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第五章 秘密
秘密-①
しおりを挟む案内人に促され、ホールに足を踏み入れたファイネッテは、その瞬間緊張と警戒を忘れ、ほうと息を吐いた。
シアーラも同時に、二度目のその光景を脳裏に刻み込んでいた。
荘厳な眺めだった。淡い光が天井から差し込み、神聖な場所に立っているかのようだ。壁自体が本棚になっており、天井近くまで隙間なく書物が詰め込まれているが、圧迫感を感じないように空間が形作られている。
すんと鼻を鳴らした。適切な温度と湿度で管理された空気だ。
「……すごいわね」
「お手に取られる場合は、こちらを」
ファイネッテは案内人から差し出された手袋を手に取り、熱に浮かされた表情で言った。
「キシャラ王期の記録が見てみたいわ……許されるなら」
「もちろんです。こちらに」
最も治世が長いと言い継がれている王政の記録を求める彼女の姿に、シアーラの胸は痛んだ。現実には彼女の父の治世は、最も短いそれとして記録されるだろう。
ただ、そう想いを馳せながらも、主のそばを歩く男の動きから一時も目は離せない。
この男はただの使用人ではなく、兵士でもあるはずだ。慇懃な態度をファイネッテに向けながら、こちらへの警戒も怠っていない。さっきはファイネッテのおかげで見逃されたが、おそらく自分は近いうちに始末される。主を連れて逃げだそうにも、入ってきた扉近くにも見張りがいたし、この部屋にも何人潜んでいるか分からない。不可能だ。
これまでの経緯から察するに、彼らはこれまでも四家の護衛兵に紛れて活動し、暗殺術に近いもので時代を動かしてきたのだろう。正面からやり合うことに慣れていない可能性に期待したとしても、シアーラがファイネッテを守りつつ、ここを制圧することは難しい。
助けに期待できるだろうか。
いや、それが間に合ったとしても、記録番の暗躍を突きつける決定打に欠ける。今断言できるのは、ラダーシャとの繋がり、そこでなんらかの取引が行われた可能性、それを突き止めようとしているシアーラへ向けられた殺意、そして、彼の生家が偽られていた事実。それだけだ。
何か、見つけたい。
シアーラは歯を食い縛った。何かあるはずだ。この疑惑を裏付ける何か。ここに巣食う何か。そう思えてならない。
彼を見つけることができれば、それが明らかになるはずだ。
目標を定めた、その時だった。
シアーラの目には、まるで壁の裏から突然人が現れたように見えた。案内人に素早く近づいた黒い影は、彼が違和感に気づき抵抗をする間もなく、その首を切り裂いた。
「……っ」
咄嗟にファイネッテの目を塞ぐ。その時には、その人物が誰かは分かっていた。男は二人を気にもとめず、素早く扉に向かう。また命を屠る音が一つ聞こえた。
「お前、一人、で……?」
倒れた男は呆然とそう言い、事切れた。それを確認して、リンゼイは呼吸を整えるように息を吐いた。
「お前……」
シアーラは、何と声をかけるか迷った。あっという間に動かなくなった骸を見下ろす。これほど波乱が続いても、死を見慣れることはない。眉一つ動かさず人を殺めるこの男との溝を、また強く感じる。
だが今は、この男の力を借りなければことを成せない。前に進めない。自分もいい加減、同じものを背負うべきだ。
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