黄昏のグリマー

ビバリー・コーエン

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3章

第14話 黒と白の逃亡

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「魔力よ……地に溶け混(こん)ぜよ……立ち昇れ! ソル・ギガス・ウォール!!」
 突然地面が盛り上がり、地中から伸び出た土の壁が、僕の四方を囲む。
 土壁は、僕の髪を掴んでいたラミールを、立ち昇るその衝撃で後方に吹き飛ばし、また、モルドリヒの斬撃を防ぐ、規格外の盾ともなった。
 役目を果たした土壁は、せり上がるにつれ形を崩し、徐々に砕けていく。
「うおおおぉぉぉ!!」
 馬の蹄の音を共にして、遠くから男の叫び声が近づいて来た。
 馬の上に男の姿が見える。端正な顔に微妙に似合わない無精髭を載せた男が、剣を片手にしていた。

 ――え!? ハント…さん?

 ゴブリンを蹴散らしながら、馬は僕の横を駆け抜けるようなラインを一直線に走ってくる。そして、ハントさんの背後で馬に跨る薄い桃色の髪を揺らす美少女が、白い手を僕に向かって伸ばしていた
「掴まって! カドー!!」
 僕は見間違いようもない美しい少女の白い手を握り、勢い、馬の背へと跳躍する。

「ガルミアぁぁぁ!!!」
「させるかぁぁぁ!!!」
「逃さないわぁぁぁ!!!」
 最初にアデルさんの叫ぶ声が響き、続いてモルドリヒとラミールの声が重なる。
 アデルさんは駆ける馬の正面から突進し、大きく跳ねると、馬の鼻先を踏み台のようにして、ハントさんに体ごとぶつかっていった。
 その衝撃に耐えられるはずもなく、ハントさんを最初にして、アーシェも僕も馬から地面へと転がり落ちてしまった。

「よくやった、アデル! カドーを……奴を……罪過の子を捕らえよ!!」
 そんなモルドリヒの命が飛んだけれど、一緒に地面に転げ落ちたアデルさんは、間を置かずに起き上がり、ずかずかと、ハントさんの元へと大股に歩いていく
「ガァァァルゥゥゥミィィィアァァァ!」
 アデルさんは、ハントさんの襟元を掴んで無理やりに立ち上がらせた
「生きとったんか! ホンマに生きとったんやな!? ガルミア……ガルミア・ハイルヘル!!」、
 アデルさんが前後にぐいぐいと、ハントさんを揺らしている
「あ、アデル……頼む、離してくれ……!」
「よう生きとったで、ホンマ。ワイがどんだけ探したと思ってんねん!!」
「すまなない……分かっているから……取り敢えず離してくれ……!」
「いいぞっ! そのまま離すな! アデルッ!!」
 いつのまに駆けてきたのか、モルドリヒの振り下ろす剣が、ハントさんを背後から襲おうとしていた

 キンッ!!

 ハントさんを横に投げやり、自らの剣を盾として、アデルさんがモルドリヒの剣撃を防ぐ。甲高い音が短く響いた
「なにすんねや……大将!!」
「アデル……貴様ぁ……!」
「大将、コイツは罪過の子でもなんでもあらへん。ワイの同僚やで!?」
「だが、罪過の子の逃亡を助けようとしていたではないか!」
「そ……らそうやな。なんでや? ガルミア」
「この場で説明するには時が足りん。とにかく私を守れ、アデル!」
「な、なんでやねん!!」
「頼んだぞ……」
 ハントさん、いや、ガルミアさんはそう言うと、モルドリヒに背を向けて、僕とアーシェの方に向かって駆け出した
「ふざけるな! 貴様! 俺に背を向けて、一体どういうつもりだ!」
 激昂したモルドリヒが、ガルミアの背に剣を向けるけれど、それは簡単にアデルさんによって弾かれてしまった
「すんません、大将……。ワイの同僚を殺されるわけにはいかんねや」
「ほほぅ。叛逆……と考えて良いのだな? アデルよ」
「いやいや、そんなつもりはあらへんで! ガルミア、この貸しは高く付くでぇホンマ……」

 ガルミアさんがアーシェを抱き起こして馬に乗せる。続いて僕もアーシェを背中から抱きしめるように馬に跨った。最後にガルミアさんがアーシェを背にして馬に乗って手綱を握るけれど、見渡してみれば、馬を進める場所が見当たらないのだ
「クソッ! 取り囲まれたか……」
 騒ぎを聞きつけた魔物が続々と集結してきていて、肉の壁が四方に築かれていたのだ。
 まずいな、この壁を突破して森を抜けるのは至難の業だぞ
「カドー君、こっちだ!!」
 声がした方を見ると、モルドリヒとアデルさん以外の奇襲部隊の騎士たちが、魔物の壁を崩しに掛かっている
「バーニーさん!? どうして……」
「聞くなよ。 俺にだってよく分からないんだからさ……いいから行けぇぇぇ!!」
 バーニーさんと目線を交わし、こくりと頷いたガルミアさんは馬に気合を入れ、崩れようとしている魔物の壁の隙間に向かって駆け出したけれど、さらなる邪魔者が僕たちの前に立ち塞がっていた
「逃がすわけないじゃな、い」
 ヴァンパイアのラミールだ。
 ラミールは、余裕のある表情で、ゆっくりと僕らに向かって歩を進めてくる。
 何一つ武器を持っていないことが、逆に恐ろしいと感じた。
 魔法か、催眠術か、幻術か……恐らく精神支配を得意とするだろう女の表情が、冷笑に歪んだような気がした
「カドー、あの女の人も魔物……なの?」
 アーシェが前を向いたまま聞いてくる
「うん。ラミールって名前のヴァンパイアだ」
「ヴァンパイア……ね。わかったわ、任せて! 魔力よ……地に、空に依りて水となれ……マガル・リヴィール!!」
 突然、目の前に豪雨に増水した河のような激流が生じて、ラミールに襲いかかる
「み、みずぅぅぅ!!」
 ラミールは体を溶かし、蝙蝠に変じて激流から逃れようとしたが、敢え無く水に飲まれると、べチャリと地に堕ちてピクピクと痙攣するだけで、それ以上動かなくなってしまった
「やった! ヴァンパイアはね、水か苦手なんだって」
「ど、どうしてそんな事知っているの? アーシェ」
「もちろん、本に書いてあったの!」
 アーシェが作り出した激流は、そのままバーニーさんたちが崩しに掛かっていた魔物の壁に穴を開けるように流れていく。
 僕らは水の流れに沿うように馬を走らせ、なんとかこの窮地から抜け出すことに成功したのだった。

 ***

 ガルミアさんに進む道を示しながら、僕はプルタンの森の中を馬に揺られていた。
 馬が向かう先は、ウラノス山の麓だった
「ガルミアさん、どうしてウラノスに?」
「ガルミアか……お前は知っているのだな? 私のことを」
「ねぇお父さん『ガルミア』ってどういうこと?」
「それについてはあとで話すよ、アーシェ。ウラノスに行く理由は、ただの消去法だな」
「どういうことです?」
「まず、南には進めん。まぁ、すぐに追いつかれることも無いだろうが、今やヴァイハルトもイリスも『敵』になったと思ったほうがいい」
「そ……うですね。僕は罪過の子ですから」
「そうだ。そしてアーシェもまた、罪過の子なのだ」
 南に森を抜ければまず、マラブの村がある。つまり『イリス・ヴァイハルト連合軍』が、対魔物軍への防衛線を張っている場所だ。そこはイリス大公国の一部であって、さらに南方に進めばヴァイハルト皇国となっているのだから、確かに逃げるには適していない方角だと、僕も思った
「東に行けばデイヴァ方国、西に行けばライネイヤ共和国だ。いずれにせよ、そのどちらかに逃げることになるだろうが、何の準備も無く行ける場所ではない。まずは備えが必要だ」
「確かに、辿り着く前に馬が潰れますもんね……」
「ウラノスの麓の、連合軍が放棄した拠点には物資が残っているはずだ。まずはそこで準備を整える」
「わかりました!」
 そういえばドワーフ族はどうしているのだろう?
 僕はリース・アーズメンの顔を、なんとなく思い出していた。
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