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02 ロティのお仕事

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 広大な大神殿にはいくつもの礼拝堂があり、そのそれぞれにそれこそ数えきれないほどの彫刻が施されている。

 対してそれを磨く人員というのは、なんとロティただ一人。

 そこにはロティを追い出そうとする明らかな意思が感じられたが、本人はなぜか喜びに打ち震えていた。



「お任せください! 私が大神殿をくまなく磨き上げて見せますっ」



 ロティは新たに与えられた掃除婦用の自室で、その辞令に目を輝かせた。

 大神女の死以来、ふさぎ込んでいたのが嘘のようだ。

 一方、驚いたのは命令を告げた上役の方である。

 掃除婦を統括する中年の神女は、てっきり茫然とするか泣き叫ぶと思っていたロティの反応に戸惑いを隠せずにいた。



「分かってるの? 広大な神殿のどれだけあるかもわからない彫刻を、隅々まで磨くのよ。手抜きは許されませんからね」



「勿論です!」



 握りこぶしで、ロティは請け負った。

 神女は気味悪げにロティを見下ろすと、「じゃあ、頼んだわね」と愛想のない言葉を残し、慌てて立ち去ったのだった。





  ***





 その日から毎日、朝一番から夜遅くまで彫刻を磨くのが、ロティの仕事になった。

 朝一番、まだ外が暗いうちから起き出して、まずは井戸で顔と歯を磨く。

 沢山の人が暮らす神殿では、井戸が順番待ちになってしまうこともある。はみ出し者のロティはいざこざを避けるため、いつもわざわざこの時間を選んでいた。

 身支度を整え終えると、ちょうど太陽が昇り神殿全体に光が差す。

 建材に使われている特殊な石は光を乱反射させ、神殿の隅々にまで光が届くようになっているのだ。

 そのあまりの美しさに、ロティはいつもため息をつく。

 その光景を見るたびに、神殿に残ってよかったと思うのだ。

 柔らかい乳白色のその石は、強度はあるものの変色しやすく人の手入れが欠かせない。

 ロティの今日の獲物は、彼女の三倍近い高さのある精霊王アルケインの像だ。

 作者不明で古くから神殿に安置されているその像は、古代彫刻の傑作として観光名所にもなっている。

 像のある礼拝堂が一般に開放されるのは、十日に一度。

 それ以外は礼拝堂は厳重に閉じられ、人目に触れさせないようになっているのだ。

 各部屋の鍵を管轄する部署で礼拝堂の鍵を借り、ロティはその部屋に入る。

 樫の木でできた重い扉を押し開けば、そこには何度見ても心震えるような光景が待っていた。

 天上から差す光を浴びて、兵士を率いる将軍姿のアルケイン像が、天井高く聳え立っている。

 一見ものものしいが、顎のほっそりとしたすこし中性的なその像は顔のみ女性をモデルにしたのではないかという説もあるほどだ。

 白一色の命ない彫刻でもその躍動感は見事なもので、ロティはこれを見るたびに今にも動き出すんじゃないかと心が騒めく。



(こんなに貴重なものを隅から隅まで一人で掃除できるなんて、なんて運がいいの!)



 ロティをよく思わない神女達が用意した重労働も、彼女にとってはご褒美にしかならないのだった。

 早速なめし皮でできた自作の鞄から、マイ掃除用具を選び出す。

 まずは埃を吸い込まないよう口と鼻に布を巻き、取り出したのは大きなハタキと小さな刷毛だ。

 ハタキは全体の大まかな埃を落とし、刷毛は細かいところの埃をかきだすためのものである。

 どちらもロティが掃除のために自作したもので、少し小さめの彼女の手にもしっくりと馴染んでいた。

 身長など到底足りないロティは、更に踏み台やはしごを使って根気強く、ハタキを掛け埃を掻き出していく。

 昼食を忘れるほどに熱中し、部屋の半分ほどまで作業したところで日が暮れた。

 強固だが設備の古い礼拝堂に照明器具はなく、また煙で壁や天井が変色しないようにと蝋燭の使用は厳しく制限されている。

 ロティは作業を続けられないことをもどかしく思いつつも、一人静かに部屋に戻っていった。



 二日目もやはり同じ作業だったが、彫刻を掃除していると思わず手を止めてしまうような発見がいくつもある。

 特にその日ロティが見つけたのは、巨大なアルケイン像の目に象嵌された愛らしいハートマークだった。



(そういえば、大神女さまに以前聞いたことがある)



 その小さなハートから埃を掻き出しながら、彼女は養い親の言葉を思い出していた。



『あのアルケイン像はね、恋をしているんだよ。あの像が少し物悲しげな顔をしているのは、そのせいかもしれないね』



 その話を聞いた時、幼いロティは奇妙に思ったものだった。

 アルケインは女嫌いで有名で、浮いた話など一つもない神様だったから。



『お母さん。アルケイン様の恋のお話なんて、私読んだことないよ?』



 お母さんというのは、二人きりの時にだけ許された呼び名だった。

 後に大神女にまで上り詰めたその人は、ロティの問いに少し寂し気にほほ笑むだけだった。



 ―――と、考え事をしていたのがよくなかったのかもしれない。



 突如足場にしていたはしごがぐらつき、ロティは心臓がひやりとする感覚を味わった。

 咄嗟にアルケインの顔に抱き着き、バランスをとる。

 しばらくするとはしごの揺れは収まり、ロティはほっと安堵の溜息をついた。

 何事かと下を見れば、そこには不敵な笑みの金髪美女が立っている



「恐れ多くもアルケイン様の顔に飛びつくなんて、国宝に傷でもついたらどうするおつもり?」



 聞き覚えのあるその声は、なぜかロティを目の敵にしている神女長の一人、シェスカのものだった。
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