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「プロローグ」
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「はァ…」
雨に濡れたように黒く艶めく長い髪を掻き上げた男の口から、濃い吐息が漏れる。
今は逢う魔が時。
日が沈み、家々の窓には灯りが点々と点き、街灯にも光が灯されて、刻々と街の表情が昼間とは違った、どこか穏やかな顔に変わっていく。
男は、もう一度、深く酔ったようなため息を吐く。
その息は、この世にあるどの禁断の果実よりも甘く、ただ、食虫植物のようなドロドロと粘着質な深い殺気を孕んでいた。
「…人間の感じる『恐怖』というものがこれまで甘美だとは…」
男がそう呟く。座っているのはビルの屋上。それも、フェンスを越して落ちるかどうかギリギリの所で伸びをする。
落下をしないか、心配をしてくれた心優しい人が少々いるとは思うが、安心して欲しい。
彼の背中には異形の漆黒の翼がある。
形は、夕暮れ時に飛ぶ蝙蝠の様。
ポツポツとつきはじめたネオンに反射して、虹色に光る軸となる鱗。
飛膜は軽く透けていて、僅かに血管が通っているのが判る。
これなら、落ちたとしても飛ぶ事が出来る。
烏よりも優雅に。梟よりも力強く、燕よりも早く。
「…とりあえず、試しに1人攫ってみようか」
その思いつきに、くくと笑い、大きな手で目元を抑え、ニィと口端を開くと、異様に伸びた犬歯が覗く。
「どうせなら、死に損ないよりも若く、夢がある奴がいい。そうだ、そういう奴らの血は甘い」
翼をバサリと揺らす。
「ついでに毒でも廻してやろう。ははは、まさか俺様がここに来るとは、あいつらも思ってねぇだろ」
男が、街灯の下を歩く人間に狙いを定め、ビルの上から飛び立とうと、翼を大きく広げた瞬間、ピィンと金属音が鳴った。
「…ちっ」
舌打ちをすると同時に男の周りにボッと炎の渦が巻いた。
「サトウ。やっと見付けました」
一瞬、空間に歪みが生じ、現れたのは、炎を纏い、尾羽が優雅に長い丹色の鳥。
フェニックス。不死の象徴の鳥だ。
(厄介だな…シノが来るとは思わなかった…面倒だ)
フェニクスから、蝶の様に優雅に、しかし、どこか威圧的な女性の声が聞こえた。
「あなたは、一級怨霊魔獣です。勝手に人間界に来ることは、マスターから禁じられているはず。そんなあなたが、何故、此処に?」
「サトウ」と呼ばれた男は呆れた様に小さく笑うと、
「シノ。俺が人を呪うのに、理由がいるのか?」
と言って、炎の渦が掻き消される程、強く、バサリと揺らすと呪縛が解けた。
炎が消えて、サトウが放つ禍々しい空気が辺りを覆う。
「…サトウ…まさか…」
シノ、と呼ばれたフェニクスが黒曜石の様な瞳を細める。
「ああ、そうさ。俺は今日1人の人間に渾身の呪いを放つ。そいつが解除出来るかどうかなんか知ったこちゃない。一生苦しむハメになるかもな。なぁ、シノ、面白くないか?俺らを作って死なない呪いを課した人間たちに今度は俺が呪いをかけるんだ。はは、楽しみにしてろ」
そういうと、サトウは翼を大きく羽ばたかせると、夕日が落ち、夜の闇が侵食し始めた空を飛んで行った。
美しい不死鳥は溜め息を吐くと身体を震わせ、女性の姿になると、ビルの屋上へ着地した。
シノは、紫のロングヘアに、金色の瞳をしていた。
サトウが先程まで座っていた所の地面を指ですーっと拭うと、黒いタールのような粘着質の液体がついた。
「怪我をしていても『呪イ人』を作るなんて…正気ですか…?」
シノは、指についた液体を祓うと、夜に包まれた街を、再び目を眇めて見下ろした。
雨に濡れたように黒く艶めく長い髪を掻き上げた男の口から、濃い吐息が漏れる。
今は逢う魔が時。
日が沈み、家々の窓には灯りが点々と点き、街灯にも光が灯されて、刻々と街の表情が昼間とは違った、どこか穏やかな顔に変わっていく。
男は、もう一度、深く酔ったようなため息を吐く。
その息は、この世にあるどの禁断の果実よりも甘く、ただ、食虫植物のようなドロドロと粘着質な深い殺気を孕んでいた。
「…人間の感じる『恐怖』というものがこれまで甘美だとは…」
男がそう呟く。座っているのはビルの屋上。それも、フェンスを越して落ちるかどうかギリギリの所で伸びをする。
落下をしないか、心配をしてくれた心優しい人が少々いるとは思うが、安心して欲しい。
彼の背中には異形の漆黒の翼がある。
形は、夕暮れ時に飛ぶ蝙蝠の様。
ポツポツとつきはじめたネオンに反射して、虹色に光る軸となる鱗。
飛膜は軽く透けていて、僅かに血管が通っているのが判る。
これなら、落ちたとしても飛ぶ事が出来る。
烏よりも優雅に。梟よりも力強く、燕よりも早く。
「…とりあえず、試しに1人攫ってみようか」
その思いつきに、くくと笑い、大きな手で目元を抑え、ニィと口端を開くと、異様に伸びた犬歯が覗く。
「どうせなら、死に損ないよりも若く、夢がある奴がいい。そうだ、そういう奴らの血は甘い」
翼をバサリと揺らす。
「ついでに毒でも廻してやろう。ははは、まさか俺様がここに来るとは、あいつらも思ってねぇだろ」
男が、街灯の下を歩く人間に狙いを定め、ビルの上から飛び立とうと、翼を大きく広げた瞬間、ピィンと金属音が鳴った。
「…ちっ」
舌打ちをすると同時に男の周りにボッと炎の渦が巻いた。
「サトウ。やっと見付けました」
一瞬、空間に歪みが生じ、現れたのは、炎を纏い、尾羽が優雅に長い丹色の鳥。
フェニックス。不死の象徴の鳥だ。
(厄介だな…シノが来るとは思わなかった…面倒だ)
フェニクスから、蝶の様に優雅に、しかし、どこか威圧的な女性の声が聞こえた。
「あなたは、一級怨霊魔獣です。勝手に人間界に来ることは、マスターから禁じられているはず。そんなあなたが、何故、此処に?」
「サトウ」と呼ばれた男は呆れた様に小さく笑うと、
「シノ。俺が人を呪うのに、理由がいるのか?」
と言って、炎の渦が掻き消される程、強く、バサリと揺らすと呪縛が解けた。
炎が消えて、サトウが放つ禍々しい空気が辺りを覆う。
「…サトウ…まさか…」
シノ、と呼ばれたフェニクスが黒曜石の様な瞳を細める。
「ああ、そうさ。俺は今日1人の人間に渾身の呪いを放つ。そいつが解除出来るかどうかなんか知ったこちゃない。一生苦しむハメになるかもな。なぁ、シノ、面白くないか?俺らを作って死なない呪いを課した人間たちに今度は俺が呪いをかけるんだ。はは、楽しみにしてろ」
そういうと、サトウは翼を大きく羽ばたかせると、夕日が落ち、夜の闇が侵食し始めた空を飛んで行った。
美しい不死鳥は溜め息を吐くと身体を震わせ、女性の姿になると、ビルの屋上へ着地した。
シノは、紫のロングヘアに、金色の瞳をしていた。
サトウが先程まで座っていた所の地面を指ですーっと拭うと、黒いタールのような粘着質の液体がついた。
「怪我をしていても『呪イ人』を作るなんて…正気ですか…?」
シノは、指についた液体を祓うと、夜に包まれた街を、再び目を眇めて見下ろした。
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