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【第二話・ギクシャク温泉旅行①】
しおりを挟む「陽葵さん、これどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
咲名は、透夜から差し出されたお茶を受け取る。
今、咲名と透夜と舞は、春の運転する車で、とある旅館へと出向いている所だった。
必然的に、運転手の春の隣には妹の舞が座り、後部座席には咲名と透夜が並ぶ形になる。
三連休を利用して一泊二日で、春が計画してくれた旅行。
咲名は、チラッと隣の透夜を伺い見る。
クラスで一緒の時は、咲名の「一緒にバイトしてる事、学校では内緒にして頂きたいんです」と言うお願いを聞き入れ、今まで通り、挨拶程度の浅い付き合いをしてくれている透夜だが、バイト中は異なる。
因みに舞も、咲名の秘密を公言しないでくれている。
バイト中、透夜は常に優しい。
笑顔も沢山、咲名へと向く。
ただそれはーーーー特別だから、ではない事を、咲名は知っている。
透夜は何事も器用にこなす。
バイト中、お客様の世間話に付き合うのもとても上手に全うする。
世渡り上手なその作法を目の当たりにする度「やっぱり、あの人なんだな」と咲名は改めて思わされる。
前世の透夜は、本当に優秀な忍者だった。
それは、忍術や体術だけではなく、処世術や話術も含めてだ。
基本、無愛想でクールな透夜だったが、相手が望む言葉や対応を取るのが非常に優れていた。
前世の透夜曰く、面倒毎は避けるには、ご機嫌取りをするのが一番楽の手法だ、との事だった。
バイトの時の透夜が、咲名に親切にする理由も、おそらくそれと違わないのだろう。
そして咲名は、嫌な記憶までも同時に思い出してしまう。
透夜の人の心を虜にする作法は、多方面の女性陣からも人気を博し、夜のお誘いが絶えず掛かっていたなと。
「あのさ陽葵さん、お願いがあるんだけど」
「何です?」
「下の名前で呼ばせて貰えないかな?」
「・・・」
「嫌?」
「嫌、では、ないですけど」
「良かった。咲名って響き可愛いから、そう呼びたかったんだ」
今の透夜はよく「可愛い」と言う言葉を咲名へと使う。
社交性の賛辞を、易々と自分に向けないで欲しい、と咲名は思う。
透夜に優しい対応される度、恥ずかしさで沸騰する感情が芽吹く。
だけどそれと同時に、嫌煙されている様で、物寂しい気持ちに苛まれ、泣いてしまいそうにもなる。
「抜け駆けはずるいんじゃないかな、透夜。私も陽葵さんの事、名前で呼びたいのに。私も呼んでいいかな?」
前の席から顔を出し訪ねてくる舞に、咲名はただコクコクと頷く。
バイト先に、よく手伝いがてら遊びに来る舞。
顔を合わせる機会が増えたが、舞との対峙も、咲名は今だ慣れずじまいだ。
油断して気を緩めると、前世の職業病で、舞に尻尾を振り、付いて行きたくなる衝動を起こしてしまう。
*****
「長旅、疲れたでしょ。夜まで自由時間にしようか。温泉もあるから、好きに入って来ていいからね」
春が用意してくれた部屋は、ふすまで一つを二つに区切れる、歴史を感じられる古風な広い客室。
「咲名ちゃん、一緒に温泉いこ」
「あ、はい」
学校では大人びた落ち着いた雰囲気のある舞。
でも今は、主人であった頃の、舞姫様を彷彿させる眩しい笑顔と弾んだ口調で咲名と話す。
咲名にはそれが、懐かしく思え嬉しくあった。
「・・・咲名ちゃん、背中に」
「え?あぁ、生まれ付きなんです」
温泉の脱衣場で、舞が少し躊躇いがちに咲名へと問う。
咲名の背中には、うっすらと白い斜め線の跡が生まれ付きある。
前世の記憶が戻り、この跡の理由も咲名は知った。
若輩忍者の自分が、舞姫様を守れきれた確かな証。
「痛かったよね」
「生まれ付きですから、痛みなんて最初からないですよ」
事も無さげに笑って言う咲名に、舞も戸惑いつつも小さな笑みを返す。
*****
温泉から上がり、旅館の衣を纏いながら、咲名は一人であちらこちらお土産コーナーなど見て回っていた。
ある所で足が止まる。
時代を遡ったかのような大きな松の木がある立派な庭園、池もあり鯉が泳いでいる。
感嘆する程、見応えのある景色。
「あっ」思わず小さく声が漏れる。
後ろ姿ではあるが、池に掛かっている橋の上で佇んでいるのは確かに透夜と舞の二人だと分かる。
改めて、絵になる二人だなっと咲名は思う。
今世も二人一緒に居てくれる事が、咲名には本当に嬉しくて仕方ない。
だけど、少しだけ見えた舞の横顔に咲名はドキリと焦る。
ーーーー泣いている?
今すぐ駆け寄って、抱き締めたくなる。
だけど、透夜が横に居るのなら、彼女を労り慰めるのは彼の役目だ、今も昔も。
咲名は二人の邪魔にならない様に、そっとその場から離れようとした。
が・・・。
「咲名」
透夜が突然振り返り、名を呼ぶ。
それに釣られ、舞も踵を返し咲名へと振り返る。
さっきの寂しげな泣き顔は見間違えだったのか、舞の明るい笑顔が咲名へと向く。
「咲名ちゃん、鯉に一緒に餌やろ。結構、鯉の迫力に圧倒されて怖くて面白いよ」
前世の主人に誘われたら、咲名は断れない。
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