薄氷の上で燃える

なとみ

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第二章 ナターナ領

決別-③

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 ナターナ領北側の岩地。領地の中でも錆色の土と岩地がほとんどを占め、かつ高い岩山も多いため土地を切り開くことも容易ではない。領民が生きる上でなんの利用価値もないが、商人も旅人も通らないその場所は、周りに知られたくない何かを行うのにどこよりも適している。
 奪ってきた馬を引いて荒れた岩の間を進んでいたシアーラは、ぴくりと反応して足を止めた。同じく拝借してきた剣を、音も立てずに抜く。

「シアーラ」

 岩の影から現れた男を見て、シアーラは安堵で息を吐いた。

「フリード……来てくれたのか。よくここまで無事で……!」
「お前の地図のおかげだ。監視を上手く避けることができた」

 潜めた声を交わし合う。フリードは疲れた顔をしていたが、シアーラはその見慣れた顔につい笑顔が溢れてしまった。シアーラのその表情を確認してフリードは一瞬だけ目を細めると、いつもの無表情に戻って剣を鞘に収めた。隣にいるもう一人の男に目を遣る。

「近衛兵のクラークソンだ。現場の確認に同行してもらった」

 紹介された警戒心の強そうな男がシアーラを値踏みするような視線で見てくる。それを気にせず形だけの握手を交わし、シアーラは表情を引き締めた。誰も来てくれないことも考えられた。その中で彼らが来てくれたことに感謝すべきだ。だが、たった二人。
 少なすぎる。
 シアーラは眉を寄せた。

「シアーラ、よくやった」
「……フリード」
「王弟の名で国境からナターナに大量に荷が運ばれた形跡があった。最近民衆の暴動が起きたメルティンス家に探りを入れたところ、隣国の武器商人から接触があったと口を割った。ほぼ確実だと俺は思う。だが、明確な証拠がないのと城の状況もあって、俺たちが来るのが精一杯だった」
「そうか。いや、誰も来ないことも覚悟していた。だから……」
「隠さなくていい。残念だが、この人数では取り引きの阻止は不可能だ。今回は確認にとどめる。お前のあとにも多くの兵士が王宮を追い出されて、正直、護衛の手も十分ではないんだ。早く戻らなければならない」
「そうか……」
「がっかりするな。こちらも陛下の不安に付け込むような形になったが、死の商人の尻尾を掴めたのはお手柄だと認めてくださった。信用できる人間は呼び戻せと言われている。お前は、王都へ戻れる」
「嬉しいが……フリード」

 近衛兵が目の前にいるというのに歯に衣を着せない物言いをするフリードにシアーラが戸惑った様子を見せると、クラークソンは苦い表情のまま言った。

「……安心しろ。もう表面上の言葉で繕っている場合ではないからな」

 しばらく帰らない間に、王宮内での力関係に明らかに変化があったことを感じる物言いだった。

 王都へ戻れる。

 嬉しい気持ちがないと言えば嘘になる。振り出しに戻るどころか、より厚い信頼を勝ち取って帰ることができる。だがシアーラの心は決して晴れやかなものではなかった。
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