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「あぁあ~、やっぱり歌、上手くなんないなぁ……」
今日もアイドル衣装に身を包み、ライブをなんとかこなしてきた私・桜樹このみは、控え室に着くなり鏡台の前に座って勢いよく突っぷした。
そのまま、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……と奇声を発していたが、こうしていて事態が解決するわけでもなくて、盛大なため息を漏らす。私は気合を入れるために鞄からスマートフォンを取りだした。
写真閲覧アプリをたちあげて、かの写真を表示する。写っている人数は全部で1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。私の弟妹たちが、どったんばったん暴れながらポーズを決めにかかっている一枚だ。両脇には、困ったように子どもたちを嗜めようとしている両親。表情に人のよさがだいぶ出ている。
「いやもう、困窮するほど、どうして産むかなぁ……」
単刀直入に言おう。我が家にはお金がない!
そして私は世間一般で言うところの『美少女』だったらしい、以上!
アルバイトより、(売れることが条件ではあるが)アイドルをするほうが稼げるのだ。収入のほとんどはもちろん家に入るし、私に残るのは、お仕事に必要な美容代のみである。
私は自身のふわふわセミロングをいじりながら、両親とはあまり似ていないぱっちりとした瞳で自らを一瞥した。なんということでしょう! 腰は細くくびれ、ついでに胸まで大きかった。正直肩がこるけれど、この商売に取りくむのなら、少しだけついていたのかもしれない(控えめな胸部がおすきな御仁ももちろんいらっしゃるが)。
「対応とダンスは努力でなんとか及第点みたいだけど。歌がなぁ~……」
声自体は評判によると、愛らしい部類らしいのだが。歌唱力が目下の悩みだった。
私はどんよりとしたままつぶやく。
「どうしたらいいんだろ……」
売れつづけなきゃ、いけないのに。
――すごく……疲れた。
またひとつ、控え室にため息を落としていると。
「それなら、この桃を食べませんか?」
「? それになんの意味が――」
そこまで応えて、私は血の気が引いた。
この部屋は部外者厳禁。マネージャーさんは出払って、今は私以外だれもいなかったはずだ。
そして、こんなぞくぞくするほど甘やかな男のひとの声は、聞いたことがなくて――。
(聞きほれてる場合じゃない! ファンのかたが入りこんでいらした!?)
私ががばっ、と勢いよく振りむくと、そこには。
「わああ、本当の本当に、このみんだぁ~!」
……おっしゃっていることはファンのかたのそれなのだが。
ビジュアルがなにか違った。
現実世界にいてたまる?? というくらい整った顔立ち。これまた現実世界にそんなお色ありますかね?? くらい美しい淡いグリーンの髪は、長く床まで伸びている。そして、神話の中に出てくるみたいな薄布をまとった格好。手には、先ほど確かに言っていた、綺麗で美味しそうな桃を大切そうに抱えていた。
ええっと……?
しばし、停止する。
ただ、このままの状況でいるわけにもゆかず、私はひとつの答えを無理矢理捻りだした。
「あっ、ああ~……同業者のかた、ですかね!? すみません、すっごくお綺麗なので見惚れちゃって♡」
対する美形は、にこぉっ! と華やいだ笑顔を見せる。
「わああ、このみんやっぱり神対応~! でも、違いますよ? ぼくはこのみん推しのいち『この民』です♡」
……ウッアアアァア! 『この民』って私を推してくださっているかたの通称だぁあぁあ!!
ど、どうしよう。このひと格好もだけれど、控え室まで乗りこんでくるなんて、思考だってだいぶまともじゃない。
私はさりげなく、“あ、あはは~、ちょっと私、お花を摘みに♡”と愛嬌をふりまき、そっと部屋から辞そうとした(もちろんそのあと、全速力で逃げる)。
ドアノブへ少し震える手をかける。だがしかし、何度ひねってもまったく開いてくれない。
「え、ど、どうして……っ」
「このみん……このみんはお手洗いになんかゆかないって、信じていたのに……」
「ひうっ!?」
すぐ背後から吐息がかかり、私は悟った。
逃 げ ら れ な い ! !
「あ、あの、お花を摘みにって、違うんですよぉ。このみ、急にお花さんに会いたくなっちゃってぇ、かわいそうだけれど摘ませてもらおうかなぁって♡」
「この上さらに夢を見させようとしてくださるなんて……このみん本当天使! いいんです。このみんもひとの子、排泄は切っても切れない営みですよね……」
「改まって排泄とか言われちゃうと恥ずかしいんですけど!? あと、信じてたの信じてなかったのどっち!?」
「そこでこの桃です!」
「お話聞いてます!?」
ツッコみすぎて疲れた……。
ぜはぜはと肩で息をしていると、その見目麗しい男は、おお! となにかに思いいたったような声をあげる。熟れた桃を持ったまま、華麗な礼をとる彼に、不覚にも少しだけ……いやすごく見惚れてしまった。
「名乗りわすれていましたね、このみん。私の名はフェイロン。仙界に住まう神です」
「……せんかい?」
「仙人や神様、と呼ばれる者たちが暮らす世界ですねー。で、ぼくは割と上のほうの神様になります~」
「や、ややややや……」
やばいひとだ……!!
私はがくがく震えるからだで、必死にスマートフォンの緊急通報ボタンを押しにかかる。
でも。
携帯電話は、画面を真っ暗にしたままなんの反応もない――。
「おや、ぼくの『神気』にあてられたのでしょうか? 『すまほ』とやら、使ってみたかったのに……」
だから、なに言ってるの?!
彼の言葉をまったく受けいれられない私は、顔を真っ青にしたまま当然の疑心をぶつけた。
「証拠! あ、あなたがひとじゃないっていう証拠を見せてよ! そうじゃなきゃ叫んでスタッフさんを呼ぶから……!!」
「今の段階でだいぶ叫んでいらっしゃいますが……。まぁ、防音結界は張ってあるのですけれど。しかし、このみんには信じてもらいたいですし――これなら、どうです?」
その言葉が放たれて、すぐだった。
眩い光が部屋を満たし、私は咄嗟に目を強くつぶる。
そうしておそるおそる、目を開くと。
目の前には、大きな大きな――部屋いっぱいくらい長いからだをした、龍がいた。
『このみんに生まれたままの姿を見てもらうのって、こそばゆいですね……』
オーロラ色の鱗を煌めかせながら、控えめな調子でその美声を轟かせた龍を目の当たりにして、私は。
「……きゅうっ」
意識を完全に手放した。
✿✿✿✿✿
あたたかな、温もりに包まれていて心地よい。私は、誰かの腕の中にいるようだった。
「――みん、このみん……」
「んう……っ」
ゆっくり、瞼を開けると。
この世のものとは思えないほど綺麗な、男性の顔――。
(芸術品みたい……)
すうっと、その彫刻みたいな頬を包みこんで撫でる。
「っ♡このみん……とろんとしていて、かわいい……っ!」
「わああああ!!」
その表情に発情が混ざった気がして、私はそれをぐいっ、と限界まで遠くへ押しやった。
「ぐえっ。こ、このみん、痛いです……」
「あ、あああ、あなたっ」
「フェイロンです♡」
「ほっ、本当に、神様……」
にこっ、と笑ってみせるフェイロン、さんは、伊達ではなく神々しかった。
神様の首をぐきっといわせてしまった。とりあえず謝らなければ! そして。
「ご、ごめんなさい。でも、なんで、神様が私のこと……?」
最も確かめたい疑問だった。すると、フェイロンさんは熱心な調子で語りはじめる。
「今、仙界では日本のアイドルが大ブームなんです!」
「……はい?」
「我ら神は気が遠くなるほどの長命です。ある程度様々乗りこえると……やることがなくなって、娯楽を求めるのですよね」
「は、はあ……」
そ、そういうもの、なのかな。
静かに続きを促すと、彼は興奮冷めやらぬ様子でまくしたてる。
「このみんの歌は不思議です。我々神の心を浮きたたせ、凝りかたまったなにかを乱し、騒がせる……それはもう、たまらなく……」
な、なにやら壮大な雰囲気……私ってそんなすごい歌い手だったの!?
わくわくその先を待っていると、フェイロンさんは至極うっとりとのたまった。
「久方ぶりに男神たちの劣情を誘ってやまない代物なのです……!」
「ちょっと待ってえぇええ!!」
「えっ?」
「えっ、じゃないですよなんですか恍惚と! 劣情って!?」
「性的に興奮するって意味ですけれど?」
「真顔で返すじゃないですか! 本人前にしてなに言ってるかな!?」
「あのたどたどしい感じ……ぼくが私が、一からなにもかもすべて教えてあげたくなる、って仙界では大人気なのです」
「イ~ヤァー! 怖い怖い怖いぃい!」
「ご安心くださいこのみん☆本当に危ない勢はこのぼくが不能にしてきました♡」
んんん!? 再起不能って意味だよね、そうとっておこうかな!?
よくわからないけれど『褒めて♡』みたいな目をされている。
あはは、ありがとうございます……? と引きつった笑みで応えると、龍なはずなのに、なぜか彼に犬耳としっぽがついているような幻覚が見えた。
「それで、ぼくがこのみんを不老不死にしてさしあげたくて! この『仙桃』の出番、というわけです」
「――は?」
頭が真っ白になる。フェイロンさんは誘うように、蠱惑的な笑みを浮かべて言葉を連ねた。
「この桃は、仙界の中でも大変に希少な一品。食べればたちまち、永劫の生を約束されるのですよ。どうですか、このみん。永き刻を我らと共に楽しく過ごすというのは。死への恐怖から解放され、享楽と平穏に生きてみませんか……?」
歌の練習だって、これからいくらだってできますよ。その美しい姿のままでね――。
そう言って、彼は微笑む。
アイドルにとって、『老い』は大きく、抗いがたい課題だ。
この神様の手をとれば、全部、死ぬことすら飛びこえられる。
きっと、これを逃せばその機会は、二度と訪れないだろう。
歌うのは、向いていないなりにすきだった。でも、いつもつきまとうのは、上手にできないことへのいらだち、いつか世間から飽きられ、捨てられるかもしれないという焦燥。
家族の面倒も、もう見なくて済むのだろう。
私が無理して、あれこれ悩むことなんて、なくなるんだ――。
眩暈を覚えながら、桃に向かって手を伸ばす。
彼が、幸せそうに笑んだ、その口に。
――私は桃を、つっこんだ。
「んむっ!?」
目を白黒させるフェイロンさん。私はにいっ、とアイドルらしくない笑いを浮かべてみせた。
「甘く見ないで。私、焦ったりもするけど、今の状況は恵まれてるとも思ってるの。いっぱいの家族がいて、お仕事も一応順調。その上神様までファンについてくれてるなんて――そんな人生、」
最高の笑顔のまま、吐きすてるように言ってのける。
「しゃぶってねぶって、最後まで燃えつきてやんなきゃ、運命に失礼でしょ!」
どこまでも美しい神様は、ピシッと固まってしまっている。
一方私は、ぼんやりと、ああ~……、結局無体を働ききっちゃったなぁ、ここで絶命させられるかも……などと思いながら、笑みを保ちつづけていた。
彼はその内、口に頬ばっていた桃を放し、じーっとこちらを見つめはじめた。
ぺろ、と口まわりの果汁を舐めとる。その仕草は色っぽくて、私はちょっとだけどぎまぎした。
やがて彼は残りの桃を懐にしまって(異空間にでも繋がっているの?? 胸許が膨らむ様子もなく、それは視界から消えていった)どんどんとうつむいてゆく。気まずくなってきた私が、ひたすらに『沙汰』を待っていると。
「~~かっこいい!!」
「……はい??」
フェイロンさんは目をきらきらさせながら、私のことをハグしだした。
「かっこいいかっこいいかっこいい! 見目はこんなにかわいい系なのに、あのような殺し文句……っ!」
そして、瞳にどろどろとした熱を孕ませ、ハートマークを散らしながら彼は言う。
「骨の髄まで、ぼくに染めたい……♡♡」
私は目を点にした。
この神……優しい振りして絶対Sだ……!!
「ぎぃーゃー!! やだやだ、腰撫でまわすなし!!」
「なぜですか、ぼく巧いですよ!?」
「なにがだー!!」
こののち、口移しで残った『仙桃』を完食するはめになったり、仙界へ旅立ったり、最終的にこのおかしな神様と末永く愛しあうことになるのだけれど。それはまた、別のお話。
【完】
今日もアイドル衣装に身を包み、ライブをなんとかこなしてきた私・桜樹このみは、控え室に着くなり鏡台の前に座って勢いよく突っぷした。
そのまま、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……と奇声を発していたが、こうしていて事態が解決するわけでもなくて、盛大なため息を漏らす。私は気合を入れるために鞄からスマートフォンを取りだした。
写真閲覧アプリをたちあげて、かの写真を表示する。写っている人数は全部で1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。私の弟妹たちが、どったんばったん暴れながらポーズを決めにかかっている一枚だ。両脇には、困ったように子どもたちを嗜めようとしている両親。表情に人のよさがだいぶ出ている。
「いやもう、困窮するほど、どうして産むかなぁ……」
単刀直入に言おう。我が家にはお金がない!
そして私は世間一般で言うところの『美少女』だったらしい、以上!
アルバイトより、(売れることが条件ではあるが)アイドルをするほうが稼げるのだ。収入のほとんどはもちろん家に入るし、私に残るのは、お仕事に必要な美容代のみである。
私は自身のふわふわセミロングをいじりながら、両親とはあまり似ていないぱっちりとした瞳で自らを一瞥した。なんということでしょう! 腰は細くくびれ、ついでに胸まで大きかった。正直肩がこるけれど、この商売に取りくむのなら、少しだけついていたのかもしれない(控えめな胸部がおすきな御仁ももちろんいらっしゃるが)。
「対応とダンスは努力でなんとか及第点みたいだけど。歌がなぁ~……」
声自体は評判によると、愛らしい部類らしいのだが。歌唱力が目下の悩みだった。
私はどんよりとしたままつぶやく。
「どうしたらいいんだろ……」
売れつづけなきゃ、いけないのに。
――すごく……疲れた。
またひとつ、控え室にため息を落としていると。
「それなら、この桃を食べませんか?」
「? それになんの意味が――」
そこまで応えて、私は血の気が引いた。
この部屋は部外者厳禁。マネージャーさんは出払って、今は私以外だれもいなかったはずだ。
そして、こんなぞくぞくするほど甘やかな男のひとの声は、聞いたことがなくて――。
(聞きほれてる場合じゃない! ファンのかたが入りこんでいらした!?)
私ががばっ、と勢いよく振りむくと、そこには。
「わああ、本当の本当に、このみんだぁ~!」
……おっしゃっていることはファンのかたのそれなのだが。
ビジュアルがなにか違った。
現実世界にいてたまる?? というくらい整った顔立ち。これまた現実世界にそんなお色ありますかね?? くらい美しい淡いグリーンの髪は、長く床まで伸びている。そして、神話の中に出てくるみたいな薄布をまとった格好。手には、先ほど確かに言っていた、綺麗で美味しそうな桃を大切そうに抱えていた。
ええっと……?
しばし、停止する。
ただ、このままの状況でいるわけにもゆかず、私はひとつの答えを無理矢理捻りだした。
「あっ、ああ~……同業者のかた、ですかね!? すみません、すっごくお綺麗なので見惚れちゃって♡」
対する美形は、にこぉっ! と華やいだ笑顔を見せる。
「わああ、このみんやっぱり神対応~! でも、違いますよ? ぼくはこのみん推しのいち『この民』です♡」
……ウッアアアァア! 『この民』って私を推してくださっているかたの通称だぁあぁあ!!
ど、どうしよう。このひと格好もだけれど、控え室まで乗りこんでくるなんて、思考だってだいぶまともじゃない。
私はさりげなく、“あ、あはは~、ちょっと私、お花を摘みに♡”と愛嬌をふりまき、そっと部屋から辞そうとした(もちろんそのあと、全速力で逃げる)。
ドアノブへ少し震える手をかける。だがしかし、何度ひねってもまったく開いてくれない。
「え、ど、どうして……っ」
「このみん……このみんはお手洗いになんかゆかないって、信じていたのに……」
「ひうっ!?」
すぐ背後から吐息がかかり、私は悟った。
逃 げ ら れ な い ! !
「あ、あの、お花を摘みにって、違うんですよぉ。このみ、急にお花さんに会いたくなっちゃってぇ、かわいそうだけれど摘ませてもらおうかなぁって♡」
「この上さらに夢を見させようとしてくださるなんて……このみん本当天使! いいんです。このみんもひとの子、排泄は切っても切れない営みですよね……」
「改まって排泄とか言われちゃうと恥ずかしいんですけど!? あと、信じてたの信じてなかったのどっち!?」
「そこでこの桃です!」
「お話聞いてます!?」
ツッコみすぎて疲れた……。
ぜはぜはと肩で息をしていると、その見目麗しい男は、おお! となにかに思いいたったような声をあげる。熟れた桃を持ったまま、華麗な礼をとる彼に、不覚にも少しだけ……いやすごく見惚れてしまった。
「名乗りわすれていましたね、このみん。私の名はフェイロン。仙界に住まう神です」
「……せんかい?」
「仙人や神様、と呼ばれる者たちが暮らす世界ですねー。で、ぼくは割と上のほうの神様になります~」
「や、ややややや……」
やばいひとだ……!!
私はがくがく震えるからだで、必死にスマートフォンの緊急通報ボタンを押しにかかる。
でも。
携帯電話は、画面を真っ暗にしたままなんの反応もない――。
「おや、ぼくの『神気』にあてられたのでしょうか? 『すまほ』とやら、使ってみたかったのに……」
だから、なに言ってるの?!
彼の言葉をまったく受けいれられない私は、顔を真っ青にしたまま当然の疑心をぶつけた。
「証拠! あ、あなたがひとじゃないっていう証拠を見せてよ! そうじゃなきゃ叫んでスタッフさんを呼ぶから……!!」
「今の段階でだいぶ叫んでいらっしゃいますが……。まぁ、防音結界は張ってあるのですけれど。しかし、このみんには信じてもらいたいですし――これなら、どうです?」
その言葉が放たれて、すぐだった。
眩い光が部屋を満たし、私は咄嗟に目を強くつぶる。
そうしておそるおそる、目を開くと。
目の前には、大きな大きな――部屋いっぱいくらい長いからだをした、龍がいた。
『このみんに生まれたままの姿を見てもらうのって、こそばゆいですね……』
オーロラ色の鱗を煌めかせながら、控えめな調子でその美声を轟かせた龍を目の当たりにして、私は。
「……きゅうっ」
意識を完全に手放した。
✿✿✿✿✿
あたたかな、温もりに包まれていて心地よい。私は、誰かの腕の中にいるようだった。
「――みん、このみん……」
「んう……っ」
ゆっくり、瞼を開けると。
この世のものとは思えないほど綺麗な、男性の顔――。
(芸術品みたい……)
すうっと、その彫刻みたいな頬を包みこんで撫でる。
「っ♡このみん……とろんとしていて、かわいい……っ!」
「わああああ!!」
その表情に発情が混ざった気がして、私はそれをぐいっ、と限界まで遠くへ押しやった。
「ぐえっ。こ、このみん、痛いです……」
「あ、あああ、あなたっ」
「フェイロンです♡」
「ほっ、本当に、神様……」
にこっ、と笑ってみせるフェイロン、さんは、伊達ではなく神々しかった。
神様の首をぐきっといわせてしまった。とりあえず謝らなければ! そして。
「ご、ごめんなさい。でも、なんで、神様が私のこと……?」
最も確かめたい疑問だった。すると、フェイロンさんは熱心な調子で語りはじめる。
「今、仙界では日本のアイドルが大ブームなんです!」
「……はい?」
「我ら神は気が遠くなるほどの長命です。ある程度様々乗りこえると……やることがなくなって、娯楽を求めるのですよね」
「は、はあ……」
そ、そういうもの、なのかな。
静かに続きを促すと、彼は興奮冷めやらぬ様子でまくしたてる。
「このみんの歌は不思議です。我々神の心を浮きたたせ、凝りかたまったなにかを乱し、騒がせる……それはもう、たまらなく……」
な、なにやら壮大な雰囲気……私ってそんなすごい歌い手だったの!?
わくわくその先を待っていると、フェイロンさんは至極うっとりとのたまった。
「久方ぶりに男神たちの劣情を誘ってやまない代物なのです……!」
「ちょっと待ってえぇええ!!」
「えっ?」
「えっ、じゃないですよなんですか恍惚と! 劣情って!?」
「性的に興奮するって意味ですけれど?」
「真顔で返すじゃないですか! 本人前にしてなに言ってるかな!?」
「あのたどたどしい感じ……ぼくが私が、一からなにもかもすべて教えてあげたくなる、って仙界では大人気なのです」
「イ~ヤァー! 怖い怖い怖いぃい!」
「ご安心くださいこのみん☆本当に危ない勢はこのぼくが不能にしてきました♡」
んんん!? 再起不能って意味だよね、そうとっておこうかな!?
よくわからないけれど『褒めて♡』みたいな目をされている。
あはは、ありがとうございます……? と引きつった笑みで応えると、龍なはずなのに、なぜか彼に犬耳としっぽがついているような幻覚が見えた。
「それで、ぼくがこのみんを不老不死にしてさしあげたくて! この『仙桃』の出番、というわけです」
「――は?」
頭が真っ白になる。フェイロンさんは誘うように、蠱惑的な笑みを浮かべて言葉を連ねた。
「この桃は、仙界の中でも大変に希少な一品。食べればたちまち、永劫の生を約束されるのですよ。どうですか、このみん。永き刻を我らと共に楽しく過ごすというのは。死への恐怖から解放され、享楽と平穏に生きてみませんか……?」
歌の練習だって、これからいくらだってできますよ。その美しい姿のままでね――。
そう言って、彼は微笑む。
アイドルにとって、『老い』は大きく、抗いがたい課題だ。
この神様の手をとれば、全部、死ぬことすら飛びこえられる。
きっと、これを逃せばその機会は、二度と訪れないだろう。
歌うのは、向いていないなりにすきだった。でも、いつもつきまとうのは、上手にできないことへのいらだち、いつか世間から飽きられ、捨てられるかもしれないという焦燥。
家族の面倒も、もう見なくて済むのだろう。
私が無理して、あれこれ悩むことなんて、なくなるんだ――。
眩暈を覚えながら、桃に向かって手を伸ばす。
彼が、幸せそうに笑んだ、その口に。
――私は桃を、つっこんだ。
「んむっ!?」
目を白黒させるフェイロンさん。私はにいっ、とアイドルらしくない笑いを浮かべてみせた。
「甘く見ないで。私、焦ったりもするけど、今の状況は恵まれてるとも思ってるの。いっぱいの家族がいて、お仕事も一応順調。その上神様までファンについてくれてるなんて――そんな人生、」
最高の笑顔のまま、吐きすてるように言ってのける。
「しゃぶってねぶって、最後まで燃えつきてやんなきゃ、運命に失礼でしょ!」
どこまでも美しい神様は、ピシッと固まってしまっている。
一方私は、ぼんやりと、ああ~……、結局無体を働ききっちゃったなぁ、ここで絶命させられるかも……などと思いながら、笑みを保ちつづけていた。
彼はその内、口に頬ばっていた桃を放し、じーっとこちらを見つめはじめた。
ぺろ、と口まわりの果汁を舐めとる。その仕草は色っぽくて、私はちょっとだけどぎまぎした。
やがて彼は残りの桃を懐にしまって(異空間にでも繋がっているの?? 胸許が膨らむ様子もなく、それは視界から消えていった)どんどんとうつむいてゆく。気まずくなってきた私が、ひたすらに『沙汰』を待っていると。
「~~かっこいい!!」
「……はい??」
フェイロンさんは目をきらきらさせながら、私のことをハグしだした。
「かっこいいかっこいいかっこいい! 見目はこんなにかわいい系なのに、あのような殺し文句……っ!」
そして、瞳にどろどろとした熱を孕ませ、ハートマークを散らしながら彼は言う。
「骨の髄まで、ぼくに染めたい……♡♡」
私は目を点にした。
この神……優しい振りして絶対Sだ……!!
「ぎぃーゃー!! やだやだ、腰撫でまわすなし!!」
「なぜですか、ぼく巧いですよ!?」
「なにがだー!!」
こののち、口移しで残った『仙桃』を完食するはめになったり、仙界へ旅立ったり、最終的にこのおかしな神様と末永く愛しあうことになるのだけれど。それはまた、別のお話。
【完】
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この作品は感想を受け付けておりません。
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