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災厄編第1章 災厄の始まり
第1節2款 災厄の日
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一瞬の穏やかな浮遊感、そしてひんやり心地よい風。
“変化”が起こった時に感じたのはそんな感覚だ。何より心地が良い。
暖かな日差しと暖かな弱風、パチパチと不規則に弾ける暖炉の音に包まれ自分は今眠っている。そして何かを忘れている。
しかしその“忘れている”物を忘れさせる不快な物があった。
周りが異様に騒がしくなった。
金切り声に泣き声、ドタバタと走り回る足音、そして自分は思い出した。
―― 自分は自室に居たはずだぞ!
状況を確認すべく二關は飛び起きた。
直後、見慣れた人物が自分に向かって話しかけて来ていた。
「光郁! おい、起きろ光郁。どうなってんだ!」〈光郁〉とは二關の名前である。寝ていた二關に切羽詰まった顔で一守は必死に呼びかけていた。
「起きたか、光郁! ヤベーぞこれは! どうすんだよ」
二關は起きると同時に目を見開き思わず立ち上がった。ガタンと自分の座っていた椅子が倒れた。
目の前に居るのは〈一守明久〉。幼馴染、親友とも呼べる友だ。
しかしその服装は普段のチャラチャラした私服ではなく、一緒にプレイしていた明久のオンゲのキャラそのものの姿だった。
そして驚愕する事に、寝落ちする前まで画面越しだったゲーム内の会議室が、眼前に広がっている。
自分の服装も確認すれば二關光郁ではなくてゲーム内キャラクタの二關光郁そのものだった。そして二關が起こされた原因である騒音は、会議室内に居た者がパニックを起こしているためだった。
ある者は泣き叫び、ある者は床に座り込み、ある者は椅子に座ったまま心ここにあらず。そしてある者は内開戸を必死に押している。
視界入る人たちは、オフ会で顔を合わせているからわかった。ゲーム内の景色服装でありながら顔立ちや大体の体型はオフ会で会った時その者である。
とりあえずログアウトか運営に報告か…… 必死にメニューを出そうとしたが、出ない。当然だ、目の前にキーボードもマウスも無いのだから。
『メニューはどうやって出すんだ』と混乱した。
そもそもここは本当にゲームの中なのか、現実なのか、夢なのか。夢だとしてこの妙に現実的な感触は何だ。自分はどうしたら良いんだ。
周りがパニックを起こしているのを見る限りでは皆同じ状況であろう。
試しみ自分の腕や腹を摩ってみる。感覚はある。
テーブルを眺めれば赤茶色の半透明な液体が入ったティーカップがあった。
恐る恐る口に含んでみる。紅茶の味がした。火傷する程ではないが熱も感じる事が出来た。乾ききった口や食道、胃が潤い温まっていく感覚があった。
「美味いなこの紅茶。アールグレイか……」
思わず場違い感想を呟いてみたが誰もそんなくだらない事に反応はしなかった。
肌の感覚、飲み物が五臓六腑に沁みわたる感覚。紛れもなく“ここ”が今の現実だ。ゲームの中ではない。
とにかくこの場をどうにかしなければならない。しかしどうしたら。自分が落ち着かねば…… 落ち着かせねば。
パン、パン、パン
どうにかしなければと声を上げようとした時、横にいた四藏が突然手を慣らした。
「みんな、とりあえず落ち着こう!」
四藏が呼び掛けると皆が四藏の方を向いた。そして会議室にいるメンバーに指示を出した。
原義経には他拠点の財団員の安否確認と内部統制の確立、そして情報収集。
五島敬太、山崎伊沙子そして山本優子には、財団本部の周辺状況の確認と資材の確保。
影山亮太郎と和泉志帆には協力ギルドの呼出と会議を行う準備。
桐生徳人と桶口隆司には西部拠点、北部拠点への即時帰還と直接統制を指示。
四藏が一通り指示を出すと、みんな蜘蛛の子を散らした様に外へ出て行った。
「二關さん、大丈夫ですか?」四藏が声をかけてきた。
〈四藏恭太〉はここ〈日の出財団〉と言うギルドを作った時の創設メンバーで発起人だ。そして二關にとってはゲーム内で出来た最初のリア友だ。
偶然にも四藏と二關の自宅は川を挟んで隣の県の市に住んでいたので、よく飲みに出かけていた。
そして日本一の国営大学出身だけあってとにかく頭が良く口もうまい。さっきまでここの部屋にいた大半のメンバーは四藏の『世界一のギルドを作ろう』と口車に乗せられたメンバーだ。
隣でオドオドキョロキョロしている一守明久を〈会長〉に据えて、二關は二番手の〈理事長〉。そして四藏は〈専務理事〉と言う位置に座っている。
一守は財団の象徴の様な立ち位置で、四藏は〈調整役〉、自分は〈作戦参謀〉。参謀の考えを一守が表に出して四藏が根回しをして運営していた。
そして四藏は調整役とは別にギルド内の秩序維持に貢献していた。
ゲーム内で日本一の加盟者数、日本一の傘下ギルド数、そして日本一の財力。
財力に関しては世界規模でトップ3位の内に入るレベルらしい。
その規模になったのも四藏の口のうまさおかげだ。しかし、当人はそれほどの活躍と貢献をしていても「上に立つと面倒だから」と言って頭になろうとしなかった。
このゲーム内の通貨は現実世界で仮想通貨として使えた。そしてゲーム内通貨を経由して円にもドルにもポンドにも変換できた。
為替取引所業界と比較した時、それらと比較してかなり手数料を抑えて換金できた。
リアルマネーが絡むので、当然組織が大きくなれば大きなイザコザが起こる。
現に多くのギルドが組織肥大化と共に金銭分配問題が顕在化、それを発端に分裂し潰れていった。
四藏はギルドと言う機能が登場した当時から金銭問題を予見し明確な分配ルールを作った。財団に入るメンツには予めルールを説明できる体制も作り上げ財団の成長に大きく貢献した。
「なぁ、光郁。これは異世界転移って奴なのか」二關がぼんやりと考え事をしていると、顔を真っ青にして手を震わせた一守が呟いた。
「異世界転移って言えるのかな……」異世界転移…… 二關は異世界転移と言う言葉を聞いて頭から血が落ちていく感覚に陥った。
「転移かどうかは知らないけど暫らく帰れないだろうね。覚悟した方が良いと思うよ」
四藏は容赦なく現実を伝える。
四藏の言う様に暫く帰還は叶わないかも知れない。もしかしたら永遠に帰還できないかも知れない。
初動対応を四藏がしてくれた。今後の事を考えなければならない。
今後自分はどうしたら良いのかを考えていた。
「財団メンバーって何人居たっけ」四藏が唐突に呟いた。
「海外拠点合わせて三万二千人くらいだったかな。二次団体合わせると六万は軽く超えるかも」四藏の問いに二關は答えた。
改めて考えると六万と言う数字は異常だと二關は感じていた。恐らく三次団体を合わせるともう少し増えるはずだ。
『六万人……』一守はボソッと呟いたきり下を向いてしまった。
六万という従業員数。東証一部上場の団体と肩を並べられるくらいの規模だ。
ゲーム時代なら良かったが、今立っている現実はこの世界だ。
この世界で構成員を食わせていかなければならない。これは大変な事だ。
今までの分配ではジリ貧だ。両替屋に預けている資産もまとめ直さなければ……
整理がてら今までの事とこのゲームの事を考えてみた。まず何で自分らはゲームの中に入ってしまったのか。
自分はついさっきまで〈ネクストテラ〉をプレイしていた。
アップデートで恐獣の出現条件とパラメータに大幅な調整が入る事と、時間限定のログインボーナスを貰うため、そして大きな拡張が来るという事で情報収集の為にギルドの下っ端達はダンジョンへ、幹部は会議室で情報収集をしていた。
そして予告通り、パッチとアップデートが通常通り当てられた。そこまでは覚えている。
そこから十分くらいだったか。実行部隊からダンジョンへ突入するとの報告を受けて暫くしてから意識が飛んだ。
と言うか恐らく寝落ちしていた…… と思う。そして気が付いたら自分一人がゲームに入ってしまった。ではなくて皆で入ってしまった。
そもそもMMORPG〈ネクストテラ〉とは何だったか。
ゲームがスタートしたのは確か十二年前だった。二關が小学生中頃、一守がこのゲームを見つけて来てやり始めた。
日本や台湾、欧州のゲームデベロッパ、米国の大手検索サイトや世界最大手のネットショッピングサイト。
そして日本の大手ネット証券会社と旧国立銀行、各国の旅行会社等が垣根を超えて地球全土を舞台に開発したゲームだ。
ゲーム内通貨は現実で仮想通貨〈Sーbit〉として使える。そしてこのゲームは取引所としても機能していて各通貨に低手数料で換金できた。
ゲーム内で稼いで食っていこうと思えば食っていけたし、ゲームを楽しんでいなくても開始時拠点である〈探検家ハウス〉と言う長屋と〈コイン取引所〉をゲーム内で行き来すれば為替取引も出来た。故にゲーマー以外の登録者も多くいる。
主婦の間では財テクブームも到来していた。
特性上資金洗浄や所得隠しに使っている人間が多くいるのも事実だが……。
そしてマップにも特徴があった。現実世界の地球をそっくりそのままマップにしてしまった。
東京から札幌の距離が現実で約八百キロならこのゲームでも八百キロ、東京とニューヨーク約一万八百キロだったらゲーム内でも一万八百キロだ。
地球の地形が丸々コピーされたのがこの世界。
そしてこの世界でゲームを楽しんでいた探検家達は日本で約一千万人。一千万の内半分程度は株式、為替取引が目的だろうが……。そして日本以外だと……
「全世界で三億人超えだったか……」思わず呟いてしまった。
「明久君と四藏さんさ、日本サーバに登録しているプレイヤ数って知ってる?」二關は一守に尋ねてみた。
「結構いるのは知ってるけど人数までは知らん」一守はキョトンとした顔で答えた。
「約一千万程度のプレイヤがいるんだよね…… そして、MMORPGの中では割とPKが多い事でも有名な〈ネクストテラ〉だ…… セーフゾーンなんて無いし、やろうと思えば街中で暴れる事も出来る…… 覚悟した方がいいかもしれない」
ログインしていた人だけが被害者なのか、登録者全体に被害が及んでいるのかわからない。確か時間は二十三時過ぎ。
為替取引メインでやっていた人らでログインしていた人間は少ないはず。
「二關さん、一守さんさ、確かVR端末でゲームやってたよね。どんな感じだった」四藏はモニターでプレイしていた。強烈な目眩と吐気でトイレに駆け込もうとしたら目の前が見えなくなり、気がついたらここに居た。故にVR端末を買ったと先日騒いでいた一守に聞いてみたのだった。
「あー、めまいって言うのか、気持ち悪くなった。あと、耳鳴りとノイズ。目の前がブラックアウトしていって、頭がグルグルした。で気がついたらさっきまで見ていた光景が目の前に広がって、操作端末が手から消えてた」手をグーパーしながら一守は答えた。
「僕も似たような感じだった」一守が言い終わるのを待ってし二關も答えた。
「俺はモニタでやってた。一守と似たような感じだ。頭から血が引くような感覚。ヘッドホンから鳴り響くノイズに耳鳴り。そのままブラックアウトして気が付けばこの有様だ」四藏もため息をつきながらやれやれと言う表情だ。
転移が起こった時、何が起こったのか何をされたのか、恐らく誰も知らない、わからない。今後それが解明されるのか、仮に解明されても戻れるのか…… 事態は思っている以上に大変なのかもしれない。
幸いなのは誰か一人だけではないと言う事だ。ゲーム内と簡単なオフ会程度だが僕には仲間がいる。ギルドの煩わしさが面倒に感じた事もあったが、ギルドに入っていて良かったと心底思った。
ジリリリリリリリリリリ……
三人で話していれば、突然二關のポケットからベルの音が鳴りだした。
手運び式の通信機〈魔法通信機〉と呼ばれる元の世界で言う電話機だ。
ボイスチャットをこの世界に落とし込むための苦肉の策とも言える代物だ。それが突然鳴り出した。
「ぁ、もしもし、桶口ですけど……」電話口の声は少し震えている様に聞こえた。
「桶口さんか、どうしました?」
「羽田のエプロンなんだけど…… これは何て説明したら良いのか。土地だけ残って建物も転移装置も消え去ってる」
「ぇ…… わかりました。どうしましょうか…… とりあえず本館に戻ってきて下さい」
羽田エプロンが消え去っている……。エプロンとは都市間の移動用の転移ゲートだ。元の世界の空港がある場所に存在している。
「四藏さん、電話機は使えます。直ぐに原さんと連絡を取ってください。各地のエプロン状況の情報収集をさせてください」
近場のエプロンだと…… 成田か。低価格の近距離用の百里と調布。消え去ったのが羽田だけなのか。もし他のエプロンも消え去っていれば、移動が出来なくなる。
―― これは大問題だ。
元の世界の様に整備された道路も、鉄道も、自動車もバイクも存在しない。馬は居るが生モノだ、物の様に使えない。
〈魔法通信機〉が使えるのだから連絡のやりとりについては問題ない。
ただ、人や物の移動はかなり制限される。元の世界では30キロ、50キロの移動なんて苦労しなかった。
元の世界では当然だった事が出来なくなる。どうしたら良いのか……。
それに、財団の海外拠点はどうなる。それよりも海外拠点にホームを置いていたメンバーは今どこに居るのか……
羽田エプロン消失。そして海外の拠点に居たメンバーの事を考えていたら、突如としてドアが開いた。
“変化”が起こった時に感じたのはそんな感覚だ。何より心地が良い。
暖かな日差しと暖かな弱風、パチパチと不規則に弾ける暖炉の音に包まれ自分は今眠っている。そして何かを忘れている。
しかしその“忘れている”物を忘れさせる不快な物があった。
周りが異様に騒がしくなった。
金切り声に泣き声、ドタバタと走り回る足音、そして自分は思い出した。
―― 自分は自室に居たはずだぞ!
状況を確認すべく二關は飛び起きた。
直後、見慣れた人物が自分に向かって話しかけて来ていた。
「光郁! おい、起きろ光郁。どうなってんだ!」〈光郁〉とは二關の名前である。寝ていた二關に切羽詰まった顔で一守は必死に呼びかけていた。
「起きたか、光郁! ヤベーぞこれは! どうすんだよ」
二關は起きると同時に目を見開き思わず立ち上がった。ガタンと自分の座っていた椅子が倒れた。
目の前に居るのは〈一守明久〉。幼馴染、親友とも呼べる友だ。
しかしその服装は普段のチャラチャラした私服ではなく、一緒にプレイしていた明久のオンゲのキャラそのものの姿だった。
そして驚愕する事に、寝落ちする前まで画面越しだったゲーム内の会議室が、眼前に広がっている。
自分の服装も確認すれば二關光郁ではなくてゲーム内キャラクタの二關光郁そのものだった。そして二關が起こされた原因である騒音は、会議室内に居た者がパニックを起こしているためだった。
ある者は泣き叫び、ある者は床に座り込み、ある者は椅子に座ったまま心ここにあらず。そしてある者は内開戸を必死に押している。
視界入る人たちは、オフ会で顔を合わせているからわかった。ゲーム内の景色服装でありながら顔立ちや大体の体型はオフ会で会った時その者である。
とりあえずログアウトか運営に報告か…… 必死にメニューを出そうとしたが、出ない。当然だ、目の前にキーボードもマウスも無いのだから。
『メニューはどうやって出すんだ』と混乱した。
そもそもここは本当にゲームの中なのか、現実なのか、夢なのか。夢だとしてこの妙に現実的な感触は何だ。自分はどうしたら良いんだ。
周りがパニックを起こしているのを見る限りでは皆同じ状況であろう。
試しみ自分の腕や腹を摩ってみる。感覚はある。
テーブルを眺めれば赤茶色の半透明な液体が入ったティーカップがあった。
恐る恐る口に含んでみる。紅茶の味がした。火傷する程ではないが熱も感じる事が出来た。乾ききった口や食道、胃が潤い温まっていく感覚があった。
「美味いなこの紅茶。アールグレイか……」
思わず場違い感想を呟いてみたが誰もそんなくだらない事に反応はしなかった。
肌の感覚、飲み物が五臓六腑に沁みわたる感覚。紛れもなく“ここ”が今の現実だ。ゲームの中ではない。
とにかくこの場をどうにかしなければならない。しかしどうしたら。自分が落ち着かねば…… 落ち着かせねば。
パン、パン、パン
どうにかしなければと声を上げようとした時、横にいた四藏が突然手を慣らした。
「みんな、とりあえず落ち着こう!」
四藏が呼び掛けると皆が四藏の方を向いた。そして会議室にいるメンバーに指示を出した。
原義経には他拠点の財団員の安否確認と内部統制の確立、そして情報収集。
五島敬太、山崎伊沙子そして山本優子には、財団本部の周辺状況の確認と資材の確保。
影山亮太郎と和泉志帆には協力ギルドの呼出と会議を行う準備。
桐生徳人と桶口隆司には西部拠点、北部拠点への即時帰還と直接統制を指示。
四藏が一通り指示を出すと、みんな蜘蛛の子を散らした様に外へ出て行った。
「二關さん、大丈夫ですか?」四藏が声をかけてきた。
〈四藏恭太〉はここ〈日の出財団〉と言うギルドを作った時の創設メンバーで発起人だ。そして二關にとってはゲーム内で出来た最初のリア友だ。
偶然にも四藏と二關の自宅は川を挟んで隣の県の市に住んでいたので、よく飲みに出かけていた。
そして日本一の国営大学出身だけあってとにかく頭が良く口もうまい。さっきまでここの部屋にいた大半のメンバーは四藏の『世界一のギルドを作ろう』と口車に乗せられたメンバーだ。
隣でオドオドキョロキョロしている一守明久を〈会長〉に据えて、二關は二番手の〈理事長〉。そして四藏は〈専務理事〉と言う位置に座っている。
一守は財団の象徴の様な立ち位置で、四藏は〈調整役〉、自分は〈作戦参謀〉。参謀の考えを一守が表に出して四藏が根回しをして運営していた。
そして四藏は調整役とは別にギルド内の秩序維持に貢献していた。
ゲーム内で日本一の加盟者数、日本一の傘下ギルド数、そして日本一の財力。
財力に関しては世界規模でトップ3位の内に入るレベルらしい。
その規模になったのも四藏の口のうまさおかげだ。しかし、当人はそれほどの活躍と貢献をしていても「上に立つと面倒だから」と言って頭になろうとしなかった。
このゲーム内の通貨は現実世界で仮想通貨として使えた。そしてゲーム内通貨を経由して円にもドルにもポンドにも変換できた。
為替取引所業界と比較した時、それらと比較してかなり手数料を抑えて換金できた。
リアルマネーが絡むので、当然組織が大きくなれば大きなイザコザが起こる。
現に多くのギルドが組織肥大化と共に金銭分配問題が顕在化、それを発端に分裂し潰れていった。
四藏はギルドと言う機能が登場した当時から金銭問題を予見し明確な分配ルールを作った。財団に入るメンツには予めルールを説明できる体制も作り上げ財団の成長に大きく貢献した。
「なぁ、光郁。これは異世界転移って奴なのか」二關がぼんやりと考え事をしていると、顔を真っ青にして手を震わせた一守が呟いた。
「異世界転移って言えるのかな……」異世界転移…… 二關は異世界転移と言う言葉を聞いて頭から血が落ちていく感覚に陥った。
「転移かどうかは知らないけど暫らく帰れないだろうね。覚悟した方が良いと思うよ」
四藏は容赦なく現実を伝える。
四藏の言う様に暫く帰還は叶わないかも知れない。もしかしたら永遠に帰還できないかも知れない。
初動対応を四藏がしてくれた。今後の事を考えなければならない。
今後自分はどうしたら良いのかを考えていた。
「財団メンバーって何人居たっけ」四藏が唐突に呟いた。
「海外拠点合わせて三万二千人くらいだったかな。二次団体合わせると六万は軽く超えるかも」四藏の問いに二關は答えた。
改めて考えると六万と言う数字は異常だと二關は感じていた。恐らく三次団体を合わせるともう少し増えるはずだ。
『六万人……』一守はボソッと呟いたきり下を向いてしまった。
六万という従業員数。東証一部上場の団体と肩を並べられるくらいの規模だ。
ゲーム時代なら良かったが、今立っている現実はこの世界だ。
この世界で構成員を食わせていかなければならない。これは大変な事だ。
今までの分配ではジリ貧だ。両替屋に預けている資産もまとめ直さなければ……
整理がてら今までの事とこのゲームの事を考えてみた。まず何で自分らはゲームの中に入ってしまったのか。
自分はついさっきまで〈ネクストテラ〉をプレイしていた。
アップデートで恐獣の出現条件とパラメータに大幅な調整が入る事と、時間限定のログインボーナスを貰うため、そして大きな拡張が来るという事で情報収集の為にギルドの下っ端達はダンジョンへ、幹部は会議室で情報収集をしていた。
そして予告通り、パッチとアップデートが通常通り当てられた。そこまでは覚えている。
そこから十分くらいだったか。実行部隊からダンジョンへ突入するとの報告を受けて暫くしてから意識が飛んだ。
と言うか恐らく寝落ちしていた…… と思う。そして気が付いたら自分一人がゲームに入ってしまった。ではなくて皆で入ってしまった。
そもそもMMORPG〈ネクストテラ〉とは何だったか。
ゲームがスタートしたのは確か十二年前だった。二關が小学生中頃、一守がこのゲームを見つけて来てやり始めた。
日本や台湾、欧州のゲームデベロッパ、米国の大手検索サイトや世界最大手のネットショッピングサイト。
そして日本の大手ネット証券会社と旧国立銀行、各国の旅行会社等が垣根を超えて地球全土を舞台に開発したゲームだ。
ゲーム内通貨は現実で仮想通貨〈Sーbit〉として使える。そしてこのゲームは取引所としても機能していて各通貨に低手数料で換金できた。
ゲーム内で稼いで食っていこうと思えば食っていけたし、ゲームを楽しんでいなくても開始時拠点である〈探検家ハウス〉と言う長屋と〈コイン取引所〉をゲーム内で行き来すれば為替取引も出来た。故にゲーマー以外の登録者も多くいる。
主婦の間では財テクブームも到来していた。
特性上資金洗浄や所得隠しに使っている人間が多くいるのも事実だが……。
そしてマップにも特徴があった。現実世界の地球をそっくりそのままマップにしてしまった。
東京から札幌の距離が現実で約八百キロならこのゲームでも八百キロ、東京とニューヨーク約一万八百キロだったらゲーム内でも一万八百キロだ。
地球の地形が丸々コピーされたのがこの世界。
そしてこの世界でゲームを楽しんでいた探検家達は日本で約一千万人。一千万の内半分程度は株式、為替取引が目的だろうが……。そして日本以外だと……
「全世界で三億人超えだったか……」思わず呟いてしまった。
「明久君と四藏さんさ、日本サーバに登録しているプレイヤ数って知ってる?」二關は一守に尋ねてみた。
「結構いるのは知ってるけど人数までは知らん」一守はキョトンとした顔で答えた。
「約一千万程度のプレイヤがいるんだよね…… そして、MMORPGの中では割とPKが多い事でも有名な〈ネクストテラ〉だ…… セーフゾーンなんて無いし、やろうと思えば街中で暴れる事も出来る…… 覚悟した方がいいかもしれない」
ログインしていた人だけが被害者なのか、登録者全体に被害が及んでいるのかわからない。確か時間は二十三時過ぎ。
為替取引メインでやっていた人らでログインしていた人間は少ないはず。
「二關さん、一守さんさ、確かVR端末でゲームやってたよね。どんな感じだった」四藏はモニターでプレイしていた。強烈な目眩と吐気でトイレに駆け込もうとしたら目の前が見えなくなり、気がついたらここに居た。故にVR端末を買ったと先日騒いでいた一守に聞いてみたのだった。
「あー、めまいって言うのか、気持ち悪くなった。あと、耳鳴りとノイズ。目の前がブラックアウトしていって、頭がグルグルした。で気がついたらさっきまで見ていた光景が目の前に広がって、操作端末が手から消えてた」手をグーパーしながら一守は答えた。
「僕も似たような感じだった」一守が言い終わるのを待ってし二關も答えた。
「俺はモニタでやってた。一守と似たような感じだ。頭から血が引くような感覚。ヘッドホンから鳴り響くノイズに耳鳴り。そのままブラックアウトして気が付けばこの有様だ」四藏もため息をつきながらやれやれと言う表情だ。
転移が起こった時、何が起こったのか何をされたのか、恐らく誰も知らない、わからない。今後それが解明されるのか、仮に解明されても戻れるのか…… 事態は思っている以上に大変なのかもしれない。
幸いなのは誰か一人だけではないと言う事だ。ゲーム内と簡単なオフ会程度だが僕には仲間がいる。ギルドの煩わしさが面倒に感じた事もあったが、ギルドに入っていて良かったと心底思った。
ジリリリリリリリリリリ……
三人で話していれば、突然二關のポケットからベルの音が鳴りだした。
手運び式の通信機〈魔法通信機〉と呼ばれる元の世界で言う電話機だ。
ボイスチャットをこの世界に落とし込むための苦肉の策とも言える代物だ。それが突然鳴り出した。
「ぁ、もしもし、桶口ですけど……」電話口の声は少し震えている様に聞こえた。
「桶口さんか、どうしました?」
「羽田のエプロンなんだけど…… これは何て説明したら良いのか。土地だけ残って建物も転移装置も消え去ってる」
「ぇ…… わかりました。どうしましょうか…… とりあえず本館に戻ってきて下さい」
羽田エプロンが消え去っている……。エプロンとは都市間の移動用の転移ゲートだ。元の世界の空港がある場所に存在している。
「四藏さん、電話機は使えます。直ぐに原さんと連絡を取ってください。各地のエプロン状況の情報収集をさせてください」
近場のエプロンだと…… 成田か。低価格の近距離用の百里と調布。消え去ったのが羽田だけなのか。もし他のエプロンも消え去っていれば、移動が出来なくなる。
―― これは大問題だ。
元の世界の様に整備された道路も、鉄道も、自動車もバイクも存在しない。馬は居るが生モノだ、物の様に使えない。
〈魔法通信機〉が使えるのだから連絡のやりとりについては問題ない。
ただ、人や物の移動はかなり制限される。元の世界では30キロ、50キロの移動なんて苦労しなかった。
元の世界では当然だった事が出来なくなる。どうしたら良いのか……。
それに、財団の海外拠点はどうなる。それよりも海外拠点にホームを置いていたメンバーは今どこに居るのか……
羽田エプロン消失。そして海外の拠点に居たメンバーの事を考えていたら、突如としてドアが開いた。
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