精霊王様、憑依する先をお間違えです

柏てん

文字の大きさ
9 / 42

09 アルケインの回想

しおりを挟む


 (ああ、なんて綺麗な人なんだろう)



 ロティは不意に、そんな感慨を抱いた。

 場違いなことは間違いないが、経典に美男として綴られる精霊王はやはり人のものではない美しさだ。

 まるで作り物のようで、だから人の気持ちなんて分からないんだろうという気にさせられる。

 アルケインはただ不思議そうに、ロティを見つめていた。

 彼はがしがしと頭を掻くと、おもむろに口を開く。



『やれやれ、人というのは難儀だな。てっきり喜ぶかと思ったが』



「え?」



 しかしロティが問い返す前に、アルケインは完全に顔を出した太陽の光に搔き消えてしまった。

 扉がノックされ、ロティの世話を任された神女達が入ってくる。

 ロティは茫然としたまま、結局精霊王の訪れを彼女たちに話すことはできなかった。



  ***



 アルケインは胡坐をかいて腕組みをした。

 とはいっても、意識体なのであくまでそういう気持ちになっただけではあるが。

 現在彼は、ロティの中にただ宿っているだけの状態だ。

 そして彼女の中から、その目を通して人間の世界を観察している。

 上から見ているだけでは分からなかったが、人間たちは目に見える以外にも細かな感情の機微があるらしい。

 悲しければ泣き楽しければ笑う。好きになれば盲目になり、嫌いならば殺すという単純明快な神々と、彼らは根本的に違っている。

 ロティが喜ぶだろうと思って食事を用意させてみたりしたのだが、予想に反して彼女は全く喜ばなかった。どころか、事態の元凶であるアルケインに怒ってすらいるようなのだ。

 アルケインは頭を抱えたくなった。

 ちやほやされることを嫌がる人間がいるとは思わなかったのだ。少なくとも彼の知る人間たちは、神女も王族も他者の上に立つことで優越を得る者ばかりだった。

 (いや、一人だけ違う者もいたな。大層な変わり者だったが……)

 わずかに追憶に浸ったアルケインは、気を取り直してロティが喜ぶ方法を考え直すことにした。

 そもそも、アルケインが人間界に来てしまったのは、ちょっとしたアクシデントが原因だった。

 ある日雷の神であるトールデンから、面白いものを見つけたから見に来いという知らせがあったのだ。

 アルケインはその誘いに応じ、彼の庭でとれた葡萄で造った酒を片手に、トールデンの元を訪れた。

 精霊王とトールデンは呑み仲間だ。

 そしてアルケインの葡萄酒は豊穣の象徴であり、ついでに大酒呑みのトールデンの好物でもある。

 面白いものとは言ってもどうせ酒が呑みたいだけだろうと、アルケインは軽く考えていた。

 実際、トールデンはアルケインよりもむしろ、彼の持ってきた葡萄酒の瓶を歓待した。

 そして二人で酒を呑みかわし、したたかに酔った頃。

 そういえば面白い物とは何だというアルケインの問いに、トールデンはにやりと笑って地上を指さした。



『あそこを見てみろ。精霊王さまの加護のない人間がいるぞ』



 その指の指し示す先には、必死に神々の彫刻を磨く少女の姿があった。

 神殿に仕える人間たちとは違う粗末な服を身にまとい、ほつれて絡まり放題の髪と困ったような垂れ目は榛色だ。

 特にこれと言って特徴のない少女だが、アルケインは目を見開いた。

 彼女には他の人間たちと違い、感応力―――つまりは精霊たちの力を感じる素養が全くなかったのだ。

 人間を含めすべての動物たちは、多かれ少なかれその感応力を持って生まれてくる。

 それはその力で様々な邪悪から身を守り、健やかに育つためだ。

 全ての生き物に加護を与えるというのは、創造主から命じられたアルケインの役目でもあった。

 つまり目の前の少女の存在は、そのままアルケインの手抜かりの証明ということである。

 もっとよく見ようと雲の縁ににじり寄った時、酔っていたアルケインは足を滑らせ地上に落ちた。

 トールデンの雲―――つまり雷雲に載っていたから雷と一緒に落ちてきたというわけである。

 彼の体は偶然精霊召喚の儀式を行っていた神殿に吸い寄せられ、ついでに感応力の全くないロティの体にすっぽりはまり込んでしまった。

 何から何まで、自分でも驚くようなポカである。

 意識を取り戻したアルケインは、とにかく今まで感応力もなく生きてきてしまった少女に、幸福を授けようと思った。

 そして己に傅く神女達に用意させたのが、山のような食事や綺麗な衣というわけである。

 憑依してみるとロティはとても腹を空かせており、その体はがりがりに痩せていた。

 だからてっきり喜んでいるものと思っていたのに、姿を見せてみたらいきなりの非難の嵐だ。



(人間とは、かくも難しい)



 神であるアルケインがそう思ったのも、はたして無理からぬことだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

処理中です...