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死ねない男
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死ねない男
本小説は、第二次世界大戦後の日本や世界をモチーフとしたフィクションであり、いかなる政治的思想も含まれておりません。また、大部分において史実と違う要素が含まれております。ご留意下さい。
「死ねない男」
牧田悟朗は、死ねない男と呼ばれていた。
如何なる戦場に出向こうとも、確実に戦果を残し、四肢が減る事なく祖国に帰ってきていたからである。
牧田にとって、戦争とは生きがいであり、死ぬならば戦場で死にたいと、常日頃から考えていた。
しかし、その夢は牧田が死ぬ前に潰える事となる。
第二次世界大戦の終結だ。この事実は、牧田にとって身内が死ぬ以上の絶望だった。
生活は戦争が始まる前の、何事もない平凡な日常に戻り、牧田は大変退屈していた。
牧田は、町中でアメリカ兵が車に乗って菓子を配る姿を見てとてつもない怒りを覚えた。
つい先月まで、鬼畜米英を殺す為に切磋琢磨した仲間は、戦争が終わるなり安堵の表情を浮かべ、もう人は殺したく無い等とほざいた。
牧田は、間違いの無い正義の元で戦っていた。
天皇陛下の為、牧田は戦場を駆け巡り、機関銃を躱し、敵を撃ち殺したのだ。
何より、牧田の故郷を焼き尽くした奴らの命を奪わずにはいられなかった。
牧田がそうした日々を悶々と過ごしていると、国が警察予備隊なるものを組織したと人伝に聞いた。
これは後の自衛隊となる組織であり、牧田はまた鉄砲を持てることに歓喜した。
それからの日々は忙しくなった。
米軍基地にて、他の元軍人達と共に訓練に励んだ。
もう一度人を殺したい
牧田にあったのはたった一つのその思いだった。
時が経つにつれて朝鮮戦争が激化し、本来国内の警備や治安維持が仕事であるはずの警察予備隊も戦場に駆り出されるようになった。
通常、隊員達にとっては、心底がっかりし、泣き崩れる者もいるような通告であった。
しかし、牧田にとってこれはゲロを吐き散らしながら狂喜乱舞するような話である。
遂に人を殺せる。
牧田は戦場に向かう飛行機の中でワクワクしていた。
離陸してから間も無く、隣に座っていた隊員が話しかけてきた。
その時牧田は浮かれていた為、普段は絶対に無いだろうに、その隊員と談笑を始めた。
隊員の名は、桝館敏和。
二人は戦場に向かう途中で、意気投合し、親友と呼べる迄にお互いを知った。
牧田は彼と話していく中である事に驚いていた。
それは、桝館隊員は牧田の思想を決して否定しなかったのだ。
牧田は、周りの人間に話しても理解されなかった自らの考えをやっと受け入れてもらった気がして、言い表せない喜びの感情を抱いた。
戦場に着くと、その二人は最高のパートナーとして最大限の活躍を残した。
戦車を破壊し、弾丸を見切り、敵兵を大量に殺した。
戦争にも関わらず笑顔溢れる二人の姿は、敵味方問わずに戦慄させた。
その異常な二人が居れども、停滞する時期というのは必ず来る。
塹壕での待機命令が出た。
始めは、愚痴を言い合ってふざけていた二人だったが、じきにその体力も尽きていった。
ただ、黙って過ごす日々に異変が訪れたのは、待機命令が出て二週間が経った頃だった。
腹痛や発熱、足の腫瘍を訴える者が出始めた。
その中には、桝館隊員もいた。
そのような状況で、敵国に対し有利に立てるはずもなく、続く戦いでは敗北を重ねる結果となった。
戦線を下げても下げても、本国からの支援は一向に来ない。
爆撃が来れば、必ず一人か二人は吹き飛ばされて死んだ。
牧田の精神も、そろそろ限界に近づいていた。
その日、敵国から奇襲があった。
牧田は、足が腐った桝館隊員をなんとか安全地帯まで運び、疲労からそのまま泥のように眠ってしまった。
牧田の目が覚めたのは、隣で大きな音が響いた朝の5時だった。
寝ぼけた脳にもその音が鮮明に聞こえてきた。
素早く横を向くと、そこには死んだ戦友の亡骸があった。
地面には拳銃が転がっており、血飛沫が飛び散っていた。
絶望した。
牧田は、今まで同僚が死のうと何も思うことはなかった。
ただ、今回は訳が違う。
自分を受け入れてくれた初めての人。
自分に着いて来れた初めての人。
兎角、牧田にとって様々な初めてをくれた友だったのだ。
泣き叫び、そしてどうにもならない事を理解した。
彼は、塹壕廟の苦しみに耐えられず、横で爆散する兵士たちの血を浴びながら、自らの命を断つ選択肢を選んだのだ。
牧田は、何を憎めば良いのかわからなくなった。
彼の中の正義があやふやになった。
もう、彼は考えることすら出来なくなった。
感情のまま塹壕を飛び出し、人を殺して殺して殺して殺して、殺し続けた。
結局、奇襲が効いたのか、牧田一人でその場を制圧してしまった。
これまで、親と故郷を盾に人を殺し続けた自分に、天罰が降ったのだ。
牧田はそう考えた。
自らが戦場にいる理由も無くなった。
友よ、君とは違う道を行くだろう。
ただ、それを謝りたい。
君を助けてあげられなくてすまない。
初めての友達だった、俺を受け入れてくれた、初めての。
牧田は、拳を突き上げ、掌に握った手榴弾のピンを引き抜いた。
君に感謝を伝えたい。ありがとう。
さようなら。
本小説は、第二次世界大戦後の日本や世界をモチーフとしたフィクションであり、いかなる政治的思想も含まれておりません。また、大部分において史実と違う要素が含まれております。ご留意下さい。
「死ねない男」
牧田悟朗は、死ねない男と呼ばれていた。
如何なる戦場に出向こうとも、確実に戦果を残し、四肢が減る事なく祖国に帰ってきていたからである。
牧田にとって、戦争とは生きがいであり、死ぬならば戦場で死にたいと、常日頃から考えていた。
しかし、その夢は牧田が死ぬ前に潰える事となる。
第二次世界大戦の終結だ。この事実は、牧田にとって身内が死ぬ以上の絶望だった。
生活は戦争が始まる前の、何事もない平凡な日常に戻り、牧田は大変退屈していた。
牧田は、町中でアメリカ兵が車に乗って菓子を配る姿を見てとてつもない怒りを覚えた。
つい先月まで、鬼畜米英を殺す為に切磋琢磨した仲間は、戦争が終わるなり安堵の表情を浮かべ、もう人は殺したく無い等とほざいた。
牧田は、間違いの無い正義の元で戦っていた。
天皇陛下の為、牧田は戦場を駆け巡り、機関銃を躱し、敵を撃ち殺したのだ。
何より、牧田の故郷を焼き尽くした奴らの命を奪わずにはいられなかった。
牧田がそうした日々を悶々と過ごしていると、国が警察予備隊なるものを組織したと人伝に聞いた。
これは後の自衛隊となる組織であり、牧田はまた鉄砲を持てることに歓喜した。
それからの日々は忙しくなった。
米軍基地にて、他の元軍人達と共に訓練に励んだ。
もう一度人を殺したい
牧田にあったのはたった一つのその思いだった。
時が経つにつれて朝鮮戦争が激化し、本来国内の警備や治安維持が仕事であるはずの警察予備隊も戦場に駆り出されるようになった。
通常、隊員達にとっては、心底がっかりし、泣き崩れる者もいるような通告であった。
しかし、牧田にとってこれはゲロを吐き散らしながら狂喜乱舞するような話である。
遂に人を殺せる。
牧田は戦場に向かう飛行機の中でワクワクしていた。
離陸してから間も無く、隣に座っていた隊員が話しかけてきた。
その時牧田は浮かれていた為、普段は絶対に無いだろうに、その隊員と談笑を始めた。
隊員の名は、桝館敏和。
二人は戦場に向かう途中で、意気投合し、親友と呼べる迄にお互いを知った。
牧田は彼と話していく中である事に驚いていた。
それは、桝館隊員は牧田の思想を決して否定しなかったのだ。
牧田は、周りの人間に話しても理解されなかった自らの考えをやっと受け入れてもらった気がして、言い表せない喜びの感情を抱いた。
戦場に着くと、その二人は最高のパートナーとして最大限の活躍を残した。
戦車を破壊し、弾丸を見切り、敵兵を大量に殺した。
戦争にも関わらず笑顔溢れる二人の姿は、敵味方問わずに戦慄させた。
その異常な二人が居れども、停滞する時期というのは必ず来る。
塹壕での待機命令が出た。
始めは、愚痴を言い合ってふざけていた二人だったが、じきにその体力も尽きていった。
ただ、黙って過ごす日々に異変が訪れたのは、待機命令が出て二週間が経った頃だった。
腹痛や発熱、足の腫瘍を訴える者が出始めた。
その中には、桝館隊員もいた。
そのような状況で、敵国に対し有利に立てるはずもなく、続く戦いでは敗北を重ねる結果となった。
戦線を下げても下げても、本国からの支援は一向に来ない。
爆撃が来れば、必ず一人か二人は吹き飛ばされて死んだ。
牧田の精神も、そろそろ限界に近づいていた。
その日、敵国から奇襲があった。
牧田は、足が腐った桝館隊員をなんとか安全地帯まで運び、疲労からそのまま泥のように眠ってしまった。
牧田の目が覚めたのは、隣で大きな音が響いた朝の5時だった。
寝ぼけた脳にもその音が鮮明に聞こえてきた。
素早く横を向くと、そこには死んだ戦友の亡骸があった。
地面には拳銃が転がっており、血飛沫が飛び散っていた。
絶望した。
牧田は、今まで同僚が死のうと何も思うことはなかった。
ただ、今回は訳が違う。
自分を受け入れてくれた初めての人。
自分に着いて来れた初めての人。
兎角、牧田にとって様々な初めてをくれた友だったのだ。
泣き叫び、そしてどうにもならない事を理解した。
彼は、塹壕廟の苦しみに耐えられず、横で爆散する兵士たちの血を浴びながら、自らの命を断つ選択肢を選んだのだ。
牧田は、何を憎めば良いのかわからなくなった。
彼の中の正義があやふやになった。
もう、彼は考えることすら出来なくなった。
感情のまま塹壕を飛び出し、人を殺して殺して殺して殺して、殺し続けた。
結局、奇襲が効いたのか、牧田一人でその場を制圧してしまった。
これまで、親と故郷を盾に人を殺し続けた自分に、天罰が降ったのだ。
牧田はそう考えた。
自らが戦場にいる理由も無くなった。
友よ、君とは違う道を行くだろう。
ただ、それを謝りたい。
君を助けてあげられなくてすまない。
初めての友達だった、俺を受け入れてくれた、初めての。
牧田は、拳を突き上げ、掌に握った手榴弾のピンを引き抜いた。
君に感謝を伝えたい。ありがとう。
さようなら。
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