怪異狩り ー零ー

町田登英

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怪異狩り ー零ー

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「なんでじゃ、なんでこんなことに」
鳴り止まぬ雷鳴の中、少年は1人嗚咽した。
咽び泣き、友の亡骸に抱きついた。
こびりついた血痕と、その匂いのする教室に、少年は別れを告げ、また歩き出すのだった。

話は、6時間前に遡る。
先に気がついたのは少年であった。
名前を武仁(たけひと)という。
武仁は、直ぐそこに転がっている友人を叩き起こし、状況を尋ねた。

「おい、起きろ。何がおこっとるんじゃ。」

武仁の友人、孝介(こうすけ)が寝ぼけ眼を擦りながら目を覚ます。

「なんや?何をそんなに焦っちょる。」

未だ自分達の立場を理解しない友人に苛立ちを覚えながら、もう一度声をかける。

「なんでワシらは眠っとったんじゃ。それが分からんで怖いのじゃ。」
「夜、学校に忍び込んだ所までは覚えちょる。問題はその後じゃ。なぜワシらは玄関でも自分の家でも無く教室で寝とるのじゃ。」

そう言われて、ようやくハッとしたらしく孝介は明らかに焦り出した。

「なんや、何が起こっとるんや。た、武仁。なんでワシらは教室に。」

「落ち着け、タコ。多分覚えとらんだけでワシらは教室まで来て、そこで疲れて眠ってしもうたのじゃ。」 
「おとんとおかんにバレんように、さっさと家に帰らなあかん。」

「そ、そうじゃな。きっとそうじゃ。よし、帰ろう。玄関まで行くんじゃ。」

違和感。
武仁は、間違いなく言葉にできないそれを感じていた。これは孝介も同じだった。
ふと気になって、武仁はゆっくり時計の方に目を向けた。
2時40分。
2つの針は間違いなくその時刻を示していた。

「孝介。ワシらが学校に忍び込んだのはいつじゃ。」

「夜の1時を回っちょったはずじゃ。どうした。」

だんだん感覚に知能が追いついてきた。
そもそも、なぜ玄関から教室までの道のりを覚えていない。それに、ここまでなら家から5分で着く。
最近は忙しかった訳でもなく、疲労が溜まっていた自覚もない。それなのに、なぜ

「武仁、聞こえるか」

孝介の声が意識に介入し、ハッとした。
考え事をしすぎて、恐らく今まで孝介が喋っていたことを素通りしていた。

「武仁、この童謡が聞こえるか。」

「」

確かに、耳を澄ませてみると昔懐かしい童謡が聞こえてくる。

「女の声のようじゃ。」

「孝介、あそこの掃除用具入れに隠れるぞ。」

命の危険。
この4文字が、頭の中を交差している。

「なんで隠れるんじゃ。ワシらと同じ様に学校に忍び込みに来たやつかも知れん。」

「良いから隠れろ。段々近づいてきとる。」

「お前はたまにトンチンカンな事を言うな。でも今はお前の冗談にのってやるぞ。」

少年で、まだ発育途中の身体とはいえ、掃除用具入れは中々にぎゅうぎゅうだった。

武仁の予想は命中し、童謡がすぐそこに聞こえている。
それと同時に、妙な音も聞こえる。

孝介が小声で話しかけてくる。

「童謡じゃない、別の音が聞こえないか。」

「ああ。聞こえる。何かを引き摺っておる。」

確認する術もなく、ただ、その音が通り過ぎるのを待っていた。

童謡が遠ざかっていった。
あいつが誰なのか、どんな目的でここにいるのか、全くわからない。恐らく、自分たちの友達では無いだろう。武仁はそれだけを確信していた。

「帰ろう。」
先に切り出したのは孝介だった。
「ワシは、怖くて、怖くて仕方ない。おかんに怒られる事よりも、あの得体の知れん化け物と一夜を共に過ごす方が怖い。」

武仁も同感であった。
「玄関まであいつに見つからないように行こう。」

二人でゆっくりと掃除用具入れを抜け出し、忍足で玄関まで向かった。

教室を出て、すぐそこの階段から一階に降りようとした時。


童謡が聞こえて来た。

二人はさっと息を殺して、それが通り過ぎる事を祈った。

孝介がまたも小声で話しかける。
「ここには隠れ場所がない。もし見つかれば一貫の終わりじゃ!」

「うるさい。静かにしてくれ。こっちは、あんまりに怖いもんで小便が漏れそうなんや。」

ここでくる途中にそこら辺にしておけばよかったものを、なぜか意地を張って我慢したせいで、武仁は尿意に襲われていた。

そんな会話をしていると、女はいつの間にか居なくなっていた。

今の内だ。

二人は階段を音を立てぬよう駆け下り、物陰に隠れながら女の背後についていった。

武仁は、ふと、気になった。

あの女が引き摺っているものは何か。

それを凝視していると、教室の窓から月明かりが差し込み、それが鮮明に武仁の目に映り込んだ。

人間だ。
しかも子供。
子供が、童謡を歌う奇妙な女に引き摺られていたのだ。

武仁が声を出さぬよう震えていると、その子供と目が合った。

その瞬間、学校中に響き渡るほどの金切り声が武仁の耳をつんざいた。

「まずい」

本能的にそれを理解した武仁は、急いで近くの教室の教団の下に潜り込んだ。

そこで気づいた。
孝介はどこだ。

耳を塞ぎながら、周りを見渡した。
いない。孝介がいない。
さっきまで後ろを歩いていたはずの孝介が、いなくなっている。

「武仁!」

瞬時に後ろを振り向いた。
さっきまで視界の先にいた童謡の女が、孝介の首根っこを掴みこちらを見下ろしていた。

「うわあああああ!」

尻餅をついた。
ゆっくり、掠れた声で女が言った。

「にしくん。」

西君、という名前に聞き覚えがなかった。恐怖と疑問が渦巻く心を落ち着かせ、返事を返した。

「にしくんて、だれ」

「にしくんでしょ」

精一杯に返答したのに、また疑問文で返されてしまった。涙がぽろぽろと頬を伝う。

「武仁、逃げろ」

友人が言ってくる。
ダメだ、そんなことはできない。
喋っているつもりなのに、言葉を口に出せない。

「武仁、頼む」

なぜお前が頼むのだ。
逃げさせてくれと、懇願する立場にあるのは自分のはずなのに。

「うぅ、うぅぅぅうぅぅぅ!」

女が泣き叫び始めた。
なにがなんだかわからない。

「武仁!」

友に、名前を呼ばれて、やっと我に帰った。

「絶対に助けに来る!」

根も葉もない言葉に、友人はこう答えた。
「待ってる」

さっきまですくんで動かなかった自らの足は、友に激励され力を取り戻していた。

気がつくと、玄関の前にいた。
奥からはまだ女の泣き声が聞こえてくる。
玄関を開ける。
いや、正確には開けようとした。

ガチャガチャッ!

横に動く扉のはずなのに、一ミリたりとも扉が動く気配はない。

内側についた鍵を回しても、それが変わることは無かった。

自らの身体に焦りが見え始める。
冷や汗をかき、無意味だと分かっていても鍵を回しては開ける動作を繰り返す。

「~~~♩」

童謡だ。
あいつが来る。来てしまう。玄関のすぐそこにある一年教室に逃げ込む。

一番奥の壁にへばりついた。
女の姿が見える。
変わらない童謡を歌いながらこちらに歩いてくる。



近くにあったハサミを持った。
殺すしかない。
アリの命は無造作に扱ってきた。それを人間でやるだけだ。

ハサミを持ったまま後ろに引き下がる。

「来るな」

言うことを聞く気配は無い。

これ以上喋ったら涙が溢れ出てしまう。

「にしくん」

「ちがう、ワシは西君じゃ無い!」

「にしぐぅん!」

女の身体がドロドロと溶け始めて、見るに耐えない醜さになっていく。

恐怖のあまり、手に持っていたハサミを相手に投げつけた。

もちろん、そんな付け焼き刃に効果があるはずもなく、女は距離を縮めて来た。

「やめてくれ、ワシは、ワシはお前の求めてる人間じゃ無い」

女は何か言っているが、口が崩れているので何も聞き取れない。

角に追い詰められつつある。

ここで終わりなのか。

頭の中で走馬灯の様なものが流れる。

「た、助けてください。まだ死にとうありません。まだ、あいつとおりたい。おかんとおとんとおりたい。頼む、頼みます。命だけは見逃して下さい。」

懇願した。こうするしか無かった。

けれど、その願いがバケモノに届くことはなかった。

なむあみ、なむあみと頭の中で唱えてみても天国に行けそうな予感がしない。

死ぬしか無いのか。

頭の中が恐怖でいっぱいだったその時に、友人が視界に映り込んだ。

箒を持っている。

孝介は、何やら変なことを唱えながら箒でやつを押さえつけている。

「堊旹醨處嗚處嗚、夢華鐘克、贎地戰謾」
(あじりしょうしょう、むげせんごく、ばんちせんばん)

「孝介!孝介!」

友の名前を連呼するが、反応がない。

余程集中している様だ。

しかし、間も無くして化け物が友に覆い被さった。

「武仁!今じゃ!」

何か武器になる物は無いか近くを探す。

すぐそこにさっき自分が投げたハサミが落ちていた。

もう孝介の声は聞こえない。

やるべき事をやるだけだ。

「死ね!怪物!死んで詫びろ!」

さっき、なんの効果も無かったこのハサミは、青く光り化け物の身体を貫いた。

「あああああいあああぁあああああァ!」

言葉にならない叫びをあげて、化け物は死んだ。

多分、孝介の唱えた呪文のお陰だろう。

結局、助けることができなかった。

「なんでじゃ、なんでこんなことに。」

先程まで友だったそれは、首を噛みちぎられ冷たくなっていた。


外は、土砂降りで、雷が鳴り響いていた。


武仁は泣きながら教室を後にした。

今は玄関が普通に開く。あの時は、開かなかったのに。

その日は、そのまま学校で眠ってしまった。

ーーーー次の日の朝。

予想よりも早く目が覚めた。

友の亡骸を弔ってあげようと思い、玄関から一歩外に出た。

昨夜の雷鳴が嘘の様に、空は晴れ晴れとしていた。

もう、なんとなく分かっていた。

昨日、眠る前に全てを思い出したのだ。

校庭の真ん中に、友の墓を作った。

ゆっくりと立ち上がり、後ろを振り向くと、そこには和服を着た骸骨がいた。

骸骨に表情は見えないものの、態度からして驚いているだろうということは分かった。

「まさか、人間の、それもガキが迷い込むとはな。」
独り言の様に骸骨が呟いた。

「お前、名前は?」

骸骨に問われたので、答える。

「武仁。ワシは武仁じゃ。」

「そうか。たけひと、たけひとというのか。」

「お前は名を名乗らんのか。」

「スマンが、多分というかきっと人間の言葉では到底理解できない名前をしている。匁亥爻だ。」

本当に聞き取れなかったので、武仁はびっくりした。

「だから言っただろ?人間の言葉では理解できない。」

「それっぽく言ったらどうなるんじゃ。」

「人間の字の読み方をするとメイコウだな。」

「にしても、お前はラッキーだ。最初に見つかったのが良心あふれるこの俺だったわけだからな。」

「らっきー?どういうことじゃ。」

「西洋の言葉を学んでないのか?幸せ、という意味だ。つまり、お前はしわあせものよ。もし、俺じゃ無い誰かだったら即売られて見せもの小屋行きだからな。」

「まずは、俺の家へ行こう。誰かに人間だと気づかれる前にな。」

「分かった。」

武仁は、また一歩踏み出した。

この世界がなんなのか知るために、そして





もう一度、親友と出会う為に。



怪異狩り ー零ー



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