精霊王様、憑依する先をお間違えです

柏てん

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19 お忍び散歩

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 深夜。

 二人で大きなマントをかぶり、静まり返った神殿の中を歩く。

 どうしても体が密着してしまい、ロティは呼吸すら遠慮してしまうぐらいに緊張していた。

 リーチの長いアルケインの歩きに、ロティはちょこまかと必死についていく。

 見回りをしている神女とすれ違う時には、どきどきしすぎて心臓が飛び出るかと思った。

 マントに隠れていれば姿は見えないとはいえ、感応力の強い神女がアルケインの強すぎる力に気付く可能性はゼロとは言えないからだ。



「そう緊張するな」



 声を潜めて、アルケインがぼそぼそと呟く。

 何とか返事をしたが、こんな二重三重に緊張するような状態で、普通にしているのなんて無理だと思った。



「あの、どちらへ行かれるのですか?」



 遠慮がちに尋ねてみるが、アルケインは答えない。

 すでにマントの中に入ってしまったロティは、彼に従って進むしか道は残されていなかった。

 そうしてどれくらい歩いたのか。

 ロティが疲れを感じ始めた頃、たどり着いたのは見覚えのある扉の前だった。



「ここは……」



 アルケインの不思議な力で、手を触れなくてもひとりでに扉が開く。

 するとそこに立っていたのは、見覚えのある大きなアルケイン像だ。

 そう。そこはロティがアルケインに憑依される前に丹精込めて掃除した、アルケイン像の礼拝堂だった。



「ここまでくれば、もういいだろう」



 そう言って、アルケインがばさりとマントを取り払う。

 外の新鮮な空気に触れて、ロティもようやく人心地ついた。



「息苦しかったか?」



 問われて、ぶるぶると首を横に振った。

 なにかにつけて気遣われているのが分かり、気恥ずかしい。

 アルケインは彼を非難したロティに対して、態度を改めようとしてくれているのだ。

 それに対して自分は、八つ当たりめいた感情で彼を非難してしまった。それも子供のように、癇癪をおこすという安直な方法で。

 アルケインに気遣われるたび自分の幼さが浮き彫りになるようで、ロティはいちいち気まずい思いを味わうのだ。

 気遣われることは純粋に嬉しいはずなのに、だから戸惑ってしまって素直に感謝することもできない。

 しかしそんなロティの苦悩などお構いなしで、アルケインは己とよく似た像を見上げていた。



 (本当に、驚くほど似ていらっしゃる)



 改めて彫像を見て、ロティが抱いたのはそんな感想だった。

 研究家たちの中にはこの像の顔が女性的過ぎると非難する者もあったが、それは実物と似せたせいだと知ったらさぞ驚くことだろう。

 けれど実際に間近で見る精霊王アルケインは、中性的な美貌であるはずなのにちっともそれを感じさせないのだった。

 それはいつもしている顰めつらしい表情のせいかもしれないし、彫り込まれたような深い眉間の皺のせいであるかもしれない。



「なんだ?」



 突如として問われ、ロティは驚きに目を丸くした。



「なにがでしょう?」



「いや、顔が笑っていたからな。何を考えているのかと」



 アルケインに指摘され、ロティは自分が笑っていたことに気が付いた。

 しかしその理由がまさか、彫刻と本物の違いについて考えたからだとも言えず、ロティは慌ててしまった。



「いえっ、あの、その……よく似ていらっしゃるなと思って。この像を彫った職人と、お会いになったことがあるのですか?」



 咄嗟に出てきた質問は、確かに疑問に思っていたが聞くつもりは無かったことだ。

 不興を買ったら嫌だなと思ったが、幸いなことにアルケインが気分を害した様子はなかった。

 彼は何かを思い出すように虚空を見上げると、くすりと小さく笑った。



「ああ、これを彫った男は―――そうだな。とても変わり者だった」



「変わり者、ですか?」



「そうだ。ついこの間のことだと思っていたが、地上ではこんなにも時が流れていたんだな……」



 後半は質問に対する答えというより独白のようだった。アルケインの目には、過去を懐かしむような柔らかい光が宿っている。

 ロティははっとなった

 なぜだか今になって、相手が自分とは全く違う時間を生きる存在なのだと思い知らされたからだ。

 この像を彫った職人は、もう五百年以上も前の人だと言われている。

 当時、芸術家という職業はまだ存在しておらず、彫刻家も画家もすべてが神々の歴史を今に伝える職人という括りだった。

 職人たちは徒弟制度を採用し、作品には工房の名が記されるのが通例だった。

 しかし男はその才能から、単独での作品にとても高価な値がついた。ゆえに彼こそが全ての芸術家のはしりであると言う者もある。

  そして男は、決して弟子を取らないことで有名だった。

 おかげで今日、この固い石をどうしてここまで滑らかに彫ることができたのか、その術も失われてしまって後世には伝わっていない。



「どんな方だったんですか?」



 そう尋ねてしまったのは無意識だった。

 この人間の感情というものに無頓着だった神が、変わり者と呼ばれた男とどのような関係にあったのか興味があった。



「どんなもなにも、変なヤツだった。私は用事があって、人に紛れて街中を歩いていた。すると、突然男に手首をつかまれてな」



「手首を、ですか?」



「そうだ。何事だと振り払ったら、どうか彫刻のモデルになってほしいと頼まれた」



「それで、なったんですか?」



 アルケインの性格からすると素直に引き受けるとは思えなかったが、実際にここに彫刻があるということはそういうことなのだろう。



「断ったが、その男がどこまでもついてくるので嫌になったんだ。モデルになってくれるまでは離れないと言われて、ほとほと困った」



 当時のことを思い出しているのか、アルケインは大きなため息をついた。

 一方ロティはといえば、その様子を想像してほっこりとした気持ちになった。


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