精霊王様、憑依する先をお間違えです

柏てん

文字の大きさ
4 / 42

04 アルケイン現る

しおりを挟む


 ロティは夢を見た。

 不思議な夢だ。

 彼女はすぐに、それが夢なのだと分かった。

 白い霧の向こうに、男が立っている。

 沈む直前の、太陽と同じ色の髪をした男だ。

 それ以外は、濃い霧の中に紛れてしまってよくわからない。



『……だれ?』



 ロティの声は震えていた。

 当然だ。

 生まれてこの方、彼女はほとんど男性と関わらずに生きてきた。なので極端に異性に対する免疫がない。

 男が何か言ったような気もしたが、ロティにその声を聞き取ることができなかった。



(なに?)



 声を聞くために近寄ろうとして、ロティは己の体が動かないことに気が付く。

 ただその場に立ちすくんだまま、指先をぴくりと動かすこともできない。



(あなたは誰なの? 私に何か言いたことがあるの?)



 ロティは強く願った。

 相手が男性だということを抜きにしても、嫌味もなく誰かに話しかけられるのなんて久しぶりだったから。

 その男の姿が見たいと、彼女は心の底から願った。

 すると不思議なことに、徐々に霧が晴れていくではないか。

 風もないのに、霧はまるで水に混ぜたミルクのように薄まり、やがて霞んで消えてしまった。

 現れたのは、どこかで見たことのあるような相手だった。

 彼は面倒そうに頭を掻いて、ロティの方に近づいてくる。

 男は色が白く、鼻筋の通った作り物めいた顔をしていた。 

 鍛え抜かれた筋肉の上に、ひどく古めかしい鎧をまとい、腰には大きな剣を佩いている。

 たっぷりとした白い布を腰に巻き、聖職者が用いるような革編みのサンダルをはいていた。

 誰かに似ているという思いが、ある確信に変わる。

 精霊王アルケイン。

 昼間磨いていた巨大な彫刻に、彼はそっくりだった。

 創造主に直に仕える尊き二柱の内、地上に満ちる力を司る太陽の神。

 男の姿は、強い感応力を持つ芸術家が削り出した彫刻によく似ている。



(収穫祭の、仮装?)



 ロティがそう思ったのには、わけがあった。

 秋になると、王都では毎年街一番の美男美女を選び、それぞれアルケインと美の女神フロテアに扮装させて、街中をパレードするというしきたりがある。

 収穫を祝い、それを神に感謝する収穫祭だ。

 収穫祭はロティが一年に一度、街に出られる数少ない機会だった。

 勿論自由に見て回れるわけではなく、妖精に扮した神女たちが撒く花びらを掃除するという役目ではあったが、それでもロティは収穫祭を毎年楽しみにしていた。

 けれどいつもいつも、華々しいパレードの後方で箒を掃くばかり。

 だから輿の前面に立つその年のアルケインを、見たことは一度もなかったのだ。



(それが見たくて、こんな夢を?)



 そう思うと、なぜかひどく恥ずかしい気持ちになった。

 ロティは頬を染め、こんな夢を見た自分を恥じた。

 しかしそうこうしている内に、男はロティの目前にまで迫っていた。

 自分より圧倒的に長身な男を見上げ、ロティは息を呑んだ。

 近くで見ると、やはり美しい男だ。

 夢なのだからロティの想像に過ぎないのだろうが、白くても女らしくはない容姿は思わず見とれてしまうほどだった。

 昼間の彫刻に命が宿ったら、きっとこんな風なのだろう。

 大きさは、かなり違っているにしろ。

 男は不機嫌そうにロティを見下ろし、もう一度口を開いた。



(聞こえないわ。なんて言ったの?)



 聞き返すこともできないまま、唐突に夢は終わった。

 霧の白い空間は一気に闇に閉ざされ、ロティは強制的に深い眠りに引きずり込まれていった。





  ***





 アルケインが目を開くと、広がっていたのは暗く埃っぽい空間だった。

 そして物質としての肉体を持たない時には決して感じ得ない、『痛み』という感覚を全身に感じた。

 どうやら階段の中頃に倒れ込んだこの体の持ち主は、全身を強かに打ったものらしい。

 立ち上がると、その体は驚くほど小さかった。

 目線が低く、暗がりでは視界も碌に効かない。



 ―――人とはなんと不自由なものか。



 アルケインが初めて人に憑依して持ったのは、そんな感想だった。

 少しして、バタバタといくつもの足音が彼に近づいてくる。

 手指の動きを確認していたアルケインは、階段の下に集まった者共を見下ろした。

 強い感応力を持つ神女達は、信じられないというように目を見開いて自分を見上げている。



「ロティ!? こんなところでいったい何をしているの!」



 中でも一番年若い一人が、甲高い声を上げた。

 どうやらこの体の持ち主はロティというらしい。

 一度夢世界で相対したが、痩せこけたひどく貧相な娘だった。

 まるで震える仔ネズミのような大きな目で、アルケインのことを見上げていたのを思い出す。

 それにしても、呼びかける女の声には確かな非難の色があった。

 呼び出されたから来たというのに、第一声がそれというのはあまりにも無礼だ。



「わ……コホ」



 声帯を用いて宣託を与えようとしたが、初めて出す声は奇妙に裏返った。



 ―――憑依とはなんとやりにくい!



 彼は気まぐれに憑依を決めた少し前の己を恨んだ。



「我は精霊達の王、アルケイン。人の子の願いを聞きに参った」



 そこまで言ったところで、アルケインは己の器がやけにふらついていることに気が付いた。

 体に力がい入らず、少しでも気を抜くと倒れそうになる。

 どうやらこの器は、人の中でも特にひ弱であるらしい。

 アルケインはそう冷静に分析したが、それだけでは済まなかった。

 憑依の負荷と空腹と疲労に耐えかねた体は、そのままバランスを失い階段から転げ落ちていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

処理中です...