君の敵

なとみ

文字の大きさ
105 / 110
第四章 リスタート

法廷にて-②

しおりを挟む
「なんかアレだろ、認知症の医者が手術をして、患者を死亡させた。おそらく、少なくとも三人。で、集団訴訟になった」
「なんだ、知ってるじゃないですか。それでいいと思いますよ」
「おいおいおい、つれねぇなぁ」

 川越が苦笑いをしたが、相本はぴくりとも笑わなかった。必要以上の情報を渡す理由はない。

「被告側からすれば、『負けるはずのない裁判』です」
「なんだ、やっぱりそうなのか」
「原告が、椎名柚琉一人だったなら。民事でも刑事裁判でも、彼らに勝ち目はなかった」

 川越がにやりと笑う。

「回りくどい言い方すんなよ」
「業務上過失致死罪の公訴時効は10年。残り一年の段階で、原告は、検察が動けるほどの証拠を持っていなかった。でも、一気に流れが変わった」
「あれか? 口止めされたって女が出てきたっていう」
「はい、そこから追加で二人。当該医師に手術をされたかもしれないという患者の遺族が現れました。集団訴訟のメリットは、証拠を共有できることです。合わせた証拠が、十分闘えるレベルになった」
「内部告発みてぇのもあったろ」
「当時の看護師に助手、病院内のスタッフ。自らも罪に問われるはずなのに、原告側に有利な証言をし出しました。正直、誰か裏で動いたとしか思えないですね」
「いいねぇいいねぇ」

 川越はそう言いながらメモを取っている。
 相本ははっとなった。話しすぎた自分を自覚したのだ。

「もういいでしょ」
「頑なになっちまったなぁ、お前そんなんでやれてんのか」 
「まぁ、ぼちぼち」

 写真週刊誌と医療専門誌では、求められる手法も社内の雰囲気も違う。もともと相本は記者経験を積むためだけに川越のいる会社に在籍していたに過ぎない。おかげで医学部中退という学歴と合わせ、今の専門新聞社に転職することができたのだ。 
 でも、そんなことをこの人に伝える必要もない。
 だが、次の言葉が相本をぎくりとさせた。

「お前は、その柚琉ちゃん寄りってわけだ」

 野暮ったい男の目の奥に、外見に似合わぬ鋭さが見える。
 相本は内心を隠すように、わざとらしくゆっくりコーヒーを一飲みした。

「寄りっていうわけではないです。ただ、これで医療界がいいほうへ動けばいいなと思っているだけで」

 言い訳じみた言い方になってしまった。
 目の前の男が、取材対象に嫌われる時代遅れの手法をとっていてもここまで記者を続けられているのは、そのしつこさだけではなかったことを思い出した。
 近年の裁判は、一般市民も目にする写真週刊誌が取り上げることで議論が広がり、戦況を変えることもある。専門性の高い医療訴訟は特に、閉ざされた場で議論されれば間違いなく病院側が勝つが、なんの知識もない層に広がれば、原告への同情が集まる。
 その打算が見抜かれてきまりが悪い。
 これ以上話すともっとボロを出しそうだ。そう思った相本は、さっさとコーヒーを飲み干した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】指先が触れる距離

山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。 必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。 「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。 手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。 近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo
恋愛
──地方から本社に異動してきた29歳独身OL・舞子。 お調子者で明るく、ちょっとおせっかいな彼女の前に現れたのは、 “氷のように冷たい”と社内で噂される40歳のイケメン上司・本庄誠。 最初は「怖い」としか思えなかったはずのその人が、 実は誰よりもまっすぐで、優しくて、不器用な人だと知ったとき―― 舞子の中で、恋が芽生えはじめる。 でも、彼には誰も知らない過去があった。 そして舞子は、自分の恋心を隠しながら、ゆっくりとその心の氷を溶かしていく。 ◆恋って、“バレたら終わり”なんやろか? ◆それとも、“言わな、始まらへん”んやろか? そんな揺れる想いを抱えながら、仕事も恋も全力投球。 笑って、泣いて、つまずいて――それでも、前を向く彼女の姿に、きっとあなたも自分を重ねたくなる。 関西出身のヒロイン×無口な年上上司の、20話で完結するライト文芸ラブストーリー。 仕事に恋に揺れるすべてのOLさんたちへ。 「この恋、うちのことかも」と思わず呟きたくなる、等身大の恋を、ぜひ読んでみてください。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...