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第2章「夢を見る処」
第13話「いい湯だな」
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こんな状況であるから、派手な歓待は受けられない。カラにも豪勢な料理を出す余裕はないし、ファンとエルも、最低限度で十分と感じている。
「うまいッスよ~」
大麦粥を啜りながら、ファンはニコニコと笑顔を見せていた。味付けは岩塩とニンニク、おかずにはドライフルーツやナッツ類、後は山羊の乳から作ったチーズという貧しい食卓ではあるが、食事に拘泥しないのがファンの長所でもある。
粗食と苦痛に耐えるのは最低限度、身に着ける事だと、ファンに御流儀を伝えた師はいった。苦難に対し、望んでいたぞといえる強さを持ってこそ、騎士たり得る力が身についたと胸を張れるのだ、と。
対して芸を仕込んだ師の教えは、粗食にも苦痛にも笑顔でいろ、である。芸人は笑わせるのが仕事であり、笑うのが仕事ではない、としつつも、笑顔を見せるのが最低限度の仕事だ、と。
それをエルは、こう解釈する。
――つまり望んでいたぞと笑えという事でしょうか。
そしてファンは身についているのだ。
そしてファンの笑顔があれば、カラも世辞ではないと受け止められる。
「ありがとうございます」
粗食としかいい様がないが、この笑顔はウソでは作れない。
そもそもメニューはファンの普段と変わらない。移動が日常の旅芸人の食糧事情は、これらナッツ類、ドライフルーツ、チーズと切っても切れない縁がある。
「感謝はされるのもいいスけど、するのがいいッスね~」
ケタケタとよく笑いながら、ファンはナッツをひょいと頭上に投げ、落下してくるのを口で受け止めていく。
「けど、自分で怒られそうな事をするのは止めて下さい」
そういう食べ方をするな、とエルが一言、叱るのも、いつものパターンだ。
「可笑しい、本当に」
面白くて笑うのは久しぶりだというカラだが、そこへ向けたファンの言葉は、まだまだ芸人としては未熟者である事を露呈させてしまう。
「さっきの剣士さんも、ここにいたら笑わせてみせるッスよ」
そんなの言葉は、軽口のレベルを出ていない。
「……ファン」
エルも、空気を読めとはいわない。これは冗談にしていい事とは思えないものだ。
「……ユージンは……」
カラも思わず目を伏せてしまう。
「ユージンは、本当に腕のいい剣士だったんです。持っている精剣はSレアで、本来は領主様の近衛兵にも、また大帝家への仕官も叶うんじゃないかっていわれてたくらいですから」
本来ならば、そんな剣士が村の防衛に存在している事など有り得ないなのだ。
「冗談の好きな、とても明るい人なんですよ、本当は。でも人の命を誰より大切に思ってくれていて、だから村に戻ってきてくれたんです」
それでも村に留まったユージンは、カラが言葉にしている印象の通り。
「変わってしまったのは、防御魔法の術者を、亡くしてしまってからでした」
人の命を大切に思っているユージンの地獄は、そこから。
「実は、村の術者は私の妹でした。あまり優秀ではなくって、襲撃が度重なると、凄く……疲弊していって……」
大規模に展開させる防御魔法を維持できなくなり、その隙を突かれてしまった。
「ユージンは、あんな話し方と態度ですけど、今でも戦ってくれています。でも、やっぱり守り切れなくて……」
何人もの命を奪われ、食料をすり減らされていく。せめて傷の手当てくらいできれば、とファンに頼ったのが「今」だ。
「明日、日が昇ったら、怪我人とか見て回るッスよ。医者ほど頼りにはならないスけど、まぁ、習った事を活かせるなら、活かしたいッスから」
空になった食器を前に、ファンはもう一度、「おいしかったです」と、今度は戯けずに礼をいった。
***
その食事よりも恵まれていたのは、この村には湯が湧くという事だった。
「お風呂あると、本当に助かります」
普段は沢から汲んできた水を温めての行水程度しかできないだけに、エルはホッとした顔を見せている。
垣根で囲った露天風呂は村の公衆浴場として使われており、月と星しか光源がないからこそ、この空間を湯気の上がる幻想的に彩っていた。
「気を付けて下さいね。滑りますから」
カラの言う通り濡れた岩肌は滑りやすいのだが、そこはファンと共に軽業もやるエルである。心配はない。
「~ッ」
湯に浸かったエルは声にならないとばかりに震えながら、両手を挙げた。
「行水だと、どうしても綺麗になったかどうか分からなくて気持ち悪いから、本当に助かります」
挙げていた手を頭の後ろで組みながら、エルがカラに微笑みかけた。
「あ、両手をお湯から出していると、のぼせないんですよ」
だからこういう入浴スタイルなんだ――というだけが理由ではない。
「のぞきに来た相手を撃退もしやすいですしね」
「え?」
エルの口から出て来た言葉にハッとした顔をするカラは周囲を見回す。確かに露天風呂は垣根があるだけで、乗り越えようと思えば簡単に乗り越えられるし、覗こうと思えば覗ける。しかし今の村の状態で、そんな事をする相手がいるはずもない。
しかしエルは手を伸ばして立て札を取ると、
「はい、そこ」
垣根からひょこっと出た顔に、まるでハエ叩きでも振るうかのように振るった。
「ほう……」
あがった悲鳴は、カラは聞き慣れていないがエルは聞き慣れている。
「ファンさん!?」
「おおお……」
垣根の向こうで呻き声を上げているのは、紛れもなくエルの連れだ。
「しかし、ここで諦める自分じゃ――」
ないといいながら跳躍したつもりが、視界に湯船が入るより前に看板が飛び込んでくる。
「叩かれても――」
「潰されても――」
「自分は負け――」
通算5回目、遂に垣根の向こうで湯船に落ちる大きな音がした。
「全く……。始末に負えません」
エルが宣言した所で、
「プッ」
カラが吹き出す。
「息ぴったりですね」
そう思ったのは、ファンは覗きに来たのではなく、寸劇を見せに来たのだと感じたからだ。
「エルさん、一度も外さないし、それにファンさん、後ろ向いてたでしょう?」
覗く気ならば、後頭部を風呂場に向けているはずがない。
そして最後の大きな音は、態と着地の時に音を立てたのだ。その為に風呂場に背を向け、足下を確認しながら跳んでいたのだろう。
そんな二人だから分かる。
「ユージンがいても、笑いました。絶対に」
「うまいッスよ~」
大麦粥を啜りながら、ファンはニコニコと笑顔を見せていた。味付けは岩塩とニンニク、おかずにはドライフルーツやナッツ類、後は山羊の乳から作ったチーズという貧しい食卓ではあるが、食事に拘泥しないのがファンの長所でもある。
粗食と苦痛に耐えるのは最低限度、身に着ける事だと、ファンに御流儀を伝えた師はいった。苦難に対し、望んでいたぞといえる強さを持ってこそ、騎士たり得る力が身についたと胸を張れるのだ、と。
対して芸を仕込んだ師の教えは、粗食にも苦痛にも笑顔でいろ、である。芸人は笑わせるのが仕事であり、笑うのが仕事ではない、としつつも、笑顔を見せるのが最低限度の仕事だ、と。
それをエルは、こう解釈する。
――つまり望んでいたぞと笑えという事でしょうか。
そしてファンは身についているのだ。
そしてファンの笑顔があれば、カラも世辞ではないと受け止められる。
「ありがとうございます」
粗食としかいい様がないが、この笑顔はウソでは作れない。
そもそもメニューはファンの普段と変わらない。移動が日常の旅芸人の食糧事情は、これらナッツ類、ドライフルーツ、チーズと切っても切れない縁がある。
「感謝はされるのもいいスけど、するのがいいッスね~」
ケタケタとよく笑いながら、ファンはナッツをひょいと頭上に投げ、落下してくるのを口で受け止めていく。
「けど、自分で怒られそうな事をするのは止めて下さい」
そういう食べ方をするな、とエルが一言、叱るのも、いつものパターンだ。
「可笑しい、本当に」
面白くて笑うのは久しぶりだというカラだが、そこへ向けたファンの言葉は、まだまだ芸人としては未熟者である事を露呈させてしまう。
「さっきの剣士さんも、ここにいたら笑わせてみせるッスよ」
そんなの言葉は、軽口のレベルを出ていない。
「……ファン」
エルも、空気を読めとはいわない。これは冗談にしていい事とは思えないものだ。
「……ユージンは……」
カラも思わず目を伏せてしまう。
「ユージンは、本当に腕のいい剣士だったんです。持っている精剣はSレアで、本来は領主様の近衛兵にも、また大帝家への仕官も叶うんじゃないかっていわれてたくらいですから」
本来ならば、そんな剣士が村の防衛に存在している事など有り得ないなのだ。
「冗談の好きな、とても明るい人なんですよ、本当は。でも人の命を誰より大切に思ってくれていて、だから村に戻ってきてくれたんです」
それでも村に留まったユージンは、カラが言葉にしている印象の通り。
「変わってしまったのは、防御魔法の術者を、亡くしてしまってからでした」
人の命を大切に思っているユージンの地獄は、そこから。
「実は、村の術者は私の妹でした。あまり優秀ではなくって、襲撃が度重なると、凄く……疲弊していって……」
大規模に展開させる防御魔法を維持できなくなり、その隙を突かれてしまった。
「ユージンは、あんな話し方と態度ですけど、今でも戦ってくれています。でも、やっぱり守り切れなくて……」
何人もの命を奪われ、食料をすり減らされていく。せめて傷の手当てくらいできれば、とファンに頼ったのが「今」だ。
「明日、日が昇ったら、怪我人とか見て回るッスよ。医者ほど頼りにはならないスけど、まぁ、習った事を活かせるなら、活かしたいッスから」
空になった食器を前に、ファンはもう一度、「おいしかったです」と、今度は戯けずに礼をいった。
***
その食事よりも恵まれていたのは、この村には湯が湧くという事だった。
「お風呂あると、本当に助かります」
普段は沢から汲んできた水を温めての行水程度しかできないだけに、エルはホッとした顔を見せている。
垣根で囲った露天風呂は村の公衆浴場として使われており、月と星しか光源がないからこそ、この空間を湯気の上がる幻想的に彩っていた。
「気を付けて下さいね。滑りますから」
カラの言う通り濡れた岩肌は滑りやすいのだが、そこはファンと共に軽業もやるエルである。心配はない。
「~ッ」
湯に浸かったエルは声にならないとばかりに震えながら、両手を挙げた。
「行水だと、どうしても綺麗になったかどうか分からなくて気持ち悪いから、本当に助かります」
挙げていた手を頭の後ろで組みながら、エルがカラに微笑みかけた。
「あ、両手をお湯から出していると、のぼせないんですよ」
だからこういう入浴スタイルなんだ――というだけが理由ではない。
「のぞきに来た相手を撃退もしやすいですしね」
「え?」
エルの口から出て来た言葉にハッとした顔をするカラは周囲を見回す。確かに露天風呂は垣根があるだけで、乗り越えようと思えば簡単に乗り越えられるし、覗こうと思えば覗ける。しかし今の村の状態で、そんな事をする相手がいるはずもない。
しかしエルは手を伸ばして立て札を取ると、
「はい、そこ」
垣根からひょこっと出た顔に、まるでハエ叩きでも振るうかのように振るった。
「ほう……」
あがった悲鳴は、カラは聞き慣れていないがエルは聞き慣れている。
「ファンさん!?」
「おおお……」
垣根の向こうで呻き声を上げているのは、紛れもなくエルの連れだ。
「しかし、ここで諦める自分じゃ――」
ないといいながら跳躍したつもりが、視界に湯船が入るより前に看板が飛び込んでくる。
「叩かれても――」
「潰されても――」
「自分は負け――」
通算5回目、遂に垣根の向こうで湯船に落ちる大きな音がした。
「全く……。始末に負えません」
エルが宣言した所で、
「プッ」
カラが吹き出す。
「息ぴったりですね」
そう思ったのは、ファンは覗きに来たのではなく、寸劇を見せに来たのだと感じたからだ。
「エルさん、一度も外さないし、それにファンさん、後ろ向いてたでしょう?」
覗く気ならば、後頭部を風呂場に向けているはずがない。
そして最後の大きな音は、態と着地の時に音を立てたのだ。その為に風呂場に背を向け、足下を確認しながら跳んでいたのだろう。
そんな二人だから分かる。
「ユージンがいても、笑いました。絶対に」
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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