薄氷の上で燃える

なとみ

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第五章 秘密

秘密-②

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「助かった」

 リンゼイに目を伏せ礼を伝えながら、男がここに現れるまでに奪った命を思った。
 顔を上げたシアーラの顔つきは、覚悟を決めたものに変わっていた。

「追手は?」
「今ごろ、見張りに足止めを食らっているだろう。このまま外に出てもいいが……見つかったのか?」
「いや、まだだ」
「……待つか」
「いや、……彼らが来る保証はない。味方となれば戦力になるだろうが、それまでに何か手を打たれる可能性もある。それを防ぎたい」
「なら、急ぐんだな」

 屋敷内の見張りには今、リンゼイが侵入したことが波紋のように伝令されているだろう。チャンスは、体制が立て直されるまでのひと時だけだ。

「ファイネッテ様」

 最も危険な場所に踏み込むことになる。だがもはやそれしか手段はない。それでも主に最後の許可を求めるシアーラに、彼女は呆れたように鼻を鳴らした。

「いいわ。好きなようにしなさい」
「行くぞ」

 瞬時に方向を変えた男と並び、シアーラは一歩を踏み出した。



「う、ぐ……ッ」

 王女を挟んで互いに背を向け、襲いかかる敵兵と交戦する。シアーラの剣が迷いなく相手の喉を突き刺したのを、リンゼイは振り向いて見もしなかった。
 とにかく突撃のみ。現れた兵士をなぎ倒していく。たった二人の戦力のみで、考えなしに奥まで進んでくるとは思わなかったのだろう。燃え尽きても構わないという鬼気迫る様子に、使用人たちはわずかに圧倒された。
 だが、それだけでは埋められない戦力の差がある。リンゼイもシアーラも、確実に傷を負い、体力を奪われていた。
 屋敷の中心部を囲うように、円形に廊下が続いている。また一人、リンゼイの助けで敵を倒したシアーラは、息を荒げながら朦朧とした様子で顔を上げ、そして、ぽつりと言った。

「……カビ臭いな」
「なに?」
「なんだ」

 もはや正気を失っているとも取れるシアーラの姿に、残る二人が目を合わせた。

「下水じゃないのか」
「いや、違う……そういう臭いじゃない」

 シアーラが無謀にもスタスタと先を行く。そうして曲がった廊下の先、その途中から、景観が変わった。白く明るい漆喰から、突然切り替わるように暗い石壁になっている。明らかに時代が古いもの。そうして、その先にずらりと並ぶ、顔をベールで覆った使用人たち。その後ろには、一つ、入り口があるようだった。

「入ってくださいと言わんばかりだな」
「罠である可能性もあるが……」

 シアーラは振り向いた。返り血を浴びた顔リンゼイを見据える。

「お前はファイネッテ様と、外に逃げてくれ」

 男は呆れ顔で返した。

「お前だけがあそこへ行き、死んで一人戦力を失う。俺は相手が増え続ける敵陣でこいつを守りながら戦う。全滅だな」

 じろりと睨み返すと、男は続けた。

「ここまでも賭けの連続だったんだ。どうせならあそこに何かがあると信じて、全員で下りる」
「下りられればだけど」

 少女の声は微かに震えていた。近づくと、使用人たちはこちらを取り囲むように動いた。その向こうに、暗い階段の入り口が見える。入ってはもう二度と出られないような真っ暗い穴が、口を開けている。
 わざわざ地獄に向かう自分たちの愚かさに、三人は同時に、笑いを浮かべた。
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