愛しくて殺したい

TAI

文字の大きさ
4 / 7
第一章 あの日あの場所で

負けん気女の子

しおりを挟む
 今思うことは、暑いということだけ。なのに、今自分にできることと言ったら、ただ無心にラケットを振ることだけ、今にも倒れそうだ。だがもしここで手を止めれば、ロケット弾の如くテニスボールを容赦なく撃ち込まれるだろう。

 コートの中で佐久間隆太は、獅子と相対する猫に似た恐怖に侵されていた。
 隆太はテニス部副部長である。
 夏目とは小学生からの付き合いで、
テニスに触れたのも同時期だ。強いて違う点を挙げるならば、天性のスキルだろう。

 小学校二年の秋。体が小さく細々しかった隆太を心配した親に、近くの市民ホールで毎週土曜に行っているテニススクールに連れていかれた。そこで、初めて見るテニスコートで上級生と思われる男子と対峙する一人の女の子を見て、隆太は青春をテニスに捧げることを決心した。

 その女の子は隆太と同い年で、つい1カ月前に入ったばかりだと聞いた。
それなのに、年上であり男子である相手と互角にやりあっているその姿は、幼き隆太を魅了するには十分だった。しかしそれは恋情ではなく単純な尊敬だと覚えている。

 その日のうちに入会手続きを済ませた親から、今日は体験入会だから見学だけしていきなと言われたが、隆太は早速コート内に入り、女の子に声をかけた。
「ねえ、君。さっきの試合すごかったね。僕は隆太。君の名前は?」
しかし、返ってきたのは嫌悪感丸出しの表情だった。
「は、何?」
 その威圧に一瞬気圧された隆太だったが、あきらめずに次の言葉を探した。
「い、いや純粋にすごいなって…」
近くに落ちていたラケットを拾い上げ、見よう見まねで素振りをする。その直後、隆太の素振りを素手で握り止め、隆太の手からラケットを引き抜く。
「調子に乗らないで!あんたみたいなやつに何が分かるのよ!半端な気持ちで評価すんな!」
あまりの迫力に、隆太はその場に尻もちをつく。
 ラケットを元の場所に乱暴に戻すと、女の子はコートを後にする。
 一人残された隆太は金縛りにあったようにその場から動けなくなってしまった。

 そのあとのことはよく覚えていない。
 親からはなにかしたんじゃないのかと言われたが、隆太自身そんな覚えは一切なかった。
 何がいけなかったのか、その後も知ることはなかったが、少なくともその日を境に、隆太の心に火が付いたのは確かだった。
 それから7年間、その女の子。榊夏目の成長を間近で隆太でさえ、いや、間近で見たからこそその才能の偉大さに気づき、惚れていったのだと思う。
 彼女の背中は追いかける度に離れていき、その背中は隆太の憧れでもあった。

 そんな追いかけっこを繰り返すうちに、隆太の実力はめきめきと上達し、スクールでは向かうところ敵なしとなったが、唯一夏目にだけは一度も勝てなかった。

 そして昨年、テニス部部長となった夏目の半ば強引な指名で副部長となった。
しかし、それは喜びと同時に屈辱でもあった。
基本的に試合成績などで決まる序列関係において、役職の上下は腕前の良し悪しと比例する。即ち、夏目は隆太を自分の下だと暗に明言したも同然だ。
 
 事実そうなのだから何も言えないが、ラケットに触れた日から今日まで、煮え湯を飲まされる覚悟で打ち込んだ日々を否定された気分だった。

 だからこそ、今日この瞬間勝たねばならなかった、自分の存在意義を勝ち取るために。
 だがすでに、百回以上のラリーを続けている。そろそろ決定打を打たなければ、先にへばるのは自分だ。

 しかし、先に決定打を決め込んだのは夏目だった。
 パンっという気持ちのいいスマッシュ音と共に放たれたテニスボールは白線ギリギリでバウンドし、誰もいない方向へ向かう。それを最後の意地を見せた隆太のラケットがボールを捉え、打ち返した。

 しかし、隆太の願い虚しく、そのボールは綺麗な放物線を描いて、ベンチの上に跳ねた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...