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17 ロティの仕事

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 翌朝。

 目覚めたロティは、ベッドの横でじっとこちらを見ているアルケインと対面する羽目になった。



「なっ」



 驚きに飛び起きようとした彼女だが、体験したことのない頭痛と吐き気がそれを邪魔する。

 そう、二日酔いだ。



「い、たたた」



「無理はするな。寝ていろ」



 それでも懸命に上半身を起こそうとしていたロティは、アルケインの言葉に従いベッドへと戻った。

 ベッド脇で椅子に腰かけている彼は、何を考えているか分からない無表情だ。



 (やっぱり、怒ってらっしゃるのかな。そうだよね。いくらトールデン様に勧められたからって、あんなに葡萄酒を飲むなんて……)



 ロティは記憶が残るタイプの酔っ払いだった。

 今日この時まで彼女自身も知らなかったことだが。

 覚醒した彼女は、昨夜の出来事を反芻し青くなった。

 もとより吐き気で白かった顔色は、既に顔面蒼白だ。



「顔色が悪いな……」



 そう言うと、前触れもなくアルケインの手の中には水差しと小さな陶製のコップが現れた。

 恐る恐る体を起こし、差し出された水を受け取る。

 口をつけてみるとそれはよく冷えた清水で、寝起きのロティはそれをごくごくと飲み干した。

 二杯ほどお代わりしてようやく人心地つくと、ロティは吐き気がすっかりなくなっていることに気付いた。

 ひどい頭痛も消えている。

 驚きで、ロティはアルケインの顔を見た。

 しかしその顔はいつもの難しい顔で、感情は何も読み取れない。



「『アトルスの水』だ。少しは調子がよくなったか」



「え!?」



 ロティは驚きの声を上げた。

 アトルスの水というのは、ペルージュのどこか山深い場所に湧き出ているという伝説の清水だ。飲めば人の体を癒す効果があるが、山神のアトルスが求めてきた人間を迷わせるため見つけることはできないと言われている。

 ロティは空になったコップを見下ろし、茫然とした。



「そ、そんな貴重なものを……」



「気にするな。アトルスが勝手に持ってくるんだ。葡萄酒と無理矢理交換させられるので、こちらとしては迷惑なんだがな」



 アルケインは眉間に一本皺を刻みながら言う。

 どうやら心底そう思っているらしく、ロティは少しだけ安堵した。

 人には伝説の至宝でも、精霊王にとっては貴重でもなんでもないらしいと気付いたからだ。

 と、その時だった。

 突如ノックの音がして、部屋の扉が開かれる。

 やってきたのはエインズだった。

 ロティは慌てたが、いつの間にかアルケインも手の中のコップも忽然と消えている。



「あなたはどちらですか?」



 エインズに投げかけられたのは問いだ。

 戸惑っていたロティだったが、それがロティかそれともアルケインであるかという問いだと気付き、前のめりになる。



「あっ、と……ロティです。アルケインさまはあれ以来いらっしゃってません」



 一瞬どうしようか迷ったが、アルケインが姿を消したということは知られたくないのだろうと、ロティは嘘をついた。

 エインズは訝しがり、部屋を見回している。



「おかしいですね。この部屋に強大な力を感じたような気がしたのですが……」



 細められた視線に、ロティは嘘がばれるのではないかとはらはらした。

 しかしエインズは特に追及する気はないようで、気を取り直してロティに向き直る。



「まあいいでしょう。それで、なにか困ったことはありませんか? 欲しいものや、やりたいことは?」



 どうやら、本題はそちらの方らしい。

 その言葉はまるでロティを案じているように聞こえて、彼女は驚いてしまった。



「いえ、皆様にはとてもよくしていただいております……」



「そうですか。昨日は何も口にせず、一昨日は部屋を逃げ出したと聞いていますが」



 エインズの追及に、ロティは固まってしまった。

 どうやらロティの様子は、逐一エインズに報告されているようだ。

 エインズの視線は鋭く尖っていた。

 心配してきたというよりは、神の依代であるにもかかわらず軽率な行動をとるロティを窘めに来たのかもしれない。

 ならばと、ロティは意を決して口を開いた。



「―――あの」



「なんです?」



「シェスカさまの傷は、もう治らないのでしょうか?」



 ロティの問いに、今度はエインズが沈黙する番だった。

 それでもじっと見つめ続けると、エインズは大きなため息をついた。



「それは、あなたが気にすることではありません」



「でもっ」



「いいですか? あなたが気にするべきなのはアルケインさまのことのみ。そのために、今の不自由のない生活が保障されているのですよ?」



 窘めるようなエインズの言葉に、ロティは更に前のめりになった。



「こんな生活、いりません! ご不快でしたらどうか私を元の掃除婦に戻してください。その方が、ずっと―――」



 『楽』だという言葉を、ロティは飲み込んだ。

 エインズが一瞬怒りの形相で、ロティを睨みつけていたからだ。

 しかしそれは一瞬のことで、彼女はすぐに部屋を訪れた時と同じ素っ気ない態度に戻っていた。



「あなたの仕事は、ここでアルケインさまの訪れをお待ちして、かの方からの伝言があれば速やかに我々に伝えることです。それ以上でもそれ以下でもありません」



 エインズはそう言うと、反論は許さないとばかりに足早に部屋を出て行った。

 取り残されたロティは、エインズの激しすぎる怒りに未だに戸惑いを隠せずにいた。



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