薄氷の上で燃える

第四章 逃亡の道

狡知-①

　シアーラの質問に、リンゼイは淡々と答えた。

「間者を疑っての問いか？　確かにローゼンタールに潜んでいたと考えるのは妥当だが、残念だがあの日、俺たちはいなかった兵士をわざわざ確認などしていない。下された命令は一つ――ローゼンタールの兵士を、誰一人生きて城から出さないということだ」

　予想はしていたつもりだったが、残酷な現実を受け止めるには、シアーラの精神は健全すぎた。よろめきそうになるのに耐え、せり上がってくるものを抑えて再び口を開く。

「ある男の亡骸があったか……知りたい」

　シアーラは絞り出した声で、その名前を告げた。
　男は記憶を巡らせるように目を細める。そしてすぐに、ぴくりと眉を動かした。心当たりがあるという表情だ。

「……いたな」
「それは、……死体を確認したということか」
「確認した。顔を覚えていたからな」
「……そうか。もし間者だったのなら、生き延びていると思ったんだ。死んでいるなら、もう……」

　見当が外れ、がっかりして見せた。だが、本心ではほっとしていた。昔から知る人間を疑うことなどしたくない。しかし、リンゼイからの答えはそこでは終わらなかった。

「いや……気になる点がある。顔がひどく殴られ鬱血していて、辛うじて残った顔つきと衣類でそう判断しただけだ」
「……それの、どこが」
「俺たちは決してお前らのようにお行儀のよい兵士ではない。略奪に近いことを行う治安の良くない部隊もある。だが、そいつらですらあの日の重要性はよく分かっていた。スピードが最優先、先鋒は致命傷を与えて無力化し、後続は生存者へとどめを刺すだけでよかった。あえてそのような、時間のかかる殺し方をする必要はない」

　シアーラは低く呻いた。リンゼイはまるで、これまで口には出さなかった自らの残酷性を自分に突きつけているように思える。脳裏に浮かぶ絶望の光景を振り払うように首を振った。

「別の人間の、死体だったかもしれないということか」
「……あるいは」
「確かめたい」
「もし本当にそいつが記録番と繋がっているなら、協力できる兵士を集めてからだ。ヤリスと交渉する。明日、時間をとれ」

　その言葉を聞いて、シアーラの動きが一瞬止まった。男の目をじっと見つめる。

「……分かった」

　その返事に、男は黙って頷いた。