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第五章 秘密
秘密-③
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一段下りるごとに、ひやりとしたものが足元から上がってくる。嫌な空気が鼻をつく。そうして、最下階に到着し、唯一微かな光を出している入り口に入った。
「……っ」
三人は息を呑んだ。そこにあったのは、上とは異なる空間だった。
窓もない監獄のような場所。それが無計画に広げられた印象を受ける。ひしめくように置かれた木製の本棚。そこに同じように本が詰め込まれているが、収まりきらないものが本棚の上にも床にも乱雑に積まれている。今にもどこかから崩れてしまいそうだ。部屋の中には、上で感じた神聖な雰囲気とは真逆の、暗く濁った空気が流れていた。
(なんだ……この場所は)
「おい……ここには入るなと……」
部屋の奥。そこで何かの作業をしていた彼が顔を上げた。その目が見開かれる。シアーラは顔をくしゃりと歪めて、彼の名前を呼んだ。
「ニール……久しぶりだな」
よく知るはずの男は、見たこともない能面のような顔をして言った。
「お前らだけでここまで来たのか……いい犬を籠絡したな」
「そんな言い方をするな……」
「満身創痍じゃないか。手を下すまでもなく、今にも死にそうだな」
ニールの言う通り、リンゼイもシアーラも数えきれない傷を負い、その足元には一滴、また一滴と血がしたたり落ちていた。ファイネッテも、斬りつけられた自分の腕を押さえている。
ニールが制止の仕草をした。この部屋に兵士が潜んでいるのだろう。
瞬間、身体を引きずることしかできないように見えたリンゼイが素早く動いた。ニールに近づき身体を抑え、その首に剣を当てる。
「リンゼイ……!」
「正しい判断だな」
ニールは表情を崩さない。周囲をざわりとうごめく気配がする。
ファイネッテが怯えた表情を浮かべながら言った。
「嫌な……臭いね」
「……これは一体、なんだ?」
「清書前の記録だよ」
シアーラの問いにニールが答えた。ファイネッテが手袋をしたままの手を伸ばす。そばの棚から、本とも言えないぼろぼろの紙をまとめて綴じたようなものを手に取ったが、止められることはなかった。
「……?」
シアーラは横からそれを覗き込み、眉を寄せた。
読むことができない。滲んでいるとか、そこかしこが破れているとか、そういう理由ではない。
自分の意識がもう駄目になっているのかとも思ったが、そうではなかった。
そこに書かれているのは、見たこともない文字だった。
「記録番だけが使い続けている文字だ」
ぎり、と歯を噛み締める。何が書かれているのか確認できない。これでは、何かを表に示すこともできない。
ぱら、ぱら、とファイネッテがページを捲る音がする。
ふ、と嘲るように笑いを落として、ニールは続けた。
「俺はかろうじてあの場を逃げ延び、ここに隠れていただけだ。確かに、現記録番は俺の祖父だ。だがそれを伏せることの正当性は分かるはずだ。何を必死な顔をしてここまで忍び込み、……無実の者たちを殺したのか」
シアーラは顔をくしゃりと歪めた。
やはり、全ては私の勘違い。全て私の……
崩れ落ちそうになったときだった。
ファイネッテが、くすりと笑った気配がした。
「あなたが何者なのかは知らないけれど、教えてあげる」
ぴくりとニールの眉が動く。
「四家の嫡子には、幼い頃から密かに行われている教育があるの」
ファイネッテはぼろぼろの本を丁寧に閉じ、表紙に優しく手を置いた。
「もう今はなき、かつてこの国にあった言葉。それを、必ず忘れるなと」
「……!」
「知らなかった?」
ファイネッテは目を閉じ、読み上げた。
「――苦しい、偽るのが苦しい。真の歴史をここに記すことを許してほしい。本当に起きたのは……」
「やめろ!!」
「……ニール」
「これが、真の歴史なのではないの? あなたたち記録番の、苦しみの記録」
「では、上の記録は」
「国の方向を誘導するために、歴代の記録番が残した、偽りの記録」
ぞくりと寒気が這う。
足元が崩れ落ちていく感覚がする。
「なんて……恐ろしい」
にやりとニールが笑う。先ほどの焦りを消し、余裕を取り戻した表情だった。
「恐ろしいだろう。記録番は歴代、それを引き継ぐんだ。その、苦しみと一緒に」
「君たちもそうして、葬り去られる」
「……っ」
三人は息を呑んだ。そこにあったのは、上とは異なる空間だった。
窓もない監獄のような場所。それが無計画に広げられた印象を受ける。ひしめくように置かれた木製の本棚。そこに同じように本が詰め込まれているが、収まりきらないものが本棚の上にも床にも乱雑に積まれている。今にもどこかから崩れてしまいそうだ。部屋の中には、上で感じた神聖な雰囲気とは真逆の、暗く濁った空気が流れていた。
(なんだ……この場所は)
「おい……ここには入るなと……」
部屋の奥。そこで何かの作業をしていた彼が顔を上げた。その目が見開かれる。シアーラは顔をくしゃりと歪めて、彼の名前を呼んだ。
「ニール……久しぶりだな」
よく知るはずの男は、見たこともない能面のような顔をして言った。
「お前らだけでここまで来たのか……いい犬を籠絡したな」
「そんな言い方をするな……」
「満身創痍じゃないか。手を下すまでもなく、今にも死にそうだな」
ニールの言う通り、リンゼイもシアーラも数えきれない傷を負い、その足元には一滴、また一滴と血がしたたり落ちていた。ファイネッテも、斬りつけられた自分の腕を押さえている。
ニールが制止の仕草をした。この部屋に兵士が潜んでいるのだろう。
瞬間、身体を引きずることしかできないように見えたリンゼイが素早く動いた。ニールに近づき身体を抑え、その首に剣を当てる。
「リンゼイ……!」
「正しい判断だな」
ニールは表情を崩さない。周囲をざわりとうごめく気配がする。
ファイネッテが怯えた表情を浮かべながら言った。
「嫌な……臭いね」
「……これは一体、なんだ?」
「清書前の記録だよ」
シアーラの問いにニールが答えた。ファイネッテが手袋をしたままの手を伸ばす。そばの棚から、本とも言えないぼろぼろの紙をまとめて綴じたようなものを手に取ったが、止められることはなかった。
「……?」
シアーラは横からそれを覗き込み、眉を寄せた。
読むことができない。滲んでいるとか、そこかしこが破れているとか、そういう理由ではない。
自分の意識がもう駄目になっているのかとも思ったが、そうではなかった。
そこに書かれているのは、見たこともない文字だった。
「記録番だけが使い続けている文字だ」
ぎり、と歯を噛み締める。何が書かれているのか確認できない。これでは、何かを表に示すこともできない。
ぱら、ぱら、とファイネッテがページを捲る音がする。
ふ、と嘲るように笑いを落として、ニールは続けた。
「俺はかろうじてあの場を逃げ延び、ここに隠れていただけだ。確かに、現記録番は俺の祖父だ。だがそれを伏せることの正当性は分かるはずだ。何を必死な顔をしてここまで忍び込み、……無実の者たちを殺したのか」
シアーラは顔をくしゃりと歪めた。
やはり、全ては私の勘違い。全て私の……
崩れ落ちそうになったときだった。
ファイネッテが、くすりと笑った気配がした。
「あなたが何者なのかは知らないけれど、教えてあげる」
ぴくりとニールの眉が動く。
「四家の嫡子には、幼い頃から密かに行われている教育があるの」
ファイネッテはぼろぼろの本を丁寧に閉じ、表紙に優しく手を置いた。
「もう今はなき、かつてこの国にあった言葉。それを、必ず忘れるなと」
「……!」
「知らなかった?」
ファイネッテは目を閉じ、読み上げた。
「――苦しい、偽るのが苦しい。真の歴史をここに記すことを許してほしい。本当に起きたのは……」
「やめろ!!」
「……ニール」
「これが、真の歴史なのではないの? あなたたち記録番の、苦しみの記録」
「では、上の記録は」
「国の方向を誘導するために、歴代の記録番が残した、偽りの記録」
ぞくりと寒気が這う。
足元が崩れ落ちていく感覚がする。
「なんて……恐ろしい」
にやりとニールが笑う。先ほどの焦りを消し、余裕を取り戻した表情だった。
「恐ろしいだろう。記録番は歴代、それを引き継ぐんだ。その、苦しみと一緒に」
「君たちもそうして、葬り去られる」
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