薄氷の上で燃える

なとみ

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第五章 秘密

真実-②

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 祖父に『ローゼンタールに良い駒はいないか』と尋ねられたとき、ニールは、王女のそばに一番近い人間であり、数少ない女兵士で周りから孤立しやすいという理由で、シアーラの名を挙げた。
 祖父がシアーラを詳しく調べたとき、彼女の愚直で目的を見失わない姿がかつての四人を思い出させ、警戒し消し去ろうとすると分かってのことだった。
 だが、彼女がローゼンタールの仲間の兵士はともかく、バルドバの、しかもリンゼイに心を許すことは誤算だった。さらに、切るものは残酷なほどあっさり切り捨てるリンゼイが、ここまで彼女に協力するとは。

 だが、そこまで思い返し、ニールは不意に思った。

 ――本当にそうだっただろうか。

 シアーラの顔を見る。
 彼女は血の気のない顔のまま、激昂するでもなく悲しみに沈むでもなく、ただ静かに話を聞いている。
 口から、自然と言葉が漏れた。

「これまで何人も、記録番候補は自害している。……俺の父も」

 勝手に自分の口が話し出した感覚だった。
 幼少期のニールは、それまで記録番というものに疑問など感じてこなかった。父も同じく、使命を胸に刻み、その瞳は未来を見据えていた。だが、ある時からその目は光を失い、――おそらくそれは、この地下を知ってのことだったのだろう――屋敷の最も高い部屋から飛び降り、自ら命を絶った。
 その事件を機に、ニールには最初から、この地下の記録も全て伝えられることになった。

 もう改めてそのときの悲しみを思い出せるほど子どもではない。それに自分だけではなく、この国の子どもなら誰でも、生き抜くための後ろ暗さを多少は知っているはずだ。

 ――だが、そうして生きてきて、ローゼンタールの仲間たちに囲まれ、シアーラとも出会い、考えなかったか。
 シアーラなら、ともに考えてくれるのではと期待しなかっただろうか。真っ直ぐに進み、もがくなかで、辿り着く可能性もあると。
 陰謀により形作られる歴史の中で、ただ搾取され散っていく崇高な者たち。その人間に運命の手綱を握らせればどうなるのか、知りたくならなかったか。
 目を伏せたニールに、シアーラは眉を寄せた。

「そうか。私の知っているお前の父は、……実の親ではないのか」

 自身が外側に向ける顔は、全て偽り。
 それに耐えられなければ、記録を守ることなどできるはずがない。

「よく今まで……」

 シアーラはそこで言葉を途絶えさせ、顔を上げた。

「お前は、これからもそれに耐え、どちらの記録も守っていきたいと思っているんだな?」
「……ああ、そうするしか、ない」

 淀みのない目がニールを射ぬいた。

「そのしがらみから、解放されたくはないか?」

 ニールは微笑む。苦しく歪んだ笑みだった。

「安易な誘惑はやめるんだな。俺が申し出たとして、与えられるのは拷問か? 晒し者になって処刑か? これまでの先祖の行為のぶん、俺が罪を背負えというのか? 阿呆らしい」
「罪だと認識しているんじゃないか。現記録番とはずいぶん、考え方が違うようだな」
「挑発しても無駄だ」
「お前には生きてもらう。そして、新しい記録のあり方をともに考えてもらいたい」
「いったい、なんの権限で……」
「王女が恩赦を与えられる」
「まさか。そんな力、もうそいつにはない」
「持てるんだよ」

 ぴくりと眉を動かしたニールに、シアーラは続ける。

「四家の共同政権を打ち建てる」
「まさか」
「ランベルートとサリスタンに、王女の名で使者を送った」

 ニールは顔を歪めた。そんな情報は入ってきていない。配置している者たちは何をしているんだ。そう思う気持ちとともに、心に差し込む、希望の光。

――今ならまだ、間に合う。

 そこまで考えたところで、ニールは眉を寄せた。

――何か、おかしい。

「シアーラ、お前……」
「どうした」

 優しく微笑む彼女の表情を見て、ニールは確信を持った。

「何か……何か使ったな」
「何を言ってるんだ」

 この酩酊感、心地よさで包まれ、相手に身をゆだねたくなる、この感覚。
 ぼんやりとする意識の中で、ニールは思い出した。
 それは、麻薬の一種。

 ――通称、真実薬。

「リンゼイ……! ファイネッテ様と、外へ……!」

 ニールの表情の変化を待たず、シアーラは言った。だが、遅かった。

「残念だったな」

 ニールの顔が歪み、叫ぶように言った。

「さっきのは俺の気持ちなどではない! やれ‼」

 その声とほぼ同時に、彼らに轟音と爆風が襲いかかった。 
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