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09 アルケインの回想
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ロティは不意に、そんな感慨を抱いた。
場違いなことは間違いないが、経典に美男として綴られる精霊王はやはり人のものではない美しさだ。
まるで作り物のようで、だから人の気持ちなんて分からないんだろうという気にさせられる。
アルケインはただ不思議そうに、ロティを見つめていた。
彼はがしがしと頭を掻くと、おもむろに口を開く。
『やれやれ、人というのは難儀だな。てっきり喜ぶかと思ったが』
「え?」
しかしロティが問い返す前に、アルケインは完全に顔を出した太陽の光に搔き消えてしまった。
扉がノックされ、ロティの世話を任された神女達が入ってくる。
ロティは茫然としたまま、結局精霊王の訪れを彼女たちに話すことはできなかった。
***
アルケインは胡坐をかいて腕組みをした。
とはいっても、意識体なのであくまでそういう気持ちになっただけではあるが。
現在彼は、ロティの中にただ宿っているだけの状態だ。
そして彼女の中から、その目を通して人間の世界を観察している。
上から見ているだけでは分からなかったが、人間たちは目に見える以外にも細かな感情の機微があるらしい。
悲しければ泣き楽しければ笑う。好きになれば盲目になり、嫌いならば殺すという単純明快な神々と、彼らは根本的に違っている。
ロティが喜ぶだろうと思って食事を用意させてみたりしたのだが、予想に反して彼女は全く喜ばなかった。どころか、事態の元凶であるアルケインに怒ってすらいるようなのだ。
アルケインは頭を抱えたくなった。
ちやほやされることを嫌がる人間がいるとは思わなかったのだ。少なくとも彼の知る人間たちは、神女も王族も他者の上に立つことで優越を得る者ばかりだった。
(いや、一人だけ違う者もいたな。大層な変わり者だったが……)
わずかに追憶に浸ったアルケインは、気を取り直してロティが喜ぶ方法を考え直すことにした。
そもそも、アルケインが人間界に来てしまったのは、ちょっとしたアクシデントが原因だった。
ある日雷の神であるトールデンから、面白いものを見つけたから見に来いという知らせがあったのだ。
アルケインはその誘いに応じ、彼の庭でとれた葡萄で造った酒を片手に、トールデンの元を訪れた。
精霊王とトールデンは呑み仲間だ。
そしてアルケインの葡萄酒は豊穣の象徴であり、ついでに大酒呑みのトールデンの好物でもある。
面白いものとは言ってもどうせ酒が呑みたいだけだろうと、アルケインは軽く考えていた。
実際、トールデンはアルケインよりもむしろ、彼の持ってきた葡萄酒の瓶を歓待した。
そして二人で酒を呑みかわし、したたかに酔った頃。
そういえば面白い物とは何だというアルケインの問いに、トールデンはにやりと笑って地上を指さした。
『あそこを見てみろ。精霊王さまの加護のない人間がいるぞ』
その指の指し示す先には、必死に神々の彫刻を磨く少女の姿があった。
神殿に仕える人間たちとは違う粗末な服を身にまとい、ほつれて絡まり放題の髪と困ったような垂れ目は榛色だ。
特にこれと言って特徴のない少女だが、アルケインは目を見開いた。
彼女には他の人間たちと違い、感応力―――つまりは精霊たちの力を感じる素養が全くなかったのだ。
人間を含めすべての動物たちは、多かれ少なかれその感応力を持って生まれてくる。
それはその力で様々な邪悪から身を守り、健やかに育つためだ。
全ての生き物に加護を与えるというのは、創造主から命じられたアルケインの役目でもあった。
つまり目の前の少女の存在は、そのままアルケインの手抜かりの証明ということである。
もっとよく見ようと雲の縁ににじり寄った時、酔っていたアルケインは足を滑らせ地上に落ちた。
トールデンの雲―――つまり雷雲に載っていたから雷と一緒に落ちてきたというわけである。
彼の体は偶然精霊召喚の儀式を行っていた神殿に吸い寄せられ、ついでに感応力の全くないロティの体にすっぽりはまり込んでしまった。
何から何まで、自分でも驚くようなポカである。
意識を取り戻したアルケインは、とにかく今まで感応力もなく生きてきてしまった少女に、幸福を授けようと思った。
そして己に傅く神女達に用意させたのが、山のような食事や綺麗な衣というわけである。
憑依してみるとロティはとても腹を空かせており、その体はがりがりに痩せていた。
だからてっきり喜んでいるものと思っていたのに、姿を見せてみたらいきなりの非難の嵐だ。
(人間とは、かくも難しい)
神であるアルケインがそう思ったのも、はたして無理からぬことだった。
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