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03:ラブホテルで二人……
雛子が勤めているのは女性向けアダルトグッズ会社。『玩具』というのは隠喩のようなものだ。
一口にアダルトグッズと言っても種類は様々で、女性が自慰に使うものから、男女の性交時に使うもの、大胆な下着、かと思えばちょっとネタに走ったような品物まで幅広い。更には男性用のアダルトグッズ会社も系列として運営しており、各々独立しているが同じ建物の上下階だったりする。
展開もインターネット通販はもちろんアダルトグッズを扱う店には必ずといっていいほど棚があり、更にはイベント等にも出店している。
この業界ではシェアも広く大手と言えるだろう。あくまでアダルトグッズ業界というニッチな世界での話だが。
「女性用ってどんなのがあるのか知らなかったけど、結構種類が豊富なんだな。あ、俺この下着好みだ」
「そちらのナイトランジェリーは弊社の新商品で、四種類のカラーバリエーションをご用意しております」
「これどうやって使うんだ? ……おぉ、使用例の写真が。見えないようにうまく隠してるけど結構エロいな」
「使用方法に関しましてはパッケージ横に記載されており、取扱説明書も同封しております。なお取扱説明書紛失時には弊社ホームページからダウンロードも可能ですのでご利用ください」
携帯電話を片手にホームページの商品欄を眺めてあれこれと話す颯斗に、雛子は努めて冷静に返した。
冷静を貫こうとするあまり営業トークぽくなってしまうのは仕方ない。――営業は仕事ではないが、商談の場にお茶を運んだ際に質問をされてそのまま同席したり、電話を横で聞いたりと、彼等の話術を学ぶ機会は多い――
ちなみに、場所は繁華街から移動して駅の裏手にあるラブホテル。
……そう、ラブホテルだ。一見すると質の良いホテルのような洒落た部屋だが、中央にドンと置かれたベッドがいかにもである。
名刺を突きつけられた後どう答えて良いのか分からずあぐねいていると、「ここじゃ話しにくいだろ」と颯斗に促されてホテルに来てしまった。
帰れば良かった、話をするにしてもせめて飲食店やせめて個室の居酒屋を探せばよかった。そう心から悔やみつつ、もしもの場合に備えて携帯電話をぎゅっと握りしめながら部屋に入ったのだ。
いざとなったら警察に電話をするつもりだ。押し倒そうとしてきたら携帯電話の角で殴りつける覚悟もある。
だがそんな警戒心を抱く雛子を他所に、部屋に入った颯斗はベッドのふちに腰掛けて携帯電話を片手にあれこれと聞いてくるだけだ。
もちろん雛子の会社で扱っている商品について。
それに対して雛子が営業トークをしだして今に至る。
「女性用のアダルト動画もあるんだな。内容は男用とは違うのか?」
「弊社で扱っておりますアダルト動画に関しましては『心と体の満足』をテーマにしており、官能的な要素はもちろんですがストーリーや設定、役者にも拘りを見せる事でお客様が精神的にも満足して頂けるよう構成しております。また動画内で弊社販売グッズを使用するこちにより、売上の相乗効果も確認出来ております」
「……懇切丁寧に説明ありがとう。それで、お前の仕事って営業だったっけ?」
「デザイナーでございます」
「営業でも十分やっていけそうだけどな」
お見事、と颯斗が拍手を送ってくる。これは嫌味の拍手だろうか、それとも雛子の徹底した営業トークに純粋に感心してるのか……。
だがなんにせよ今の颯斗に襲い掛かってくる様子は無さそうで、雛子は小さく安堵の息を漏らすと部屋の一角に置かれていた椅子に腰かけた。
「それで、なにが目的なの?」
「なにがって、そりゃ決まってるだろ」
「社割は効くらしいけど知人割は無いわよ」
「誰が安く買いたいって言った」
「局留めも可能だし、そもそも配送時の品名は『雑貨』だから安心して。購入ページから配送時の日時指定も対応してるわ」
「黙れ営業マン、襲うぞ」
ピシャリと颯斗に咎められ、雛子はむぐと口を噤んだ。
さすがに冗談の流れに持っていくのは無理があったようだ。……いや、無理があるのは自分でも分かっていたけれど。
それでもせめてと恨みがましい目で睨みつければ、優越感でも感じたのか颯斗がニヤと笑みを浮かべた。楽しそうな笑みだ。
もちろん雛子も彼が何を言わんとしているのかは分かっている。
名刺片手に脅され、連れてこられた先はラブホテル。となれば誰だってこの後の展開は想像がつくだろう。
「……下世話、最低」
「そう言うなって。お前だってこういう会社で働いてるって事は、多少なり好きなんだろ」
なぁ、と問われ雛子は更に眉間に皺を寄せた。それだけでは足りず「はぁ?」と不満げな声をあげてしまう。
「アダルトグッズ業界で働いてるからってエッチな事が好きって、なにその単純思考。信じられない。あんただって、別に甘い物が好きだからパティシエになったわけじゃないでしょ!」
「俺は甘い物が好きだからパティシエになった」
「ぐっ……。そ、それなら、ほら、美緒は別にカメラが好きだからカメラマンに……なったわね。昔からカメラが好きだったの」
「そうなのか。ちなみに俊も甘い物が好きだからパティシエになってる」
「……そう。好きなことを仕事にするって素敵ね」
反論したつもりが尽く玉砕し、雛子は白々しい返事と共にそっぽを向いた。
なんて気まずい空気だろう。いや、これはこれで性的な雰囲気が全くないので幸いなのかもしれないが。
そんなやりとりの中、呆れたのか痺れを切らしたのか、颯斗が「落ち着けよ」と告げてきた。己が座っている隣をポンポンと軽く叩くのはこちらに来いという意味なのだろう。当然だが首を横に振って拒否しておく。
「断って良いのか? 名刺はまだ俺の手に有るんだぞ」
「……断ったらどうするつもりよ」
「ひとまず俊に見せようかな。飲んでる最中、俊のことずっと見てただろ」
颯斗の言葉に、雛子は言葉を詰まらせ……、仕方なく椅子から立ち上がった。
恐る恐る彼の隣に座る。満足そうな颯斗の表情は見目が良いものの、今は無性に腹立たしい。
「冴島君には言わないで」
「分かってるだろうけど、お前の態度次第だ。だけどまぁ、俊の好みとは真逆の仕事だから言えないってのは分かるな」
「……あと、美緒にも。というか美緒には絶対に言わないで」
「美緒って、久我さん? 久我さんにも言ってないのか?」
意外だったのか、颯斗が目を丸くさせて尋ねてくる。
それに対して雛子は一瞬言葉を詰まらせ……、小さく頷いて返した。
アダルトグッズを扱う会社で働いている事は親友の美緒にも話していない。
彼女には小さな玩具メーカーのデザイナーをしていると伝えた。何度か社名を聞かれはしたものの、それに関しては『自分のデザインを見られるのが恥ずかしいから』と誤魔化してきた。もちろん名刺も渡していない。
理由はひとえに恥ずかしいからだ。
デザインという仕事は好きだし、やりがいや達成感もある。職場も良いひとばかりでこれからも勤めたいと思っている。一度挫折と絶望を味わったから猶更、今の環境が恵まれている事も分かっている。
だけどやはり会社の詳細を話すのは躊躇われる。
アダルトグッズは所詮アダルトグッズだ。
「……美緒にも本当の事は言ってないの。だから絶対に言わないで」
「まぁ別に……、そっちの仲を壊す気はないから安心しろよ」
この話題は触れ難いと感じたのか、颯斗が気まずそうに頭を掻く。
次いで彼は「それで」と雑に話題を変え、雛子の腰をぐっと掴むと強引に抱き寄せてきた。
「きゃっ……!」
トン、と雛子の体が颯斗の体にぶつかる。
腰に回された手が逃がすまいと更に強さを増す。抱きしめられたと理解し、雛子の体が強張った。心臓が早鐘を打つ。
「黙っててやるよ。ただその代わりに、……分かるだろ」
わざと耳元に顔を寄せて颯斗が囁いてくる。低い声。まるで耳の内に響くかのようで、くすぐったさに雛子の体がふるりと震えた。
そのまま押し倒され雛子は「あ!」と声をあげるのとほぼ同時にポスンとベッドに仰向けになった。すぐさま起き上がろうとするも、そうはさせまいと颯斗が覆い被さってくる。意地の悪い彼の笑みに妖艶な色が混ざる。
その笑みに見下ろされ、雛子は混乱の中でそれでもと必死に考え……、
「条件があるの!」
と、必死な声をあげた。
笑みを浮かべていた颯斗が突然の宣言に「条件?」と怪訝そうな表情を浮かべた。
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