134 / 142
第五章 秘密
真実-①
しおりを挟む「ニール……やっとここまで来たんだ。せめて、話を聞かせてくれ」
「その必要はない」
シアーラの懇願に近い声にも絆されることなく、彼は冷たく言い放った。能面のような表情に以前の面影は感じられず、よく知ったはずの同僚とは思えない。シアーラはそれを目の当たりにして、やっと思い知った。
ずっと、彼にとっては偽りの関係でしかなかったのだ。ともに過ごした士官学校時代も、護衛兵となってからも、ずっと。
ここに至るまでにそれを想定する時間は十分にあったのだが、受け止めるにはまだ覚悟が足りていなかった。一方通行でしかなかった関係に、身体から何かが抜け落ちていくようだ。それでも。
シアーラは拳を握り締めた。
まだ、諦めたくない。
首に刃を当てられているにも関わらず、ニールには余裕があった。リンゼイの口から今にも途絶えそうな苦しげな息音が聞こえてくるし、屋敷内には残りの使用人たちがまだ数多く控えている。そして、外にはバルドバの追手。時間が経てば経つほど、シアーラたちのほうが不利になる。
「これほどのもの……一人で背負うには、あまりに重い」
「その通りだ」
ニールは、反射的に答えてしまった自分に内心舌打ちをした。やはりどうしても、長く浸っていた関係性を身体が覚えている。祖父に比べれば、偽りの関係を続ける経験値が自分には足りない。さっさと合図をしてしまおうかと思ったが、今少しの質問にくらい答えてもいいだろうと、自分に言い訳をした。
「お前が始めたことじゃない。まだ、戻れる」
「……そうだな。だが、十分に加担した。バルドバを襲い、恨みの理由を与えた。ローゼンタールがこれ以上力を蓄える前に王位を奪い、次の政権へ移そうとした」
ぴくりと、後ろの男の腕に力が反応した。刃が食い込み、顔をしかめる。
「ラダーシャも、それを知っていたのか?」
「察してはいるだろう。だが、政権を手にしてから、記録番を始末することくらいどうにでもなると考えているようだ。これまでの王と同じように」
「これまで、誰もそれを止められなかったのか……」
「そう。……誰も」
どの王も、一度王権を手にすれば、実質的には一領主にすぎない記録番の手綱を握ることなど容易いと考えた。ある者は記録番とその使用人たちを全て亡き者にしようとし、暗殺された。また別の時には、それを非難する残りの三家に滅ぼされた。当然どちらも、記録番が手を回したものだ。500年の間には記録を公にするべきだという者も当然いたが、熱心に書庫に通い、創家が行ってきた歴史を目にし、考えを変えた。
良からぬ歴史を公開せず、ただ守ってくれている記録番。
それは彼らにとって、相手の弱みを握る手段でもあり、自らの汚点を隠せる場所でもある。
普段は何もせず、ただそっと記録を守ってくれている者。彼らにとって都合がいい存在。
どの王も、四家で協力し合う未来など語らなくなった。
汚泥のように纏わりついた罪と利権から、逃れられなくなった。
そこまで話して、シアーラに真実を伝えるのを、ニールは心地よく感じ始めていた。今まで重く苦しく、岩のように固まっていた自分の心が軽くなる。
これまでもずっと、伝えたかった。この忠誠心の強い同僚に真実を伝えたとき、どうなるのか知りたかった。
10
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う
ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身
大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。
会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮
「明日から俺の秘書な、よろしく」
経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。
鏑木 蓮 二十六歳独身
鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。
親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。
蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......
望月 楓 二十六歳独身
蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。
密かに美希に惚れていた。
蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。
蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。
「麗子、俺を好きになれ」
美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。
面倒見の良い頼れる存在である。
藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。
彼氏も、結婚を予定している相手もいない。
そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。
社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。
社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く
実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。
そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
桜に集う龍と獅子【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
産まれてから親の顔を知らない松本櫻子。孤児院で育ち、保育士として働く26歳。
同じ孤児院で育った大和と結婚を控えていた。だが、結婚式を控え、幸せの絶頂期、黒塗りの高級外車に乗る男達に拉致されてしまう。
とあるマンションに連れて行かれ、「お前の結婚を阻止する」と言われた。
その男の名は高嶺桜也。そして、櫻子の本名は龍崎櫻子なのだと言い放つ。
櫻子を取り巻く2人の男はどう櫻子を取り合うのか………。
※♡付はHシーンです
副社長の甘い罠 〜これって本当に「偽装婚約」なのでしょうか?〜
有明波音
恋愛
ホテル・ザ・クラウンの客室課に勤務する倉田澪は、母親から勧められたお見合いをやむなく受けるかと重い腰をあげた矢先、副社長の七瀬飛鳥から「偽装婚約」を提案される。
「この婚約に愛は無い」と思っていたのに、飛鳥の言動や甘々な雰囲気に、つい翻弄されてしまう澪。
様々な横やり、陰謀に巻き込まれながらも
2人の関係が向かう先はーーー?
<登場人物>
・倉田 澪(くらた・みお)
ホテル・ザ・クラウン 客室課勤務
・七瀬 飛鳥(ななせ・あすか)
七瀬ホールディグス 副社長
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事などとは一切関係ありません。
※本作品は、他サイトにも掲載しています。
※Rシーンなど直接的な表現が出てくる場合は、タイトル横に※マークなど入れるようにしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる