薄氷の上で燃える

なとみ

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第四章 逃亡の道

保たれた信念-②

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 頼む。

 シアーラの悲壮な表情を見て、リンゼイは残念そうにも呆れたようにも見える顔をした。少しの間があり――視線を逸らし、落ちた自分の服に手を伸ばした。

 空気が変わる。
 シアーラはほっと息を吐いた。

――このまま、男と女として、ただれた関係になるわけにはいかない。

 つい先ほどまで快楽に染まっていたくせに、本当に今さらだ。
 そう分かってはいても、立て直すのは早いほうがいい。警戒心を思い出した猫のように、引き寄せたシーツを身体の前で抱き締めて、リンゼイが服を着るのをじっと見ていた。
 男がシャツに首を通し、あらわになっていた筋肉質な体躯が隠れる。ほっとしたのも束の間、なぜか見えなくなったことで、気だるげな男が発する色気から、より一層目が離せなくなった。ナターナの兵服を羽織り、筋張った指が首もとのボタンを留めている。シアーラはその仕草の全てに釘付けになった。

「……また襲われたくないなら、そんな目で見るな」
「……ッ」

 シアーラは自分も服を拾おうと慌てて手を伸ばした。だが、服には届かないし自分の身体も隠しておきたいしで、ぶんぶんとまぬけに腕を振る形になる。
 男はそんなシアーラの姿を見てまた溜め息を吐いて、ひょいとベッドから降りると、ぽいぽいと服を投げて寄越した。

「ありが……、いや、も、もういいだろ……、出て行ってくれ……」

 礼を言いかけたシアーラはそれを途中でやめ、服と下着抱き締めながらおそるおそる言った。
 リンゼイは明らかに含むところがある視線を返したあと、ぎしりと音を立ててこちらに身体を傾けた。腕が素早く伸びてくる。抵抗する間もなく、ぐいと頭を引き寄せられた。

「……ん……っ」

 束の間、触れた唇はすぐに離れた。
 また観察する目がしばらくシアーラを見つめ、だが、再びため息をついたリンゼイはベッドから降り、そのまま何も言わずに部屋を出ていった。
 驚くほどあっさりとした終わりだった。シアーラは弾かれたようにベッドから下り、扉に飛びついた。汗で滑る指でやっと鍵をかけ、もはや意味がないと分かっていたが、体重をかけて箪笥を扉の前に戻す。
 そうして、そこに背中を預け、ずるずると床にへたりこんだ。

(……やってしまった)

 実際には、二度目だ。だが前回とは違う。男を受け入れて、感じて、求めた――。
 服に顔を埋め、また呻き声を上げた。

 きっと、聞こえてしまっている。女になって喘いだ自分の声が、ファイネッテにも。
 いったいこれから彼女に、どういう顔を見せればいいのか。
 相手はほんの少女だというのに、恐ろしい。

 そして、リンゼイとの関係。
 このまま、単純な男と女の関係に溺れるわけにはいかない。あの男がどういう気持ちでいようとも、忘れてはならないことがある。

 暗い部屋の隅に目をやり、ぶるりと震えた。
 そこかしこからシアーラを見ているのは、死んだ仲間たちの目だ。

 忘れるのか、この無念。
 意味のない死にするつもりか。
 そう問いかけてくる目。

 自分を抱き締めた。
 その通りだ。
 裏に別の誰かの策略があったのかもしれないが、それでも、バルドバの兵士は仲間たちを殺した。全て忘れて、甘い沼に沈むことは、ありえない。

――死んだ仲間の目

 何度も反芻したその光景が脳裏に浮かび、重く暗い思考に沈みそうになったシアーラは、そこでガバッと顔を上げた。

「そうだ……どうして、気づかなかったんだ……」 

***

 翌日、きっちりと兵服を着込みリンゼイの部屋を尋ねたシアーラは、おもむろに言った。

「お前は、仲間たちを殺めた」
「……ああ」
「否定はしないんだな」
「しない」

 この男の協力を得て生き延びるのが最優先だと自分に言い聞かせて、ずっと頭の隅に追いやっていたことだ。はっきりと肯定され、目頭がつんとなった。どんなに心と身体が近づいたような気になっても、それは幻想だ。

「私たちの間の溝は深い。それが埋まることは、永遠にない」

 男は黙ったままだ。シアーラはそのまま続けた。

「だから、昨日のあれは、忘れてくれ」
「忘れられるわけがないだろう」
「……!」

 吐き捨てるように言った男が、嘲笑を見せた。

「今も思い出してるよ。お前が髪振り乱して嫌がりながらイッてる顔も、気持ちいい気持ちいいってかわいい声出しながらキスしてきたことも」
「――……っ」

 自分でも覚えていない情交の一部を揶揄されて、カッと顔が熱くなり心臓が変なリズムを刻む。だがシアーラは踏み留まろうとするように首を振った。

「忘れてくれ」

 忌々しそうな顔が見えたが、無視をして続けた。

「話を戻す。誰を殺したかは聞かない」

 今は、断罪の時ではない。

「私が知りたいのは、そこにいなかった・・・・・人間だ」
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