短編小説 非凡な食卓の風景

あおき

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いくつかの店でシェフとして経験を積んだのち、私は料理の指導者になった。

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 いくつかの店でシェフとして経験を積んだのち、私は料理の指導者になった。
 今までの職場では、私を雇い入れた雇用主や共に働く従業員や料理人は悉く私に反発し、私を店にいられなくする。料理の腕はいいのだが、コミュニケーション能力に問題のあった私が最終的に辿り着いたのは料理学校だった、というわけだ。
 教育現場で教鞭がわりに包丁を手にしてはいたが、私は教えるのが好きではない方の指導者だった。
 技術は盗むもの。自ら学び取るもの。
 昔は料理学校などなかったし、私は師匠からすべてを教わることなく学び取ってきたのである。
 最近の若者は、何をするにつけてもいちいち許可と指示を仰ぐ。
「これでいいですか?」
「どうすればいいですか?」などと聞いてくる凡庸な学生の相手をすることに、私は常に疲れていた。
 胡麻豆腐という名の学生がおり、彼も私を疲れさせる学生の1人に過ぎなかった。目立ちたがりだが特別出来がいいわけでもなく、従って印象などはとくになかった。珍しい名前だということさえも忘れかけていたくらいだ。
 SNSで話題の料理研究家として胡麻豆腐をTVで見たのは、彼の卒業後だった。
 バズる料理とはどんなものか、と興味本位に彼が作る料理に着目した。
その料理は非常にお粗末なシロモノだった。
化学調味料やらで味付けし、電子レンジを使って仕上げる。いわゆる時短料理、というものらしい。
 料理学校では、正しい手順でもって鰹節や煮干しなどでダシを取ることの重要性やその味わいをじっくりと学んだはずなのに。
彼の料理は恐ろしいことにダシをとらない。
 めんつゆ、という面妖な調味料を使うのだ。
 このような料理法が蔓延することに、食文化が破壊されていくことに、強い懸念を覚えながら私はTVを切った。
数年後、私は料理学校をクビになった。
 指導らしい指導もせず料理の研究と追求に耽溺していた結果である。
 貯金もそこをついて人に借金をして食いつなぐようになっていた私は、再帰をかけてとある料理大会に出場することを決意した。
新作料理のレシピを考案し、審査員の眼前で調理し、試食させるという趣旨の大会で、それは私の得意な分野だった。
賞金をもらえれば借金が返せるし、なにより再び料理人として表舞台に返り咲けるだろう。
 私はその大会で、最高の料理を作った。
最高の食材で、最高の技術を披露し、伝統と創意工夫を完璧に織り交ぜて丁寧に作りあげた芸術的な創作料理を審査員に振る舞った。
その日の料理こそ、人生をかけて生み出した最高傑作だったといっても過言ではない。
 優勝したのは胡麻豆腐だった。表彰台でヘラヘラ笑っている。
 私には出場者として、胡麻豆腐の料理を試食する機会があったのだが、私は悔しさのあまり口をつけなかった。
胡麻豆腐が私のテーブルの前にきて、屈託のない笑顔で言った。
「先生の料理めちゃめちゃおいしかったっすー!」
返事もできない私に、胡麻豆腐がさらに話し続ける。
「残念でしたね、先生~!この料理大会のテーマ、忙しい主婦のためのお手軽レシピ再発見!ッスよ。そーいうカテゴリじゃなかったら先生が優勝だったかもっスwww」
 なるほど。
 確かに私の料理は、お手軽レシピとは対極にあった。
料理に向き合う人の存在を、料理の果たす役割を失念していたことで、負けたのか。
 他人の作った料理への敬意という点でも、負けている。
 負けた、負けたが、負けていない部分もどこかにあるのかもしれない。
 気づけば私は泣いていた。
 帰り道、胡麻豆腐のSNSを見た。
 強引にSNSのアカウントで繋がることを要求され、早速メッセージを送り付けられたのだ。
 胡麻豆腐のアイコンは胡麻豆腐の写真で、名前もそのままだった。
新作レシピが紹介されていた。
「どんなに料理が苦手な人でも、めちゃくちゃおいしく作れます!うますぎてやばー!」と添え文のついた料理の制作手順が、わかりやすい動画でアップされていた。
「わからないことあればなんでも聞いてくださいね」
「明日も新作発表します」
 楽しげな絵文字で飾られた言葉と共に、材料などが記載されている。
「美味しそう!」
「さっそく作ってみます!!」
「いつもありがとうございます」
 胡麻豆腐のファンたちによる喜びのコメントが書き込まれているのを目で追っていると、幻覚が見えた。
 胡麻豆腐のまわりに集う人々が、楽しそうに料理を作り、美味しそうにそれを頬張る姿が、見えるような気がしたのだ。
 負けた、これは完全なる敗北だ。負けていない部分などどこにもなかった。
 料理人として、指導者として、人間として。
 もはや勝ち目がどこにもない。
 今頃になって猛烈に腹がすいてきたので、胡麻豆腐の料理を食べなかったことを強く後悔した。

(完)


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