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少女と『九想典』の邂逅。
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路地裏を抜けた伊織と遺骸は、都市中心部にある「九想典」の本部へ向かっていた。
「おや、露店が出ているね。少し、買って行こう」
伊織は、赤い蝙蝠傘を持ったまま、器用にポケットから小銭を出し、恰幅のいい男性に支払う。
その間、他の人に遺骸が触れないように気をつけるのも忘れなかった。
「はい、今日作ったばかりの「ハル」だよ!」
「ありがとう、小腹が空いて居たんだ」
がはは、と大声で笑う男性から、丸い包みを二つ受け取ると、遺骸と共に、隅にある木で作られたベンチに座ることにした。
「これ、なぁに?」
少し、香ばしい匂いがするそれを興味津々の遺骸が受け取る。
「これは「ハル」と言う握り飯でね。脂の乗った白身魚と薬味を酒と醤油で炊いたものさ。拾都では、よく食べられてる料理だよ」
そう言って、伊織は包みを広げ、ひと口食べた。
「うん、文明開化の味がするね。君も食べなよ」
恐る恐る、包みを開いた遺骸。「ハル」どころか、握り飯も初めて見たらしく、矯めつ眇めつ見つめた後、まるで奪われたくないかのようにガツガツと飢えた獣のように食らい付いた。その姿に、驚くどころか、伊織は苦笑してしまった。
「遺骸、あんまり早く食べると胃が驚いてしまうよ。また買ってあげるから、味わってくれないかな?白身魚も薬味も米も俺の友人が作っていて、結構上物なのだがね」
頰張りながら、伊織を見て頷く遺骸。土埃のついた髪や血が滲んでいる服を見て、なんとも言えない気持ちになる。
「その姿、なんとかしてあげたいものだね。唯一に言って、風呂と洋服を用意させよう。人間は、身嗜みで変わるものだから。身嗜みで人間性を作られると言ってもいいさ」
伊織は、目を細めると、遺骸の頭に触った。
「!」
しかし、伊織の心臓が苦しくなることも、腕がもげたりする様な異常な事態も、何も起こらない。
「…なんで、あなたはイガイに触って、死なないの?」
「ふむ」
伊織は遺骸の柔らかい頬や、埃で汚れた髪を梳いたりしてみるが、何も起こらない。
「何か、お互い、特異体質なようだね。これは本当に「九想典」に頼るしかないようだ。彼等も久しぶりに腕がなるだろうさ。八舞のくまが酷くなるねぇ。あとで、ビタミン剤でも差し入れしよう。コンシーラーで隠すと言う手もあるけれど、肌荒れは隠すよりも元から治した方が夜の洗顔後の気分は変わるものさ」
「ハル」を包んでいた紙をくしゃくしゃと丸めていると、少し汚れたトレーナーを着た青年が受け取りに来た。
「お疲れさん」
伊織は、そう声を掛けると、ゴミを受け取った青年は会釈をして雑踏に消えていった。
「…あの人、誰?」
「ああ、彼は市場の治安を維持する人達の一人さ。ゴミ拾いや喧嘩の仲裁、迷子探しをすると、「九想典」から給料が配られるのだよ。失業者が次の勤め先を見つけるまでにすることが多いかな?子供たちも良い影響を受けてるようで、真似して遊ぶ子もいるよ」
ベンチから、立ち上がり、
「さぁ、行こう」
と言って、掛けてあった赤い蝙蝠傘を手に持つと、
「ねぇ、あなたの名前を教えてくれる?」
と、少し緊張気味に遺骸は言った。
「ん?あぁ、名乗り忘れていたね。俺の名前は伊織。簡単で覚えやすい名前だろう?自分でも気に入ってる」
「伊織…、ねぇ、伊織」
「何だい?」
「さっき、イガイに触れて大丈夫だったでしょう?」
「ああ、そうだね、死ぬことはなかったね」
「…手を、繋いでもらっても良い?」
不安げに、しかし、地獄に垂れた一本の蜘蛛の糸に縋るように伊織を金色の目で見つめながら遺骸は言った。
「良いよ、君が望むのならば」
蝙蝠傘を先程の男性に渡し、伊織は遺骸と手を繋いだ。
「…伊織の手は、大きくて温かいね」
「そうだろう?大人だからね。遺骸も大きくなれば、美人さんになるよ。俺の目に狂いはないさ」
「本当?」
「本当さ。本当のことをちんけな嘘で否定してどうする?あとで、フォローするのにまた嘘を吐く羽目になる。その苦労の方が、大変だろう?」
「…イガイの周りには、嘘を吐く人ばっかだった」
「それは災難だね」
遺骸の頭をくしゃくしゃと慰めるように撫でてやる。
「…見えてきたね、あれが「九想典」の本部だよ」
都市中心の広場の真ん中に「九想典」本部が建っていた。
建設されたのは「拾都戦争」が終わった後、すぐだった。
建物は戦争に未練がある霊を避けろ、と「九想典」の「七つの魂を持つ」霊七が提案したので邪気払いの効果がある黒瑪瑙で出来ている。
地下もある十一階建てのビルだが、作ったのは「九想典」の「雅味を好む」の三弥砥と「無限に作る」の六衣の二人だけだ。
本人達曰く、「わいわい言いながら作るのが楽しかった」とのことで、昼夜問わず建設にいそしんだ。
その結果、一週間で完成に至った。もちろん、手抜きはない。
一階はロビー、上に行くごとに「九想典」メンバーの管理している階になる。
最上階は、池や木、季節の草花が植えられていて、心が落ち着く。日当たりが良いので散歩にも立ち寄る都民も多い。会議室にも使われるが、普段は一般に開放されていて、入場料は取らない。
少し、たじろぐ遺骸。
「おや、大丈夫かい?身体が震えているじゃないか」
「初めて見たから…」
「怖がる事はないよ、大丈夫。危険な人々ではない。そこら辺の偽善者よりも優しい。さぁ、行こう」
震える遺骸の頭を撫でて、落ち着かせ「九想典」本部に入る。
中は、白檀のお香の香りがする。
一回のロビーには、夜の為か、人はいない。昼間なら、意見を求めてくる人の列が並んでることも少なくはないのだが。
隅にある革張り(しかし、動物愛護の為、高級合皮で出来ている)のソファに遺骸を座らせる。
「ちょっと待っててくれるかい」
電話をしようと、立ち上がると、
「伊織」
遺骸が、伊織の服の裾をギュッと引っ張る。
「どうしたのかな?」
「…独りにしないで」
「おや、赤子のような事を言うね?大丈夫、何かあったら大声で叫べば良い。すぐに駆けつけるよ」
まだ、不安そうだったので、頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
「何か持ってた方が落ち着くかい?そうだね…この黒パーカーを貸してあげよう。幸い、血はついてない。頭から被っていれば安心するさ」
黒パーカーを脱ぎ、遺骸の頭にかけてやる。
長身の伊織のパーカーを頭からすっぽり被ると、遺骸は完全に隠れてしまった。
「しばらく、そうしててくれたまえ。眠っても構わないよ」
安心と疲れからか、もそもそと動くと、横になる遺骸。きっと、寝てしまうだろう。
ふ、と伊織は小さく笑った後、広いロビーを横切り、隅にある電話を手に取った。
ここに昼夜問わず受付嬢なんていない。電話もそれぞれの直通でもなく「九想典」本部にいる誰かに繋がるというロシアンルーレットのようなものとなっている。
受話器をとり、「ツー」という音がした後、
「もしもし」
と、少しハスキーな女性の声がした。
「あー、その声は、霊七かな?」
「あぁ、伊織か」
電話は少し気怠そうな「九想典」の「七つの魂を持つ」の霊七にかかったようだ。
「唯一はいるかい?」
「知らない。ここにはいない。もう帰ったんだろ」
「そうか…ねぇ、霊七」
「なんだ」
「触るだけで人を殺す事って、案外簡単に出来るのかい?」
「…なんだって?」
ガチャンと音がした。恐らく、立ち上った勢いで椅子が倒れたのだろう。
「伊織、ちょっと待ってろ」
ガチャン、と今度は一方的に電話を切られた音がした。
電話を置き、ソファに戻る。遺骸は黒パーカーの下でぐっすり眠っていた。
その顔は天使のように可愛らしかった。これ目当てで遺骸を買う金持ちもいるだろう。
「ゆっくり、寝てなさい」
頭を撫でていると、ピンポーンという音と共に(エレベーターまで一週間で作ったあの二人は人間じゃないかもしれない)、服までピアス狂としか言えない程のピアス塗れの女性と、黒い長い髪の毛先をピンクに染めていて油で汚れたオーバーオールを着た女性がエレベーターから降りてきた。
「よぉ、伊織っちー!」
毛先をピンクに染めた女性が手を振って、ピアス狂と一緒に近づいてきた。
「霊七、六衣、夜遅くに悪いね」
ピアス狂、「七つの魂を持つ」霊七と、毛先ピンクの「無限に作る」六衣に声をかける。
「うーん、あたしは大丈夫だよ。武器作りなんて、徹夜してナンボだよ」
伸びをしながら、六衣が答えた。
「僕は、ピアスの手入れをしてたから、別に暇だったし」
口のラブレットと呼ばれる部分のピアスを嵌めながら、霊七は言った。
「で、さっき言ってた触っただけで人を殺すっていうのは?」
「ああ」
伊織は、横に眠っている遺骸の顔だけ見えるように黒パーカーを捲った。
「彼女…遺骸という名だがね、触るだけで人を殺してしまうのだよ」
その説明に霊七は目を細めて、六衣は痛い所を突かれたかのように顔を歪めた。
「…ちょっと、良い?」
霊七は、ゆっくりと眠っている遺骸の頬を撫でた。
「!」
瞬間、落雷に打たれたかのように紫色の光が走り、霊七の身体がガクンと震え、倒れた。
「霊七!」
六衣は、慌てて霊七を抱き起こした。
「六衣、霊七の今日の『魂の消費』は?」
「今日は外に出てないから、大丈夫だと思うけど…」
しばらくすると、霊七の瞼が震えて開いた。
「…良かった…もう、霊七!勝手に無茶しないでよ、寿命が縮むよ…」
「僕なら…大丈夫」
霊七はゆっくり立ち上がる。
「今、僕の魂は一個消費された。普通の人だったら、死んでるよ」
霊七は七つの魂を持っている為、多少の無茶は効く。しかし、一度失なった魂は戻ってこない。
自然界を漂う浮遊霊などと交渉して、魂を戻すのだ。
「伊織っち、明日の朝、九尾様に伺ってみるね。これは、あたし達じゃ対応しきれない。今日は、ここに泊まって」
「構わないよ。ただ、風呂と、着替えを用意してくれるかな?遺骸を綺麗にしてあげて欲しい」
「着替えは、作れるから大丈夫。ただ、風呂は伊織っちが入れてね?」
「…俺は、人前では脱げないのだが」
「だったら、猫足のバスタブでも作るよ」
「すぐ、出来るかい?」
「当たり前。「九想典」の武器職人、六衣様を舐めんじゃないわよ?」
六衣は、目を細めて、くくく、と笑った。
「おや、露店が出ているね。少し、買って行こう」
伊織は、赤い蝙蝠傘を持ったまま、器用にポケットから小銭を出し、恰幅のいい男性に支払う。
その間、他の人に遺骸が触れないように気をつけるのも忘れなかった。
「はい、今日作ったばかりの「ハル」だよ!」
「ありがとう、小腹が空いて居たんだ」
がはは、と大声で笑う男性から、丸い包みを二つ受け取ると、遺骸と共に、隅にある木で作られたベンチに座ることにした。
「これ、なぁに?」
少し、香ばしい匂いがするそれを興味津々の遺骸が受け取る。
「これは「ハル」と言う握り飯でね。脂の乗った白身魚と薬味を酒と醤油で炊いたものさ。拾都では、よく食べられてる料理だよ」
そう言って、伊織は包みを広げ、ひと口食べた。
「うん、文明開化の味がするね。君も食べなよ」
恐る恐る、包みを開いた遺骸。「ハル」どころか、握り飯も初めて見たらしく、矯めつ眇めつ見つめた後、まるで奪われたくないかのようにガツガツと飢えた獣のように食らい付いた。その姿に、驚くどころか、伊織は苦笑してしまった。
「遺骸、あんまり早く食べると胃が驚いてしまうよ。また買ってあげるから、味わってくれないかな?白身魚も薬味も米も俺の友人が作っていて、結構上物なのだがね」
頰張りながら、伊織を見て頷く遺骸。土埃のついた髪や血が滲んでいる服を見て、なんとも言えない気持ちになる。
「その姿、なんとかしてあげたいものだね。唯一に言って、風呂と洋服を用意させよう。人間は、身嗜みで変わるものだから。身嗜みで人間性を作られると言ってもいいさ」
伊織は、目を細めると、遺骸の頭に触った。
「!」
しかし、伊織の心臓が苦しくなることも、腕がもげたりする様な異常な事態も、何も起こらない。
「…なんで、あなたはイガイに触って、死なないの?」
「ふむ」
伊織は遺骸の柔らかい頬や、埃で汚れた髪を梳いたりしてみるが、何も起こらない。
「何か、お互い、特異体質なようだね。これは本当に「九想典」に頼るしかないようだ。彼等も久しぶりに腕がなるだろうさ。八舞のくまが酷くなるねぇ。あとで、ビタミン剤でも差し入れしよう。コンシーラーで隠すと言う手もあるけれど、肌荒れは隠すよりも元から治した方が夜の洗顔後の気分は変わるものさ」
「ハル」を包んでいた紙をくしゃくしゃと丸めていると、少し汚れたトレーナーを着た青年が受け取りに来た。
「お疲れさん」
伊織は、そう声を掛けると、ゴミを受け取った青年は会釈をして雑踏に消えていった。
「…あの人、誰?」
「ああ、彼は市場の治安を維持する人達の一人さ。ゴミ拾いや喧嘩の仲裁、迷子探しをすると、「九想典」から給料が配られるのだよ。失業者が次の勤め先を見つけるまでにすることが多いかな?子供たちも良い影響を受けてるようで、真似して遊ぶ子もいるよ」
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「さぁ、行こう」
と言って、掛けてあった赤い蝙蝠傘を手に持つと、
「ねぇ、あなたの名前を教えてくれる?」
と、少し緊張気味に遺骸は言った。
「ん?あぁ、名乗り忘れていたね。俺の名前は伊織。簡単で覚えやすい名前だろう?自分でも気に入ってる」
「伊織…、ねぇ、伊織」
「何だい?」
「さっき、イガイに触れて大丈夫だったでしょう?」
「ああ、そうだね、死ぬことはなかったね」
「…手を、繋いでもらっても良い?」
不安げに、しかし、地獄に垂れた一本の蜘蛛の糸に縋るように伊織を金色の目で見つめながら遺骸は言った。
「良いよ、君が望むのならば」
蝙蝠傘を先程の男性に渡し、伊織は遺骸と手を繋いだ。
「…伊織の手は、大きくて温かいね」
「そうだろう?大人だからね。遺骸も大きくなれば、美人さんになるよ。俺の目に狂いはないさ」
「本当?」
「本当さ。本当のことをちんけな嘘で否定してどうする?あとで、フォローするのにまた嘘を吐く羽目になる。その苦労の方が、大変だろう?」
「…イガイの周りには、嘘を吐く人ばっかだった」
「それは災難だね」
遺骸の頭をくしゃくしゃと慰めるように撫でてやる。
「…見えてきたね、あれが「九想典」の本部だよ」
都市中心の広場の真ん中に「九想典」本部が建っていた。
建設されたのは「拾都戦争」が終わった後、すぐだった。
建物は戦争に未練がある霊を避けろ、と「九想典」の「七つの魂を持つ」霊七が提案したので邪気払いの効果がある黒瑪瑙で出来ている。
地下もある十一階建てのビルだが、作ったのは「九想典」の「雅味を好む」の三弥砥と「無限に作る」の六衣の二人だけだ。
本人達曰く、「わいわい言いながら作るのが楽しかった」とのことで、昼夜問わず建設にいそしんだ。
その結果、一週間で完成に至った。もちろん、手抜きはない。
一階はロビー、上に行くごとに「九想典」メンバーの管理している階になる。
最上階は、池や木、季節の草花が植えられていて、心が落ち着く。日当たりが良いので散歩にも立ち寄る都民も多い。会議室にも使われるが、普段は一般に開放されていて、入場料は取らない。
少し、たじろぐ遺骸。
「おや、大丈夫かい?身体が震えているじゃないか」
「初めて見たから…」
「怖がる事はないよ、大丈夫。危険な人々ではない。そこら辺の偽善者よりも優しい。さぁ、行こう」
震える遺骸の頭を撫でて、落ち着かせ「九想典」本部に入る。
中は、白檀のお香の香りがする。
一回のロビーには、夜の為か、人はいない。昼間なら、意見を求めてくる人の列が並んでることも少なくはないのだが。
隅にある革張り(しかし、動物愛護の為、高級合皮で出来ている)のソファに遺骸を座らせる。
「ちょっと待っててくれるかい」
電話をしようと、立ち上がると、
「伊織」
遺骸が、伊織の服の裾をギュッと引っ張る。
「どうしたのかな?」
「…独りにしないで」
「おや、赤子のような事を言うね?大丈夫、何かあったら大声で叫べば良い。すぐに駆けつけるよ」
まだ、不安そうだったので、頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
「何か持ってた方が落ち着くかい?そうだね…この黒パーカーを貸してあげよう。幸い、血はついてない。頭から被っていれば安心するさ」
黒パーカーを脱ぎ、遺骸の頭にかけてやる。
長身の伊織のパーカーを頭からすっぽり被ると、遺骸は完全に隠れてしまった。
「しばらく、そうしててくれたまえ。眠っても構わないよ」
安心と疲れからか、もそもそと動くと、横になる遺骸。きっと、寝てしまうだろう。
ふ、と伊織は小さく笑った後、広いロビーを横切り、隅にある電話を手に取った。
ここに昼夜問わず受付嬢なんていない。電話もそれぞれの直通でもなく「九想典」本部にいる誰かに繋がるというロシアンルーレットのようなものとなっている。
受話器をとり、「ツー」という音がした後、
「もしもし」
と、少しハスキーな女性の声がした。
「あー、その声は、霊七かな?」
「あぁ、伊織か」
電話は少し気怠そうな「九想典」の「七つの魂を持つ」の霊七にかかったようだ。
「唯一はいるかい?」
「知らない。ここにはいない。もう帰ったんだろ」
「そうか…ねぇ、霊七」
「なんだ」
「触るだけで人を殺す事って、案外簡単に出来るのかい?」
「…なんだって?」
ガチャンと音がした。恐らく、立ち上った勢いで椅子が倒れたのだろう。
「伊織、ちょっと待ってろ」
ガチャン、と今度は一方的に電話を切られた音がした。
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その顔は天使のように可愛らしかった。これ目当てで遺骸を買う金持ちもいるだろう。
「ゆっくり、寝てなさい」
頭を撫でていると、ピンポーンという音と共に(エレベーターまで一週間で作ったあの二人は人間じゃないかもしれない)、服までピアス狂としか言えない程のピアス塗れの女性と、黒い長い髪の毛先をピンクに染めていて油で汚れたオーバーオールを着た女性がエレベーターから降りてきた。
「よぉ、伊織っちー!」
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伸びをしながら、六衣が答えた。
「僕は、ピアスの手入れをしてたから、別に暇だったし」
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「で、さっき言ってた触っただけで人を殺すっていうのは?」
「ああ」
伊織は、横に眠っている遺骸の顔だけ見えるように黒パーカーを捲った。
「彼女…遺骸という名だがね、触るだけで人を殺してしまうのだよ」
その説明に霊七は目を細めて、六衣は痛い所を突かれたかのように顔を歪めた。
「…ちょっと、良い?」
霊七は、ゆっくりと眠っている遺骸の頬を撫でた。
「!」
瞬間、落雷に打たれたかのように紫色の光が走り、霊七の身体がガクンと震え、倒れた。
「霊七!」
六衣は、慌てて霊七を抱き起こした。
「六衣、霊七の今日の『魂の消費』は?」
「今日は外に出てないから、大丈夫だと思うけど…」
しばらくすると、霊七の瞼が震えて開いた。
「…良かった…もう、霊七!勝手に無茶しないでよ、寿命が縮むよ…」
「僕なら…大丈夫」
霊七はゆっくり立ち上がる。
「今、僕の魂は一個消費された。普通の人だったら、死んでるよ」
霊七は七つの魂を持っている為、多少の無茶は効く。しかし、一度失なった魂は戻ってこない。
自然界を漂う浮遊霊などと交渉して、魂を戻すのだ。
「伊織っち、明日の朝、九尾様に伺ってみるね。これは、あたし達じゃ対応しきれない。今日は、ここに泊まって」
「構わないよ。ただ、風呂と、着替えを用意してくれるかな?遺骸を綺麗にしてあげて欲しい」
「着替えは、作れるから大丈夫。ただ、風呂は伊織っちが入れてね?」
「…俺は、人前では脱げないのだが」
「だったら、猫足のバスタブでも作るよ」
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「当たり前。「九想典」の武器職人、六衣様を舐めんじゃないわよ?」
六衣は、目を細めて、くくく、と笑った。
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