はなんと言うんですか?」
治療をしていく中で治りかけて喋れるようになった頃、彼にそう尋ねた。
彼は俺の発言に優しく、自分の首にかかった名札を俺に向けながら答えた。
「三神竜胆です」
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重い音を立てながらとやけに派手な演出だ。俺の数倍かはある門と扉、どちらもかなり昔から改装されていないようだった。確かにあいつはそんなことも言っていた気がする。昔ながらの作りに惚れた、改装なんてしない、てな。
「やあ、久しぶりだな。新田さん」
「ええ、そうですね。相変わらず歳をとらない方だ。会うたびに見違えてしまうよ」
俺は相変わらず苦笑して見せる。なんて言ったって今日でもう二回目だからな。何回も言われると褒められてもいいように聞こえない。昔っからそう言われてきた俺はその言葉にうんざりしていた。若返った、歳を取らない、見違えて綺麗、もうごめんまっぴらだ。
「そちらにいるのが、三神竜胆医長ですな」
新田さんが見る方を俺も追って見る。そこにはさっき合流した例の青年だった。昔の未熟そうな面影は消えてすっかり医長らしい顔つきになっていた。たった数年なのに成長とは怖いものだ。だから彼も俺と同じで歳という年月に囚われてしまった住人なのだろう。改めて親近感が湧く。
会話を投げかけられた竜胆くんは、頭をかきながら微笑を浮かべて会釈する。
俺が驚いたのは他にもあり、彼の髪型だ。昔は短髪の少年ぽさが残っていたが、今は髪を伸ばしていて後ろで結んでいる。最初は驚きはしたが彼にはもともとこの髪の毛が設定されていたかのように似合っていて、再度先ほどとは違う驚きをしたものだ。
「いやあ、挨拶に伺おうと思っていたら、まさか医長さんの方から来られるとは、すみませんね。頭が上がりませんよ」
「いやいや、俺こそあなたたちが引っ越してきたことすら気づかなかったほどですから、お互い様ですね」
二人はすでに打ち解けているようだった。よそ者が来て竜胆くんも対応に困っていないかと心配したが、無駄だったようだ。笑顔で話す二人を見て俺も嬉しい気持ちになって微笑む。
「さあ、お二人とも外は暑いでしょう。どうぞ中にいらしてください。もうすでに来ている方もいますよ」
そう、ここに集められたのは引っ越しをしてきた祝いとして村の人たちを何人か呼び、パーティーをしようという企画だ。だからかなり盛大なのもになるから俺もぜひと言われてきたのだ。
「新田さん、後から俺の友達もくるんだが、迷惑かな」
少し躊躇うように彼はいったが、新田本人の方は大層嬉しそうに拍手をした。
「参加者が増えるのなら大歓迎ですよ。ぜひご友人も」
俺たちは導かれるがまま、なんの躊躇いもなくその門を潜った。
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屋敷の中は想像と同じように果てしなく広かった。所々海藻が入っているところがたちまち見受けられたが、壁や絵画、設備、雰囲気はいまだ古い匂いを漂わせていた。床には赤色を主に金の装飾の入っいたカーペットで埋め尽くされていて、歩くたびに足の裏にやわらかな暖かい触感が伝わる。
「こちらに皆様がお待ちです」
ずいぶん豪華な作りをした両開きのドアを新田さんは開けて、中に入るよう促す。
少し俺は足がくすむ感覚に囚われた。なんだか踏み入れてはならない場所に騙されていれらえているのではないかと考える。
「山口さん、入らないのか?」
俺がもたついている中で彼だけが冷静な考えを持ち中にズカズカと侵入する。俺も被りを振った。何を考えているんだ俺は、新田さんが俺にそんなこと一度でもしたか?いいやないね。何を迷う必要があるのか。
そう考え始めるとやけに足が軽いように思えて竜胆くんの後を追った。
「あら、医長さんじゃない」
「おお、竜胆医長きてくれたんですね」
入ると中にいた老夫婦が竜胆くんの元まで歩み寄るとそういう。信頼されているんだなと感じた。もう昔までの怒鳴られてばかりの医者じゃないんだ彼は、もう僕が心配してやることもないのか。
「古賀さんたちきてたんですね。あれ他の人たちは?」
すぐにどこの人間でどういう名前なのかもわかっているところを見ると、さすがとしか思えない。やはり医者というものは皆こういうものなのだろうか。
「ああ、みんな来る予定だよ。これ参加者のメモ表」
言いながらポケットの中から少しクシャクシャいなった紙を取り出すと竜胆くんの手の中に入れる。彼はそれをその場で広げると俺にも見せてきた。
「かなりいるな」
「ですね。全員ここで何があったのか知って要るのに何もわかっちゃいない」
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