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第一章
9 両親の旅立ち
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アイレンの弟、善翔は、
このままでは長く生きられない、といわれていた。
しかし”この病気を治療できる医師が見つかった”
という知らせが入り、天満院家は大騒ぎになった。
「長年探してきたのだ。
この機会を絶対逃すわけにはいかない」
アイレンの両親はすぐに、医師のいるという、
世界最北端の町を目指すことにした。
最初は父だけが連れていくはずだったのだが
弟はまだ6歳であり、母も同行を強く願ったのだ。
「私も行きます!」
アイレンもせがんだが、両親は首を縦にふらなかった。
何故ならアイレンは、秋に華族用の女学校の入学を控えており
その前には入学試験を受けなくてはならなかったのだ。
「女学校は別に行かなくてもかまいません!
ジュアンと一緒に街の学校に通うので大丈夫です!」
アイレンは必死に懇願した。
もちろん弟が心配だからだったが、
そもそも女学校への進学を憂鬱に感じていたのもあった。
両親はアイレンだけを残していくことに不安を感じ
一緒に連れていくべきか迷った。
しかし最終的には、残していくことにしたのだ。
何より、シグネットリングの件がまだ解決していない。
調査や裁判を進める時間はないが、
素野原家の人々は現在もいろんなところで
”天満院夫妻の妨害にあっているが、
ツグロはアイレンの婚約者だ”と触れ回っている。
もちろん天満院家として情報を訂正していたが、
アイレン本人が笑顔でハッキリと否定することが
最も”火消し”の効果が高かった。
アイレンの清々しいほどの態度を見れば、
全員がすぐに”素野原家が勝手に流布している狂言か”と
気付いてくれるのだ。
「善翔の体調を考えても、
急がずに様子を見ながら、ゆっくり慎重に進む予定だ。
アイレンはこの地に残って、きちんと学び続けなさい」
「そうよ。北海の氷は堅牢な城壁だけど、
時おり向こう側から魔物が現れるというわ。
万が一危険な目に合ったら大変よ」
そんな危険な場所に行くからこそ、心配だったのだが。
しかし両親に言われ、アイレンはしぶしぶうなずいた。
そして準備を整え、旅立つ家族を見守ったのだ。
それが、彼女の運命を大きく左右することになるとも思わずに。
ーーーーーーーーーーーー
両親と弟が旅に出て、二カ月くらい経ったころ。
すでに春は終わり、季節は移り変わっていた。
いつもならリオは、移動した先から手紙をくれたのに。
「今年は1通も届かないわね。
……元気なら良いのだけど」
アイレンがつぶやく。
それを聞いたカアラはニヤリと笑い、
わざと驚いた表情で言った。
「まあっ!? アイレンのところには届いてないのお?
私には毎週のように届くけど。うふふ」
「えっ? そうなの? ……それって。
あの、何て書いてあったの?」
アイレンの驚き、動揺したような声に、
カアラは”してやったり”とほくそ笑む。
そしてわざと恥ずかしそうに両手で頬を包んで答えた。
「そんなの……恥ずかしくて言えないわ。
彼って結構、情熱的なんですもの」
実際は手紙など、今まで一度も届いたことはない。
毎年アイレンのところに手紙が来たと聞くたびに
「私にも来たわ」
と、嘘をつき続けてきたのだ。
今年ももちろん、まったく便りなど無い。
でもリオにとって”特別な女の子”は私なのだ。
絶対に、私でなければならない。
あの誰よりも美形で賢くたくましく、
武術さえ身に着けている魅力的な平民の男は
自分に対し、身分の違いに引け目を感じて
恋焦がれる気持ちを必死で抑えているのだ。
そうだ、そうに違いない。
そう思い込んでいるカアラは、
”愛のこもった恋文が毎週届く”などという嘘を
サラサラとつくことができた。
まるで、本当のことのように照れるカアラ。
しかしそれを見つめるアイレンの反応は
嫉妬や落胆などではなかった。
心配するような、何かを恐れるような。
そしてカアラに向きなおると、
彼女の両手を包み込んで言う。
「警察に行きましょう!」
「は? 急に何を言い出すの?」
眉をしかめるカアラに、アイレンは強くうなずき、
衝撃的なことを言ったのだ。
「あのね、つい昨日、郵便局長さんに会ったの
”今年はリオ君からの手紙が来ないね”って話になってね」
「……げ」
カアラはカエルのようなマヌケな声を出してしまう。
リオは平民ということもあり、
華族と違って民間の郵便を使っている。
特に南方、西方、北方の領土に移動した際には、
その手紙を警護のついた特別な配達人が運んでくるので、
郵便局の者にはすぐに”リオ君からだ”と周知されていた。
カアラはショックを受けた。
そして羞恥でめまいがしてしまう。
リオからの手紙など一通も届いていないことは
アイレンに最初からバレバレだったのだ。
しかも、それだけでなく。
アイレンは真剣な顔で続ける。
「その時にね、最近、知人の名を騙った詐欺の手紙が
出回っているって聞いたの。
古い友人とか恋人の名前で、友情とか愛を語った後、
お金の無心をするんですって」
カアラは口をあんぐりを開けていた。
……私が、詐欺にあっているマヌケだと思っているんだわ!
カアラは恥ずかしさと怒りで手を振り払ったが、
アイレンは騙されていると思い、必死に説得してくる。
「その手紙、郵便局長さんと警察の方にみせましょう!」
アイレンにそう言われ、ついにカアラは叫んだ。
「とっくに捨てたわよ!
リオからの恋文なんて、もらっても迷惑だものっ!」
それを聞き、アイレンは安心したように笑い、
やっとカアラを解放してくれたのだ。
肩で息をしながら、カアラは悔しさで顔をゆがめる。
”なんでいつも 上手くいかないの?”
他の令嬢に意地悪をしたりマウントを取る時は
間違いなく自分の思い通りに出来るのに。
どの令嬢も、妬ましい目で見てくるか、
悔し気に涙を流すかのどちらかだった。
そういった”負け犬”を眺めるのが
カアラは何よりも好きだったのだが。
”アイレンがからむと、いつも失敗するのよ。
むしろ自分が悔しい思いをすることになるんだもの!”
だからこそ、カアラは幼い頃からアイレンが嫌いだった。
負けた気がするから必死で隠してきたが
この従妹の悔しがる顔、惨めに泣く顔が見たいと願っていたのだ。
その思惑は徐々に肥大していくが、
同時にカアラの不運も増え続けていくことになる。
アイレンの隠された”能力”のために。
このままでは長く生きられない、といわれていた。
しかし”この病気を治療できる医師が見つかった”
という知らせが入り、天満院家は大騒ぎになった。
「長年探してきたのだ。
この機会を絶対逃すわけにはいかない」
アイレンの両親はすぐに、医師のいるという、
世界最北端の町を目指すことにした。
最初は父だけが連れていくはずだったのだが
弟はまだ6歳であり、母も同行を強く願ったのだ。
「私も行きます!」
アイレンもせがんだが、両親は首を縦にふらなかった。
何故ならアイレンは、秋に華族用の女学校の入学を控えており
その前には入学試験を受けなくてはならなかったのだ。
「女学校は別に行かなくてもかまいません!
ジュアンと一緒に街の学校に通うので大丈夫です!」
アイレンは必死に懇願した。
もちろん弟が心配だからだったが、
そもそも女学校への進学を憂鬱に感じていたのもあった。
両親はアイレンだけを残していくことに不安を感じ
一緒に連れていくべきか迷った。
しかし最終的には、残していくことにしたのだ。
何より、シグネットリングの件がまだ解決していない。
調査や裁判を進める時間はないが、
素野原家の人々は現在もいろんなところで
”天満院夫妻の妨害にあっているが、
ツグロはアイレンの婚約者だ”と触れ回っている。
もちろん天満院家として情報を訂正していたが、
アイレン本人が笑顔でハッキリと否定することが
最も”火消し”の効果が高かった。
アイレンの清々しいほどの態度を見れば、
全員がすぐに”素野原家が勝手に流布している狂言か”と
気付いてくれるのだ。
「善翔の体調を考えても、
急がずに様子を見ながら、ゆっくり慎重に進む予定だ。
アイレンはこの地に残って、きちんと学び続けなさい」
「そうよ。北海の氷は堅牢な城壁だけど、
時おり向こう側から魔物が現れるというわ。
万が一危険な目に合ったら大変よ」
そんな危険な場所に行くからこそ、心配だったのだが。
しかし両親に言われ、アイレンはしぶしぶうなずいた。
そして準備を整え、旅立つ家族を見守ったのだ。
それが、彼女の運命を大きく左右することになるとも思わずに。
ーーーーーーーーーーーー
両親と弟が旅に出て、二カ月くらい経ったころ。
すでに春は終わり、季節は移り変わっていた。
いつもならリオは、移動した先から手紙をくれたのに。
「今年は1通も届かないわね。
……元気なら良いのだけど」
アイレンがつぶやく。
それを聞いたカアラはニヤリと笑い、
わざと驚いた表情で言った。
「まあっ!? アイレンのところには届いてないのお?
私には毎週のように届くけど。うふふ」
「えっ? そうなの? ……それって。
あの、何て書いてあったの?」
アイレンの驚き、動揺したような声に、
カアラは”してやったり”とほくそ笑む。
そしてわざと恥ずかしそうに両手で頬を包んで答えた。
「そんなの……恥ずかしくて言えないわ。
彼って結構、情熱的なんですもの」
実際は手紙など、今まで一度も届いたことはない。
毎年アイレンのところに手紙が来たと聞くたびに
「私にも来たわ」
と、嘘をつき続けてきたのだ。
今年ももちろん、まったく便りなど無い。
でもリオにとって”特別な女の子”は私なのだ。
絶対に、私でなければならない。
あの誰よりも美形で賢くたくましく、
武術さえ身に着けている魅力的な平民の男は
自分に対し、身分の違いに引け目を感じて
恋焦がれる気持ちを必死で抑えているのだ。
そうだ、そうに違いない。
そう思い込んでいるカアラは、
”愛のこもった恋文が毎週届く”などという嘘を
サラサラとつくことができた。
まるで、本当のことのように照れるカアラ。
しかしそれを見つめるアイレンの反応は
嫉妬や落胆などではなかった。
心配するような、何かを恐れるような。
そしてカアラに向きなおると、
彼女の両手を包み込んで言う。
「警察に行きましょう!」
「は? 急に何を言い出すの?」
眉をしかめるカアラに、アイレンは強くうなずき、
衝撃的なことを言ったのだ。
「あのね、つい昨日、郵便局長さんに会ったの
”今年はリオ君からの手紙が来ないね”って話になってね」
「……げ」
カアラはカエルのようなマヌケな声を出してしまう。
リオは平民ということもあり、
華族と違って民間の郵便を使っている。
特に南方、西方、北方の領土に移動した際には、
その手紙を警護のついた特別な配達人が運んでくるので、
郵便局の者にはすぐに”リオ君からだ”と周知されていた。
カアラはショックを受けた。
そして羞恥でめまいがしてしまう。
リオからの手紙など一通も届いていないことは
アイレンに最初からバレバレだったのだ。
しかも、それだけでなく。
アイレンは真剣な顔で続ける。
「その時にね、最近、知人の名を騙った詐欺の手紙が
出回っているって聞いたの。
古い友人とか恋人の名前で、友情とか愛を語った後、
お金の無心をするんですって」
カアラは口をあんぐりを開けていた。
……私が、詐欺にあっているマヌケだと思っているんだわ!
カアラは恥ずかしさと怒りで手を振り払ったが、
アイレンは騙されていると思い、必死に説得してくる。
「その手紙、郵便局長さんと警察の方にみせましょう!」
アイレンにそう言われ、ついにカアラは叫んだ。
「とっくに捨てたわよ!
リオからの恋文なんて、もらっても迷惑だものっ!」
それを聞き、アイレンは安心したように笑い、
やっとカアラを解放してくれたのだ。
肩で息をしながら、カアラは悔しさで顔をゆがめる。
”なんでいつも 上手くいかないの?”
他の令嬢に意地悪をしたりマウントを取る時は
間違いなく自分の思い通りに出来るのに。
どの令嬢も、妬ましい目で見てくるか、
悔し気に涙を流すかのどちらかだった。
そういった”負け犬”を眺めるのが
カアラは何よりも好きだったのだが。
”アイレンがからむと、いつも失敗するのよ。
むしろ自分が悔しい思いをすることになるんだもの!”
だからこそ、カアラは幼い頃からアイレンが嫌いだった。
負けた気がするから必死で隠してきたが
この従妹の悔しがる顔、惨めに泣く顔が見たいと願っていたのだ。
その思惑は徐々に肥大していくが、
同時にカアラの不運も増え続けていくことになる。
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