薄氷の上で燃える

なとみ

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第二章 ナターナ領

奇遇-③

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「これは、子どもの足では、無理だな……」
「それでも、ナターナの村の子どもはここまで水を汲みにくる。一日がそれで終わることもある」
「……そうか」

 自分がどれほど甘やかされて生きてきたか。それをまた思い知らされながら、シアーラはなんとか足を動かした。空腹で体力が落ちているというのもあるが、シアーラですら息が上がる起伏のある道だ。何よりリンゼイの歩みが早い。この道を何度も行き来したことのあるような、迷いのない足取りだった。
 シアーラの馬はここに来た時点でヤリスに預けていたため、簡単には使えない。リンゼイは決してそうではないのだが、自分の馬を休ませる必要があると言って、同じくその足でシアーラに付き合っていた。

「川の水を引ければいいんだがな……」
「お前は相変わらずめでたいな」

 シアーラは振り返りもしないリンゼイの背中を睨んだが、その通りだとは重々分かっていた。ランベルートとサリスタンは、政権を握るローゼンタールに目の敵にされているバルドバとの関わりを徹底して避けている。普通に考えて、力を借りることは難しい。

「川だ……!!」

 岩地を抜けせせらぎの音が聞こえてくると、声に喜びが混じるのを抑えきれなかった。とうとう水の煌めきが目に入った時には、もはやシアーラに、その水が安全かどうか確かめる余裕はなかった。

「一気に飲むなよ」
「分かってる」

 水や食物を断った身体に一気にそれを補給する行為は、身体を驚かせ、それが逆に命を脅かすこともある。なんとか衝動を抑えて数口だけ水を口にしたシアーラは、渇いた砂漠に染み渡るように身体中が生き返るのを感じていた。間違いなく、今まで飲んだ中で一番美味しい水だ。
 樽に水を汲み、行路と同じようにリンゼイがそれをもう一度背負おうとするのが見え、一瞬逡巡したシアーラはそれを止めた。

「待ってくれ。リンゼイ、すまない。もう一つ頼みがある」
「……なんだ」
「水を浴びたいんだが、見張りを頼めないか?」
「は」

 リンゼイの顔から表情が抜け落ちた。

「こちらに来てから身体を清めてない。ずいぶん臭っただろう。すぐだから、すまない、少しだけ待っていてくれ」
「おい、ちょ……っ」

 珍しく慌てた声が聞こえたが、シアーラはお構いなしに川に近付き、ぽいぽいと服を脱いだ。汗と皮脂、それに土汚れでベタついて、嫌な臭いが身体にずっと纏わりついていたのだが、気持ちの上でも身体の上でも、それを気にする余裕がなかった。
 リンゼイを全面的に信用しているわけではない。だが、自分に手を出そうというのであれば、それがどんな意味にしろ、あの牢屋に訪れた時点でそうしているだろうと思ったのだ。
 シアーラは裸になって川に足を踏み入れた。
 シアーラが水を浴びる小さな音が、少しの間辺りに響いていた。





 服を着て戻ると、機嫌の悪そうな目がシアーラをじろりと横目で見た。

「本当にすまない、急いだんだが」
「……さっさと髪を結べ」
「乾かないんだ。歩いているうちに乾くかと思ってるんだが」
「……切れよ」
「結んだほうが顔にかからなくて便利なんだ。……って、おい、いったい何に怒ってるんだ」

 リンゼイはシアーラのほうを良く見もせずにさっさと歩き出してしまった。行きよりも遠慮なく足をずかずかと進めるリンゼイを、シアーラは慌てて追いかけていった。
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