精霊王様、憑依する先をお間違えです

柏てん

文字の大きさ
5 / 42

05 ロティの目覚め

しおりを挟む


「精霊王様は何をお考えなのでしょう!? まさか神女でもない端女を依代になさるとは!」



 神殿の奥。

 光が差す高い高い天井に、女の苛立った声が響く。

 高位の神女長が集うのは、人では彼女たちしか入ることの許されない礼拝堂だ。

 位の高い神女であることを示す、金の腕輪と白いベール。それを身につけた女たちは、年の頃はそれぞれでも全員一様に戸惑いの表情を浮かべていた。

 先ほど叫んだのは、年は若いが強い感応力を持つ神女長シェスカだ。

 昨晩地下墓地の隠し部屋で行われた儀式は、本来は彼女に精霊を降ろすための儀式だった。

 しかし呼び出されたのは、ただの精霊ではなく全ての精霊の王。更に憑依されたのは、彼女ではなく感応力を全く持たないロティだった。

 この事実が、シェスカのプライドを傷つけないはずがない。

 遠く王家の血も受け継ぐ彼女は、豊かな金髪と青い目。それに豊満な体を持つ大層な美人だ。

 秋の収穫祭ではもう何度も、美の女神フロテアの仮装を任されている。



「静まりなさいシェスカ。ここは秘蹟の礼拝堂なのですよ」



 老いた声は、しかし力強くシェスカを威圧した。

 次期大神女最有力候補、エインズ。

 彼女にそれ以外の名前はない。勿論ほかの神女たちにも。

彼女らは神殿に入る際、俗世のしがらみと一緒に姓をを捨てるのが習わしだ。

 よって神女同士は、どんな間柄であろうとも名前で呼び合うことになる。

 不満そうに居住まいを正したシェスカに、エインズは温度のない視線を送った。



「みなさん。動揺は分かりますが、我々が忖度すべきは精霊王さまのご意思のみ。中位までの精霊ならまだしも、その精霊の王たるアルケイン様が呼びかけに応じてくださったのは、かつてないことです。我々にできるのは、その思し召しを粛々とお伺いすることだけ。姿が掃除婦だからと言って、彼女の中のアルケイン様はいつも我らを見ておられます。決して軽んじることなく、そのご意思に背くことなく、神々に我らの忠義を示す時です。分かりましたね」



 居並ぶ神女たちは、ベールで顔を隠しつつも同意を示すために膝を折った。

 シェスカだけは納得しかねるというように立ち続けていたが、エインズの冷たい視線にしぶしぶと膝を折る。

 とにかくアルケインの意志を確認しようということで会議はまとまり、皆が礼拝堂を出ようとした、その時だった。

 礼拝堂の扉が、激しく叩かれる。

 何事かと、最も傍にいた神女が扉を開けた。



「なにごとですか」



 やってきたまだ若い神女が、戸惑うようにその場に膝をつく。

 まだ礼拝堂に入ることは許されない彼女だが、どうしても急ぎ知らせなければならないことがあったらしい。

 その証拠に、彼女の息は激しく乱れている。

 神女長たちが固唾を呑んで見守る中、若い神女は切れ切れにその言葉を告げた。



「ロティ……様が、目を覚ましました」



 全員が、驚きに目を見張る。

 しかし一人だけ、違う反応をした者がいた。彼女は弾かれたように、は他の神女長を押しのけて礼拝堂の外に飛び出す。



「待ちなさい、シェスカ!」



 エインズの制止も、シェスカには届かない。

 いや届いたのかもしれないが、気付かぬ素振りで彼女は走り去ってしまったのだった。





  ***





 気が付くと、ロティは大きなふかふかのベッドの上に寝かされていた。

 大神女が使っていたような、天蓋付の巨大なベッドだ。

 下働き用の小さく固いベッドとは、何もかもが違っている。



(これも、夢?)



 ぼんやりとしていたロティは、神殿の鐘が鳴り響くのを聞いて飛び起きた。



(いけない! お仕事に遅刻しちゃう)



 慌ててベッドから出ようとしたロティは、シーツに足を取られベッドから転がり落ちた。

 すかさず立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

 そして、体のあちこちがじくじくと痛むことに気付く。

 転がり落ちた衝撃とは別に、全身にはだるさや痛みがあった。改めて全身を見下ろしてみると、その証拠のように膝や脛には丁寧に包帯が巻かれている。



(こんな怪我、いつの間にしたの?)



 ロティは必死に記憶をたどったが、彼女の持つそれは地下墓地から逃げようとしたところでふつりと途切れていた。

 その時だ。

 キイと音がして、部屋についていた両開きの扉が開いた。

 来訪者は絨毯の上に這いつくばったロティを目にして、驚きの表情を浮かべた。

 その驚きを場違いだからだと取ったロティは、慌てて頭を下げて縮こまった。

 来訪者は顔見知りの神女だった。

 高位の神女たちを世話する部門の責任者だ。



「も、申し訳ございません! 別に忍び込んだわけじゃなくて、気付いたらここにいて……っ」



 ロティは必死に自分の無実を証明しようとしたが、同時に信じてもらえるとは思っていなかった。

 前大神女のお気に入りであったロティを、よく思っていない神女は多い。

 その中でも目の前の女性は、彼女を目の敵にしている内の一人だった。

 叱られない内に慌てて逃げ出そうとするが、体が上手く動かない。

 もともと満足に食べられない日が続いていた上、全身が滅多打ちにされたかのようにひどく痛む。

 どうしようかとロティが困惑していると、信じられないことに白い繊手が差し出された。



「お立ちになって。あなたに伝えねばならないことがあります」



 その落ち着いた声音は、ロティの想像していた怒声とは全く違うものだった。

 しかし不自然に怒りを押し殺しているとでもいうのか、静かな声の底には黒い何かが淀んでいる気がする。

 おそるおそる見上げると、女は面のような無表情を浮かべていた。

 その表情に怯えつつも、ロティは彼女の言葉に従いベッドへと戻ったのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

処理中です...