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第二章 新たなる力と仲間
43.公爵夫妻の真意
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43.公爵夫妻の真意
両親はもしかすると、
すでに王家を見限っているかもしれない。
我が公爵家は過剰なまでに責務を果たしつつ、
常に王家と距離を置いていたではないか。
思い当たることがたくさんあり、
私は胸の鼓動が速くなる。
そんな私を無視して、ジャクソン伯爵は説得を続ける。
「公爵もそろそろ、お前の幸せも考えてくださらないとなあ?
毎日毎日任務に追われてばかりだろう。
幸せな結婚を夢見ていたんじゃないのかい?」
眉を下げ、同情するような優し気な口調で言ってくるが
間違いなく何か下心があるのだろう。
私はとりあえず適当にあしらうことにする。
「幸せな結婚など、果たすべき使命に比べれば下らぬことです」
ジャクソン伯爵は何てことを! というように首を振る。
「なんともったいないことを言うのだ。
せっかく誰より美しく生まれたというのに。
今からでも王太子妃として……」
「王族に奉仕というのであれば、
私は第3王子と婚約しておりますのでご心配なく」
私の言葉に、伯爵は露骨に嫌な顔をする。
「フン! キースの遺言か。
公爵もあの変人との約束を律儀に守ることなぞないのに」
キース・ローマンエヤール。
天才魔導士と呼ばれ、勇者のパーティの一員だった私の叔父。
その名がいきなり出て、私は驚いた。
「えっ! この婚約は……」
「知らなかったのか?
表向きは公爵の提案だが、実際はあいつが勧めたのだ」
私はそれを聞いて、心が温まった。
叔父様は、自分の親友の息子と、
姪の私を結びつけたかったのだ。
そういえば幼い頃はしょっちゅう、
私だけを連れ、人目を避けながらも
レオナルドとそのお母様の宮殿に連れていってくれた。
案の定、私たちは仲良くなったが、
それは叔父様の思う壺だったのかもしれない。
あの頃を思い出し、思わず笑みがこぼれる。
叔父様はうちの両親が困惑するほど、
私を溺愛してくださっていた。
何をしても過剰に褒め讃え、
宝石でもドレスでも剣でも、何でも与えてくれたのだ。
私も叔父様が大好きだった。
常に冷静で厳格な父とは違い、
素直に甘えられる希少な存在だったのに。
彼は王家の密命により、複数の魔獣を融合させる実験を強要され
その力を暴走させることになり、父に討たれて亡くなったのだ。
私は悔しさと悲しみを思い出し、唇をかみしめる。
叔父様の遺志というのであれば、なおさら大切にしなくては。
「レオナルド様との婚約は王家と公爵家で定められたものです。
それを覆すなど、王家に対する反逆では?」
痛いところを突かれ、一瞬ジャクソン伯爵は焦ったが
違う、違うのだ! と慌てて否定する。
「お前が王族に嫁ぐことが最善と考えてのことだ!」
「レオナルド様も王家ですが?」
私の言葉に、伯爵は馬鹿にしたように笑った。
「あんな出来損ない王子なぞ、嫁いでも大した権力は得られまい」
結局はそこか。私が王太子妃になれば、
ローマンエヤール公爵家はさらに権力を得、
その傍流であるジャクソン伯爵家にも
何かしらのおこぼれがある、と思っているのか。
私が呆れていると、伯爵はニヤリと笑った。
「あの王子には別の使い道があるのだ。
もっと利益のある使い道が」
そう言って伯爵は、さもグッドアイディアであるかのように
とんでもない提案をしてきたのだ。
「お前はあの王子と婚約破棄し、王太子妃になる。
そして彼は……私の娘の婿に迎えるのだ!
そうすれば我が家は再び、王家との繋がりを持てるからな!」
ジャクソン家には何代も前、
王家から一番末の姫を降嫁されたことがある。
かんしゃく持ちで我儘な姫だったそうで、
国内の貴族でも他国にも貰い手がなく、
やっとこの伯爵家の息子に収まった、
という経緯があったらしい。
ふたたび王家と繋がりを持つために画策したのか?
なんと愚かというか、馬鹿馬鹿しいというか。
しかし、理由はそれだけではなかった。
ジャクソン伯爵は困った笑顔を浮かべて言う。
「……それが、娘が泣きわめいてせがむんだよ。
”自分の婿にはレオナルド王子が良い!”とな。
どうやらどこかであの王子を見かけたらしい。
まあ、あの絶世の美姫の息子だ。
見た目は本当に良いからな」
「……そのような理由で婚約破棄などできません」
怒りに震える声で私が断ると、
伯爵は私に懇願するように言った。
「そう言うな。ウワサだと婚約破棄寸前なのだろう?
縁戚を助けると思って、それを受け入れてくれ。
娘は泣いて暴れて大変なのだ。
可哀そうだと思わないか?」
かんしゃく持ちで我儘な王女の血が騒ぐらしい。
私は首を横に振り、疲れた声で吐き捨てる。
「まったく思いませんが?」
ジャクソン伯爵は必死に叫んだ。
「落ち着いて考えたまえ。お前にとっても良い話ではないか。
あんな先のない王子より、
未来の王妃のようが良いに決まっておるだろう!
わが家も王家とのつながりも深められ、
皆にとって良いことづくめなのだぞ!」
自分勝手な主張をまくしたてる伯爵の勢いに、
私は呆れと怒りで、逆に笑えてきた。
皆と言いつつ、ジャクソン伯爵の利益だけではないか。
「さあ、一緒に帰ろう、エリザベート。
そしてすぐに王太子のところに行くのだ」
じりじりと私に近づいてくるので、
私は思わず後ずさってしまう。
「王太子への急な謁見は難しいと思いますが」
やっとのことで私が答えると、伯爵はニタァ、と笑う。
糸を引くような、粘質な笑い方だった。
「……昼間は、な。夜の、寝所なら問題ない」
言葉を失った私に、声をひそめて言う。
「あの王太子妃は、王太子に倦厭されている。
王太子の寝所とは別の場所で寝起きしているそうだ。
……なあ、チャンスではないか?」
王太子と王太子妃が不仲であることは、
宮中の誰もが知っていることだ。
”魔法属性が光”というだけで選ばれた娘を、
王太子は侮蔑し、冷酷な扱いをしているそうだ。
ジャクソン伯爵はニタニタ笑いながら近づいてくる。
「だから、お前が王太子をお慰めするのだ。
お前が薄着で迫れば、落ちない男はいないだろう?
王太子妃より先に子を成せば、その先は簡単に……」
私はもはや、爆発寸前だった。
私の目が燃え上がるように赤くなったのをみて、
ジャクソン伯爵はひるみ、後退した。
私が右手を上げ闇の魔法を唱える、その直前。
「黙れよ薄らハゲ。
その口にこのギドラスの牙、突っ込むぞ」
良く知る声のいつもの暴言が、客間に響いた。
そう言いながら、よっこいしょ、と窓から入ってきたのは。
黄金の髪に深いブルーの大きな瞳。
素晴らしく美しい顔は、
天使の笑顔で汚い言葉を吐いている。
私の王子はいつも、ドアからは入って来ない。
「……なんで窓から入ってくるのよ」
「外で立ち聞きしてたから、に決まってんだろ」
私の言葉に、彼は開き直った口調で答える。
そしてレオナルドは私の前に立ち、
魔法を放ちかけていた私の右手を掴む。
爽やかな笑顔と、包みこんだ手の温かさで
さっきまでの吐き気をもよおす不快感や
凍りつくような恐怖がすっかり消え去っていた。
レオナルドはダンスを踊る時のように、
掴んだ右手を引き寄せ、彼の腕の中に私を収めた。
粗暴な彼らしくないエレガントな振る舞いに、
私は思わず胸がドキドキしてしまう。
しかしその口から飛び出る言葉はいつも通りだ。
「伯爵家ともあろうものが美人局かよ。
そんなに王家とつながりが欲しけりゃ、
自分の娘を寝所に送り込めばいいじゃねえか」
誰がそんな娼婦のようなマネを娘にさせるか!
という言葉を期待したが、
返ってきたのは呆れ返るような発言だった。
「そんなのとっくに試したわ!
……だが残念ながら、
娘は王太子のお眼鏡に敵わなかった……」
「あー、王族は面食いだからな」
すかさずそう言って、レオナルドは笑った。
フィオナとジェラルドに教育的指導を何度受けても
彼の暴言は変わらない。
ジャクソン伯爵はムッとしたが、
本来の目的を思い出して説得に入る。
「殿下にとっても悪くないお話だと思うが?」
「”王族は面食いだ”って言ってるだろうが。
……そんなことより、いいのか?」
「何がだ?」
ジャクソン伯爵は眉をひそめる。
「公爵家の忠実なる家臣が、
さっきまでの一部始終を魔石に記録してたぞ?」
窓の外で、ジェラルドが魔石を片手に睨んでいた。
その肩には、父に直通で飛ぶことを許されている
”霊鳥ガルーダ”が止まっていた。
私に対する数々の暴言はもちろん、
ローマンエヤール公爵家の方針に対する批判は
私の父から制裁を受ける可能性が少なくないだろう。
漫画のようにジャクソン伯爵は震えあがって叫ぶ。
「その魔石を渡せっ!」
真っ青になった伯爵は、窓へ駆け出そうとするが。
「ぐわっ!?」
バターン! と大きな音を立て、顔面から転倒してしまう。
レオナルドが補助魔法”スロウ”で、
”片膝だけ”移動速度を極限まで下げたのだ。
走り出すつもりで他の部位は動かすから、
当然バランスを崩して転倒してしまう。
その結果、鼻血を吹き出してうずくまることになる。
私は笑いを堪えつつ感心してしまった。
こんなことが、あのほんの一瞬で出来るなんて。
彼は着実に、自分の魔力を使いこなしてきているのだ。
「たとえローマンエヤール公爵が
お前の言動を許したとしても、だ」
呻き声をあげる伯爵に向かって、
レオナルドは優雅に歩いていく。
そして伯爵を見下ろして冷たく言い放つ。
「俺が絶対に許さない」
伯爵は私を見て、忌々し気に吐き捨てる。
「……”暗黒の魔女”として生きるのか? エリザベートよ。
不幸で孤独な一生を送るぞ、このままだと」
以前の私、オリジナルのエリザベートだったら動揺したかもしれない。
でも転生してきた私が、自信を持って答えることができる。
「そんなわけありませんわ。私いま、幸せですもの」
「ずーーーっと幸せでいて頂きます!
エリザベートさんが断っても強制します!」
ジェラルドの横にフィオナが立っていた。
「そうですね。王子がいる以上、彼女を不幸にはしませんし
我々がいる以上、孤独を感じることはないでしょう」
ジェラルドが温かい笑みを浮かべる。
「……こんな低俗で下劣な、救いがたい馬鹿、
とっととガウールから出てって欲しいんだけど」
ドアを開け、メアリーが入ってきながら文句を言う。
私は彼女を慰めるように言う。
「もうお帰りになるわ。
ガルーダを止めないと大変なことになるし」
すでにジェラルドの肩に、霊鳥は止まっていなかった。
それに気づいて伯爵は、あたふたとドアから出て行こうとする。
レオナルドはすれ違いざま、肩を叩いて言う。
「では、お気をつけて」
伯爵はその手を振り払って駆け出していく。
その姿を見送りながら、レオナルドがつぶやく。
「今のあいつは、ダンゴムシでも倒せるぜ」
「最弱じゃないですか、それ」
ジェラルドが苦笑いで突っ込む。
さっきの肩たたきの際、
弱体化するアビリティを山ほど付加しておいたのだ。
彼の補助魔法は、種類も能力値も数多くあるらしい。
あんな状態でガウールからロンデルシアまでの
”危険レベル最大値”の道のりを抜けられるわけはないだろう。
「さ、みんなで祈ろうぜ、あいつの冥福を!」
楽し気に叫んだレオナルドの頭を
不謹慎です! と叫びながらフィオナが錫杖で殴っている。
ジェラルドは肩をすくめて微笑み、
メアリーは私の腕にからまり、クスクス笑っている。
”暗黒の魔女”はもはや、孤独な存在ではないのだ。
両親はもしかすると、
すでに王家を見限っているかもしれない。
我が公爵家は過剰なまでに責務を果たしつつ、
常に王家と距離を置いていたではないか。
思い当たることがたくさんあり、
私は胸の鼓動が速くなる。
そんな私を無視して、ジャクソン伯爵は説得を続ける。
「公爵もそろそろ、お前の幸せも考えてくださらないとなあ?
毎日毎日任務に追われてばかりだろう。
幸せな結婚を夢見ていたんじゃないのかい?」
眉を下げ、同情するような優し気な口調で言ってくるが
間違いなく何か下心があるのだろう。
私はとりあえず適当にあしらうことにする。
「幸せな結婚など、果たすべき使命に比べれば下らぬことです」
ジャクソン伯爵は何てことを! というように首を振る。
「なんともったいないことを言うのだ。
せっかく誰より美しく生まれたというのに。
今からでも王太子妃として……」
「王族に奉仕というのであれば、
私は第3王子と婚約しておりますのでご心配なく」
私の言葉に、伯爵は露骨に嫌な顔をする。
「フン! キースの遺言か。
公爵もあの変人との約束を律儀に守ることなぞないのに」
キース・ローマンエヤール。
天才魔導士と呼ばれ、勇者のパーティの一員だった私の叔父。
その名がいきなり出て、私は驚いた。
「えっ! この婚約は……」
「知らなかったのか?
表向きは公爵の提案だが、実際はあいつが勧めたのだ」
私はそれを聞いて、心が温まった。
叔父様は、自分の親友の息子と、
姪の私を結びつけたかったのだ。
そういえば幼い頃はしょっちゅう、
私だけを連れ、人目を避けながらも
レオナルドとそのお母様の宮殿に連れていってくれた。
案の定、私たちは仲良くなったが、
それは叔父様の思う壺だったのかもしれない。
あの頃を思い出し、思わず笑みがこぼれる。
叔父様はうちの両親が困惑するほど、
私を溺愛してくださっていた。
何をしても過剰に褒め讃え、
宝石でもドレスでも剣でも、何でも与えてくれたのだ。
私も叔父様が大好きだった。
常に冷静で厳格な父とは違い、
素直に甘えられる希少な存在だったのに。
彼は王家の密命により、複数の魔獣を融合させる実験を強要され
その力を暴走させることになり、父に討たれて亡くなったのだ。
私は悔しさと悲しみを思い出し、唇をかみしめる。
叔父様の遺志というのであれば、なおさら大切にしなくては。
「レオナルド様との婚約は王家と公爵家で定められたものです。
それを覆すなど、王家に対する反逆では?」
痛いところを突かれ、一瞬ジャクソン伯爵は焦ったが
違う、違うのだ! と慌てて否定する。
「お前が王族に嫁ぐことが最善と考えてのことだ!」
「レオナルド様も王家ですが?」
私の言葉に、伯爵は馬鹿にしたように笑った。
「あんな出来損ない王子なぞ、嫁いでも大した権力は得られまい」
結局はそこか。私が王太子妃になれば、
ローマンエヤール公爵家はさらに権力を得、
その傍流であるジャクソン伯爵家にも
何かしらのおこぼれがある、と思っているのか。
私が呆れていると、伯爵はニヤリと笑った。
「あの王子には別の使い道があるのだ。
もっと利益のある使い道が」
そう言って伯爵は、さもグッドアイディアであるかのように
とんでもない提案をしてきたのだ。
「お前はあの王子と婚約破棄し、王太子妃になる。
そして彼は……私の娘の婿に迎えるのだ!
そうすれば我が家は再び、王家との繋がりを持てるからな!」
ジャクソン家には何代も前、
王家から一番末の姫を降嫁されたことがある。
かんしゃく持ちで我儘な姫だったそうで、
国内の貴族でも他国にも貰い手がなく、
やっとこの伯爵家の息子に収まった、
という経緯があったらしい。
ふたたび王家と繋がりを持つために画策したのか?
なんと愚かというか、馬鹿馬鹿しいというか。
しかし、理由はそれだけではなかった。
ジャクソン伯爵は困った笑顔を浮かべて言う。
「……それが、娘が泣きわめいてせがむんだよ。
”自分の婿にはレオナルド王子が良い!”とな。
どうやらどこかであの王子を見かけたらしい。
まあ、あの絶世の美姫の息子だ。
見た目は本当に良いからな」
「……そのような理由で婚約破棄などできません」
怒りに震える声で私が断ると、
伯爵は私に懇願するように言った。
「そう言うな。ウワサだと婚約破棄寸前なのだろう?
縁戚を助けると思って、それを受け入れてくれ。
娘は泣いて暴れて大変なのだ。
可哀そうだと思わないか?」
かんしゃく持ちで我儘な王女の血が騒ぐらしい。
私は首を横に振り、疲れた声で吐き捨てる。
「まったく思いませんが?」
ジャクソン伯爵は必死に叫んだ。
「落ち着いて考えたまえ。お前にとっても良い話ではないか。
あんな先のない王子より、
未来の王妃のようが良いに決まっておるだろう!
わが家も王家とのつながりも深められ、
皆にとって良いことづくめなのだぞ!」
自分勝手な主張をまくしたてる伯爵の勢いに、
私は呆れと怒りで、逆に笑えてきた。
皆と言いつつ、ジャクソン伯爵の利益だけではないか。
「さあ、一緒に帰ろう、エリザベート。
そしてすぐに王太子のところに行くのだ」
じりじりと私に近づいてくるので、
私は思わず後ずさってしまう。
「王太子への急な謁見は難しいと思いますが」
やっとのことで私が答えると、伯爵はニタァ、と笑う。
糸を引くような、粘質な笑い方だった。
「……昼間は、な。夜の、寝所なら問題ない」
言葉を失った私に、声をひそめて言う。
「あの王太子妃は、王太子に倦厭されている。
王太子の寝所とは別の場所で寝起きしているそうだ。
……なあ、チャンスではないか?」
王太子と王太子妃が不仲であることは、
宮中の誰もが知っていることだ。
”魔法属性が光”というだけで選ばれた娘を、
王太子は侮蔑し、冷酷な扱いをしているそうだ。
ジャクソン伯爵はニタニタ笑いながら近づいてくる。
「だから、お前が王太子をお慰めするのだ。
お前が薄着で迫れば、落ちない男はいないだろう?
王太子妃より先に子を成せば、その先は簡単に……」
私はもはや、爆発寸前だった。
私の目が燃え上がるように赤くなったのをみて、
ジャクソン伯爵はひるみ、後退した。
私が右手を上げ闇の魔法を唱える、その直前。
「黙れよ薄らハゲ。
その口にこのギドラスの牙、突っ込むぞ」
良く知る声のいつもの暴言が、客間に響いた。
そう言いながら、よっこいしょ、と窓から入ってきたのは。
黄金の髪に深いブルーの大きな瞳。
素晴らしく美しい顔は、
天使の笑顔で汚い言葉を吐いている。
私の王子はいつも、ドアからは入って来ない。
「……なんで窓から入ってくるのよ」
「外で立ち聞きしてたから、に決まってんだろ」
私の言葉に、彼は開き直った口調で答える。
そしてレオナルドは私の前に立ち、
魔法を放ちかけていた私の右手を掴む。
爽やかな笑顔と、包みこんだ手の温かさで
さっきまでの吐き気をもよおす不快感や
凍りつくような恐怖がすっかり消え去っていた。
レオナルドはダンスを踊る時のように、
掴んだ右手を引き寄せ、彼の腕の中に私を収めた。
粗暴な彼らしくないエレガントな振る舞いに、
私は思わず胸がドキドキしてしまう。
しかしその口から飛び出る言葉はいつも通りだ。
「伯爵家ともあろうものが美人局かよ。
そんなに王家とつながりが欲しけりゃ、
自分の娘を寝所に送り込めばいいじゃねえか」
誰がそんな娼婦のようなマネを娘にさせるか!
という言葉を期待したが、
返ってきたのは呆れ返るような発言だった。
「そんなのとっくに試したわ!
……だが残念ながら、
娘は王太子のお眼鏡に敵わなかった……」
「あー、王族は面食いだからな」
すかさずそう言って、レオナルドは笑った。
フィオナとジェラルドに教育的指導を何度受けても
彼の暴言は変わらない。
ジャクソン伯爵はムッとしたが、
本来の目的を思い出して説得に入る。
「殿下にとっても悪くないお話だと思うが?」
「”王族は面食いだ”って言ってるだろうが。
……そんなことより、いいのか?」
「何がだ?」
ジャクソン伯爵は眉をひそめる。
「公爵家の忠実なる家臣が、
さっきまでの一部始終を魔石に記録してたぞ?」
窓の外で、ジェラルドが魔石を片手に睨んでいた。
その肩には、父に直通で飛ぶことを許されている
”霊鳥ガルーダ”が止まっていた。
私に対する数々の暴言はもちろん、
ローマンエヤール公爵家の方針に対する批判は
私の父から制裁を受ける可能性が少なくないだろう。
漫画のようにジャクソン伯爵は震えあがって叫ぶ。
「その魔石を渡せっ!」
真っ青になった伯爵は、窓へ駆け出そうとするが。
「ぐわっ!?」
バターン! と大きな音を立て、顔面から転倒してしまう。
レオナルドが補助魔法”スロウ”で、
”片膝だけ”移動速度を極限まで下げたのだ。
走り出すつもりで他の部位は動かすから、
当然バランスを崩して転倒してしまう。
その結果、鼻血を吹き出してうずくまることになる。
私は笑いを堪えつつ感心してしまった。
こんなことが、あのほんの一瞬で出来るなんて。
彼は着実に、自分の魔力を使いこなしてきているのだ。
「たとえローマンエヤール公爵が
お前の言動を許したとしても、だ」
呻き声をあげる伯爵に向かって、
レオナルドは優雅に歩いていく。
そして伯爵を見下ろして冷たく言い放つ。
「俺が絶対に許さない」
伯爵は私を見て、忌々し気に吐き捨てる。
「……”暗黒の魔女”として生きるのか? エリザベートよ。
不幸で孤独な一生を送るぞ、このままだと」
以前の私、オリジナルのエリザベートだったら動揺したかもしれない。
でも転生してきた私が、自信を持って答えることができる。
「そんなわけありませんわ。私いま、幸せですもの」
「ずーーーっと幸せでいて頂きます!
エリザベートさんが断っても強制します!」
ジェラルドの横にフィオナが立っていた。
「そうですね。王子がいる以上、彼女を不幸にはしませんし
我々がいる以上、孤独を感じることはないでしょう」
ジェラルドが温かい笑みを浮かべる。
「……こんな低俗で下劣な、救いがたい馬鹿、
とっととガウールから出てって欲しいんだけど」
ドアを開け、メアリーが入ってきながら文句を言う。
私は彼女を慰めるように言う。
「もうお帰りになるわ。
ガルーダを止めないと大変なことになるし」
すでにジェラルドの肩に、霊鳥は止まっていなかった。
それに気づいて伯爵は、あたふたとドアから出て行こうとする。
レオナルドはすれ違いざま、肩を叩いて言う。
「では、お気をつけて」
伯爵はその手を振り払って駆け出していく。
その姿を見送りながら、レオナルドがつぶやく。
「今のあいつは、ダンゴムシでも倒せるぜ」
「最弱じゃないですか、それ」
ジェラルドが苦笑いで突っ込む。
さっきの肩たたきの際、
弱体化するアビリティを山ほど付加しておいたのだ。
彼の補助魔法は、種類も能力値も数多くあるらしい。
あんな状態でガウールからロンデルシアまでの
”危険レベル最大値”の道のりを抜けられるわけはないだろう。
「さ、みんなで祈ろうぜ、あいつの冥福を!」
楽し気に叫んだレオナルドの頭を
不謹慎です! と叫びながらフィオナが錫杖で殴っている。
ジェラルドは肩をすくめて微笑み、
メアリーは私の腕にからまり、クスクス笑っている。
”暗黒の魔女”はもはや、孤独な存在ではないのだ。
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結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
【モブ魂】~ゲームの下っ端ザコキャラに転生したオレ、知識チートで無双したらハーレムできました~なお、妹は激怒している模様
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
よくゲームとかで敵を回復するうざい敵キャラっているだろ?
――――それ、オレなんだわ……。
昔流行ったゲーム『魔剣伝説』の中で、悪事を働く辺境伯の息子……の取り巻きの一人に転生してしまったオレ。
そんなオレには、病に侵された双子の妹がいた。
妹を死なせないために、オレがとった秘策とは――――。
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