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第二章 クロスゲーム
糸口-①
しおりを挟む「御影さん、山都病院の話にはガード固いね。ちょっとでも踏み込んだら、ゆずのことバレそう」
ここ数日で、気温が急激に下がった。寒そうに首を縮めて柚琉の部屋にやってきた翔太はそう言って腰を下ろす。
彼を見る視線がどうしても冷ややかになる。
翔太がこう言うということは、二人でホテルに行く関係になったということだ。
結婚指輪をつけた彼女の手を思い出す。翔太が変わらないことも嫌というほど分かっているし、彼のその性質に助けられているのも事実なのに、そのネジの外れた倫理観には、今でも少しだけ、嫌悪感が疼く。
それに蓋をして、目を逸らした。
「でもそれって、何かあるってことだよね」
「そう思うんだけど、ここからはちょっと時間かかりそう」
柚琉は机に突っ伏した。
彼女のことだけではない。もう、何もかもが駄目だった。
明石は彼が本来許されているよりも早く、柚琉に異動先を伝えてくれていた。でも、時間は迫っている。いい加減、引っ越しの準備をしなければならない。でも、わざわざここから三時間以上離れた場所で、柚琉がMRを続ける理由はない。今さら、このまま普通の社会人として生きていく道を選べないというのが柚琉の出した結論だった。
せっかくここまで来たのにという気持ち、そして、ほんの少しずつ柚琉の前に輪郭を見せる思わせぶりな真実の影が、彼女にそれを許さない。
柚琉は、山都病院や周辺の薬局に履歴書を送ってみた。当初それをしなかったのは、あまりに直接的で、病院内の情報や長く働いているスタッフから柚琉の過去がバレることを恐れてだったのだが、守屋に素性が知られた今、それを気にする理由がなくなったからだ。
だが、結果は全て不採用。
面接に進むこともなく、どこもぺらりと一枚不採用の通知が返ってきただけだった。
薬剤師は充足しつつあると言われる。でも、求人には「調剤未経験可」の記載があったのに、二十代の応募者を書類でのみ落とすというのは違和感がある。
守屋からすでに手が回されていると考えるべきだろうか。
順番を、手の打ち方を、もうずっと間違えているのかもしれない。
焦りすぎている。
このまま大人しく異動して、柚琉に関する記憶が薄まり、守屋が油断をするまで機を待つしかないのだろうか。
それを思うと苦しかった。
長い戦いから解放されたいと叫ぶ自分もいる。
「木佐先生から、ほんとに連絡きた」
「よかったじゃん」
柚琉は机に突っ伏したまま翔太を見た。
「翔太、木佐先生に好意的だよね。なんで?」
「誰かがゆずを見つけてくれないかな~って、ずっと思ってたからね」
「……何それ」
意味の分からない言葉に眉を寄せる。
家族のような気持ちで? あるいは、自分からもう離れて欲しいということだろうか。
優しい顔がこちらを向いているのに、聞けなかった。
全てを悪いほうに考えてしまう。
まだ、一人にはしないで欲しい。
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